Colorful
:43
盆が過ぎると、季節はいきなり秋に傾く。昼間は、太陽が自分の天下とばかりに暴力的な日射しを送りつけてくるが、それが家々の屋根に消えたあと、押し寄せてくる夜の気配は着々と足をはやめたように思う。川沿いの土手を歩きながら、ティエリアは暗い水面に視線を落とす。吹き上げてくる風に穂が出始めたばかりでまだ青々としたススキがさわさわと揺れ、視界の端で紫苑が舞った。移り変わる季節は、いつも水辺からやってくる。
「ティエリア何してんのー、おいてくよー」
10メートルほど先では、が片手に持ったビニール袋をくるくる振り回しながら歩いている。今日の花火は元々、昨日食べ切れなかったスイカを処理するためにあれが言い出したものだ。「じゃあテキトーに花火持ってきて」 とひどく投げやりに連絡していたのを、ティエリアは我関せずの姿勢で眺めていたのだが(は刹那やアレルヤの連絡先を知らないため、ティエリアが携帯を貸してやった)、案の定というべきか花火はあれの予想をはるかに超えて集まり、スイカは無事消費したのだが今度は花火が余った。アレルヤが気を利かせて花火をいくらか購入してきたり、学会のせいで来られないはずのロックオンが(余計な)気を回して、刹那に大量の花火を持たせたのが原因だ。余った花火は適当に三等分し、ゴミはアレルヤが持ち帰った。「スイカをもらったお礼」 なのだそうだ、手間が省けたことは純粋に喜ばしい。
「ティエリアー?」
「・・・・・うるさい、聞こえている」
自分を回転の軸にするように、ぐるりと大きく円を描きながらあれが振り返る。ならいいんだけどさー、というひどく無表情な声が前から届き、ティエリアは大きくため息をつきながらわずかに歩を早めた。ビニール袋のなかの花火がざかざかと音を立てる、夜風が一つに結んだの髪をもてあそびながら流れていく。
「あ、夏の大三角見っけ」
その声に釣られるように、ティエリアは落としていた視線を上げた。家々の窓から漏れる光はまだ煌々としているが、川のちかく、開けた場所にいるせいで夜はいつもより深い。目が慣れるに従って、最初はぽつぽつとしか見えていなかった星の光がだんだんと数を増やしていく。東よりの一番高い空に浮かぶ特別明るい三つの星を、ティエリアが見つけるまでにそう時間はかからなかった。
「夏の大三角って、ベガとアルタイルと・・・・・・・・・・・・えーと、「・・デネブ」 そう、それだ」
振り返りざま、はティエリアに人差し指を突きつける。ほとんど反射的に眉間に皺を刻むティエリアに、あれはくつくつと奥歯で笑みをかみ殺した。吊り上げたくちびるの隙間から白い歯がちろりとのぞく。はじめて顔を合わせたときからそうだった、あれはティエリアの苛立ちをどこ吹く風とばかりに受け流す。深い森の中、たちこめる霧に包まれた湖面のような漆黒はころころとその姿を変えることで、その本質をつかませない。
「
―――・・なァ、ティエリア。プラネタリウム行ったことある?」
あれの唐突すぎる話の変わり具合にも、慣れてしまった。苛立ちをため息に変える。
「・・昔、行った記憶がある」
「いいよなァ、プラネタリウム。こう、北半球にいたんじゃ絶対見られないサザンクロスとか見られてさぁ・・なんてゆーの、ロマン?感じるよねあれは」
「・・・・・・・・・・・・・」
「プラネタリウム行ったあとには絶対夜空見上げるよな、やっぱり。・・もうどれくらい行ってないだろ、プラネタリウム」
プラネタリウム、にやたらイントネーションを置いた喋り方が腹立たしい。あの馬鹿の言いたいことはわかる、手に取るように。けれど同時に、ここで堪忍袋の尾を切ったらむしろあれの思惑通りであることもティエリアは十分理解していた。ティエリアは意識して、数歩前をあるくから視線を外す。川面にうつった月が流れに輪郭をゆがめていた。じとり、と恨めしそうに注がれる漆黒のそれを彼は完璧に無視する。
「・・ティエリアさァ、人と喋るときには目をあわせなさいって言われなかった?」
「生憎だが、憶えていない」
「・・・・このヤロウ、人がめずらしく控えめに言ってるってのに、」
「“控えめ” の意味を勝手に変えるな。言いたいことがあるならはっきり言え」
「プラネタリウム行こーよ」
はっきり言え、と言った途端これだ。ティエリアの口から漏れるため息にはまるで頓着せず、瞳を爛々と輝かせている。くちびるの端を片側だけ吊り上げ、余裕ぶった顔でにたりと笑みを覗かせる。
「いーじゃん別に、どーせヒマだろ?」
ふざけるな、と口にしようとしたときだった。不意に脳裏を過ぎった言葉が、ティエリアのセリフをのどで押し止め、別のものへと塗り替える。それはあんまり突然のことで、だからティエリアが補正をかけるよりもはやく言葉が口から飛び出していた。その言葉にティエリア自身思わず眉根を寄せたが、けれど呆気に取られたような、表情を取り繕うことを忘れたらしいあれの反応に、今度はティエリアがのどの奥で笑みを殺す。
「なぜお前は、俺に声をかける」
ぽかんと大口を開け、ひどく間抜けな顔をさらした阿呆は数秒した後、ゆっくりと眉間に深い皺を刻んで表情をしかめた。漆黒の瞳が訝るように細められ、霧の向こうで感情がゆらめく。薄暗い湖面に浮かんだ月は魔女の爪のように鋭い。
「・・・・・・それは何、遠回しに拒否してんの?」
「言葉通りだ、下手に勘繰る必要はない」
くちびるをへの字に曲げ、漆黒に困惑を宿したはくるりと体を反転させると、止めていた歩みを再開させた。どうやら考え込んでいるらしいあれは、手に持ったビニール袋を振り回すことすら忘れてじっと沈黙を守っている。自分と周囲とを薄皮一枚で遮断し、世界をやわらかく拒絶する。ティエリアは動かなかった、決して大きくない背中が一歩ずつ遠ざかっていく。
「
―――・・だってそこに、ティエリアがいたから」
夜のしじまに飲み込まれてしまいそうな呟きは、しかし確実にティエリアに届いた。
「ほら、よく言うじゃん。ひとが山に登るのはそこに山があるからで、ひとが海に潜るのはそこに海があるからだって」
――なんか、そんな感じ。
肩越しに振り返り、あれはくしゃりとわらった
――こどものような顔でひどく得意気に、まるで欲しがっていたおもちゃを手に入れたかのように。漆黒のそれを無邪気に閃かせながら、尚もこどもは貪欲に手を伸ばす。振り払われる可能性を十分理解しているくせに、知らない素振りを装って、呆れるほど傲慢に。・・もしここで自分が拒絶しても、あれは眉毛の一本だって動かさないに違いない。その程度での根幹は揺らがない、捕まえた手首の細さをおぼえている自分に吐き気がする。
「言っとくけど、ティエリアにはこの残った花火を片付けるのも手伝ってもらう予定なんで」
「・・・・・・・・・・どうして俺が、」
「だって 今ここに、ティエリアがいるから。」
馬鹿げているとしか思えないあれの言葉。しかし拒絶できない自分を、どうしようもなく殺してしまいたかった。
白いけもの
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184:白いけもの ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.09.15 up date 08.09.28
・・・・何が一番タチ悪いって、無自覚が一番タチ悪いと思う。