Colorful
:42
「
――――・・は?」
川下から届く湿っぽい風が二人の間をすり抜けた。肩口で切り揃えられたティエリアの紫苑と、顔の半分を隠すアレルヤの長い前髪をもてあそぶように流れていく。手に持った花火がぱちぱちと音を立て、光の色を刻々と変える。どうしてだろう、アレルヤにはげらげら笑うハレルヤたちの声が、ひどく遠くから聞こえてくるような気がした。口をぽかんと開けたままこちらを見返すティエリアには、唖然とした表情しかない。珍しいものを見たなぁ、とアレルヤは浮かべた表情をわずかだって変えないままで思う。苛立ちをあらわにしていないティエリアは、なかなかレアだ。
「うん、だからその・・・好きなの? さんのこと」
色鮮やかな光の束から視線を動かし、アレルヤはチラと隣にしゃがむ彼をうかがった。形のいいくちびるを引き結んだティエリアは、自身の手元に視線を落としたまま動かない。青白い花火の光をじっと見つめる横顔からはどう頑張っても羞恥を読み取れなくて、逆にアレルヤのほうが居たたまれなくなってくる。当たっているとしても間違っているとしても、この質問をティエリアに直接投げかけることが彼の不興を買いかねないことはアレルヤだって十分理解していた。だからこそ2週間もチャンスを窺っていたわけだし、ようやく訪れたこの機会を逃すわけにはいかなかったのである。言ってしまった言葉は取り戻せない、いまさら後には引けない状態で、しかしアレルヤは困惑していた。もう火の消えた花火を手にしたまま微動だにしないティエリアが隣にいるのだ、誰だって動揺する。
「あ、あの・・ティエリア? 花火、しないの?」
自らふった話題を自分でうやむやにしていれば世話ないが、アレルヤは今、なにより沈黙が怖かった。
「・・・えっと、僕 新しいのを 「そんなこと、考えたこともなかったな」
立ち上がりかけたアレルヤは、その小さな呟きを聞き逃さなかった。何度かまばたきを繰り返した後、決して小さくない体をそわそわ揺らしながらその場にもう一度しゃがみこむ。おそるおそる覗き込んだ白皙は口元に手を当てたまま、一所に落とした視線が揺らがない。
――自分の発言がティエリアの堪忍袋を真っ二つに切り裂いたのかと内心びくびくしていたのだが、どうもそうではないらしい。物事を深く考え込んでいるとき、人間の視線は一つのところに定まってあまり迷わない。今アレルヤが隣にいることも、自分が言葉を声にしたことすら頭からすっぽり抜け落ちているのではと疑わせるほど、ティエリアは思考に集中しているように見えた。
「え、と・・全然? 全然、考えたことなかった?」
「ああ」
―――・・これは、えーと、どうすればいいのだろう。アレルヤは頭を抱えたくなった。こんな事態は想定していない、まったくの誤算だ。鈍いだのなんだのとこれまで散々言われてきたが、そういう視点で物事を見れば感情の片鱗ぐらいうかがえる。鈍いか鋭いかで言えば、アレルヤがどちらかというと鈍くて疎いのは、その視点に立って周囲を観察することをしないからだ。そのステージにのぼってよくよく辺りを見回せば、人並み程度には把握できる(、とアレルヤは思っている)。
直接ティエリアに聞いたところで、「はいそうです」 という答えが聞けるとは露ほども思っていない、アレルヤが注視したのは彼が無意識にのぞかせる感情のかけらだ。・・けれど正直言って、アレルヤはほとんどティエリアの感情のかけらを拾い集められなかった。困惑と、わずかな戸惑いはあったように思うけれど、どちらかというとアレルヤ自身があらわにした困惑と戸惑いのほうが多い気がする。まさか自分のあの発言から、ティエリアが深い思考の旅に出発するとは思ってもみなかった。重ねた質問に、ああもきっぱり即答されるとは思ってもみなかった。
「・・・・・・なぜだ?」
「え、」
「なぜそんな質問をした?」
単なる下世話な好奇心です、なんて答えられるはずもない。
「・・えっと、その、なんていうか・・・・・・・ティエリア最近、さんと一緒にいること、多い から・・・」
尻つぼみに小さくなっていく言葉の途中、何度 「もう勘弁してください」 と言いそうになるのを堪えただろう。聞きようによっては、まるで自分がにやきもちを妬いているようにも聞こえるような気がして、アレルヤは自身の残り少ない冷静な部分が、ハハ・・、と乾いた笑いを漏らすのを聞き流すことしかできなかった。こちらをじい、と見つめる深紅には純粋な疑問しか浮かんでいない。小さなこどもに、「赤ちゃんってどうやって生まれるの?」 と聞かれている気分だ、全速力でここから逃げ出したい。
「だから?」
「・・だから、その・・・さんのこと、す、好きだから・・一緒にいるのかなぁ、って・・・」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「ご、ごごごごめん! 余計なお世話だよねっ」
どうして自分のほうがこんな気恥ずかしい思いをしなければならないのだろう、だんだん本当に泣きたくなってきた。こんなことならハレルヤの言葉を信じて、大人しくしていればよかったと思っても後の祭りである。どうして止めてくれなかったの、と素っ頓狂な方向にアレルヤが八つ当たりしはじめたとき、小さなこどもは不思議そうに首を傾げた。
「君がハレルヤと一緒にいるのは、やつが好きだからなのか? アレルヤ・ハプティズム」
え、と言うことさえ、アレルヤはできなかった。
「・・ああいや、確かにそれもあるかもしれないが・・・」
「えっと、ティエリア? 僕が言ってる “好き” っていうのは、その “好き” じゃなくて 「同じことだろう」
「・・へ?」
ティエリアの眼差しはいつだってまっすぐだ。容赦するとか遠慮するとか、彼にとっての不要をすべて削ぎ落とした視線は研ぎ澄まされたナイフにも似ている。物事の核心を情け容赦なく白日の下に引きずり出し、深紅のそれで切り刻むように監査する。訳が分からない、と不思議をあらわにする深紅は確かに、花火よりも鮮烈な赤をしていた。
「・・理解できないな。君は、奴といるのが楽しいからとか、そういう理由で一緒にいるんじゃないのか?」
「ちょっとそこー? なにコソコソ喋ってんだよ、あっやしーい」
「わ・・ッ!」
どりゃ、という掛け声と共にいきなり割り込んできたのはで、彼女はしゃがんでいるティエリアの背中に圧し掛かるように腕をのばし、肩口からひょっこり顔を覗かせた。驚いて反射的に立ち上がったアレルヤと、般若のような顔つきでため息をつくティエリアをきょときょと見比べ、「どしたの、何、ヒミツの話?」 とにたにた笑っている。
「た、大した話はしてないよ」
「ぇえー、でも向こうから見たときそうは見えなかったしー。ほんとは何喋ってたんだよ、ティエリア」
「・・・・・・・・・お前、前より重くな 「アッハハ! ティエリア、それ以上言ったら口の中に花火突っ込んで火ィ点けんぞ」
「・・で? なんか面白ェはなしは聞けたのか?」
「ハレルヤ・・・、」
新しい花火を取りに行く、というのを口実に(ほとんど龍と虎が睨みあっているような状況で、二人がその言葉を聞いていたとは思えなかったが)その場を抜け出したアレルヤは、にやにやと口元を吊り上げる弟を苦笑交じりに見返した。花火を一本選び出し、チャッカマンで火をつける。
「・・・見てたんなら、助けてくれればいいのに」
「ッハ、巻き込まれんのはごめんだね。なァ、刹那」
「・・・・・(こくこく)」
もう・・、と疲れきったような表情でため息をつき、けれどアレルヤは話の続きを促す二人のために口を開く。くす、と小さな笑みをこぼしながら。
「
―――・・馬に蹴られて死んじゃうかと思ったよ」
八月の繭
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八月の繭 / ジャベリン
writing date 08.09.08 up date 08.09.23
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ」