Colorful
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通信が途切れたのを確認し、ティエリアは片手で携帯を閉じてため息をついた。今度は一体どんな無理難題を押し付けられるか、想像するのも恐ろしい。このまま黙ってこの場を抜けることはできないだろうか
――学生控え室とその周辺の地図を頭の中に構築し、ルートを探索しようという所で、ぱかりという携帯の閉じる音を耳聡く聞きとめたらしいスメラギの声が背中にかけられる。それはほとんど、今のティエリアにとって徴集礼状とも死刑宣告とも等しかった。
「なにボーっとしてるの、ティエリア。電話終わったんなら、はやくこっち来なさい」
すみません、というのがこれほど屈辱的な場面もそうそうないだろう。学会での発表を終え、この時期の大きな山場を無事に越えたスメラギ・李・ノリエガが、打ち上げというただの酒盛りを言い出すことはティエリアだって予測していたが、いざその日を迎えると気が滅入って仕方がない。缶ビールをすでに3本開けたスメラギは、立て続けにボトルワインも半分ほどあけた。最近何かにつけて 「・・・・家計がなァ、」 を繰り返すロックオンはスメラギのご相伴にあずかっており、あれで意外とザルなアレルヤもゆっくりしたペースでしかし順調にワインをあけている(ハレルヤはバイトがあるらしく、顔を見せていない。・・逃げたとしか思えない)。アルコールを口にしていないのはティエリアのほかに未成年の刹那だけで、代わりに彼は黙々とピザをコーラで流し込んでいる。背が伸びないのも道理だ。
「ちゃんとは連絡ついた?」
「・・・・・・・・・・・・ええ、来られるそうです。残念ながら」
後輩である自分やアレルヤを巻き込んでの宴会ならまだわかる、刹那はロックオンが帰宅しなければ夕飯にありつけないわけだし。だがここに、あの阿呆を呼び出さなければならない理由が、どう肯定的に考えたって浮かばなかった。わざわざアルコールの回る前に今回出席した学会の様子を聞いていたというのに、何の前触れもなくいきなり 「ティエリア、ちゃんに連絡とってみてくれないかしら」 だ、まったくもって意味が分からない。
「なにが 『残念ながら』 よ、本当は嬉しいんでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・馬鹿馬鹿しい」
おろおろして様子をうかがうくらいなら、この酔っ払いを引き受けろ アレルヤ・ハプティズム! のどまでせり上がってきた怒号をなんとか飲み込み、ティエリアはグラスにウーロン茶を注ぐ。こいつらのペースに巻き込まれて、大変な思いをするのは自分のほうだ。場の空気を読むくらいなら明日の自分の体調を気にかける。
「まったく・・・・そういうところは、変わらないのね」
妙な言い回しだ。不愉快そうにティエリアは眉間に皺を寄せ、自分で注いだばかりのウーロン茶をごくりと飲みくだ、す・・・・なんだこれはと思ううちに甘やかで芳醇な、しかし火がつきそうなほど熱い液体が舌の上をころがって、のどを流れ落ちていく。いま飲んでいるのが、先程自分でついだものがスメラギ愛飲のひどくアルコール度数の高いウィスキーであることにティエリアが気付くのに、そう時間はかからなかった。せめて口の中に残っているものだけでもどうにか、と思った途端世界が揺れた。輪郭がいくつにもぶれて奇妙にゆがむ。頭の中がコンサートホールにでもなったように、耳から入ってくる音がわんわん響いて気が遠くなる
――失礼しまーす、という声をひどく遠い場所に聞きながら、ティエリアの意識は闇に沈んだ。
「失礼しまーす、お呼ばれしましたー」
「ああいらっしゃいちゃん、入って入って!」
スメラギさんの手招きにほにゃりと笑ったさんは、しかし入ってくるなりその端整な面持ちをわずかに崩すて首を傾げた
――まぁ、無理もないけど。アレルヤは、つい今しがた意識を遠い彼方に放り投げて机に突っ伏してしまったティエリアを目の前に苦く笑った。アルコール度数43度のウィスキーをグラスに半分程度、なんの用意もなくいきなりあおったのだ、比較的アルコールに強くないティエリアなら落ちて当然だろう。次に顔を合わせたときにはもしかすると、話をしてくれないかもしれないなぁ。アレルヤは苦笑をさらに深くした。
「
―――え、っと・・・・・・ついに殺っちゃったんですか、みなさん。我慢の限界?」
「おいおい、いきなり何言い出すんだよ!」
ティエリアを指差し、声を潜めながらもそう言い放ったに思わず声を大きくしたのはロックオンだ。
「やだな、冗談ですよ」
「・・わかっちゃいるが、お前さんのはどことなく本気に聞こえるんだよ」
「死んでるのかと思ったのは本当ですけど。・・・・・生きてるんですか、これ」
ティエリアの呼吸はひどく静かだ、本当に深いところまで落ちてしまったらしい。おそるおそる、でも興味深そうに彼の髪を引っ張ってみたり頭をつついてみたりするあたり、さんは勇気があるというかなんというか。・・でも携帯を取り出し、写真を撮ろうとしはじめたあたりでなんとか押し止めておいた。ティエリアの怒りをこれ以上買うのは遠慮したい、なんとしても。
「残念ながら、ね。ちょっと飲んだだけでこうなんだもの、まだまだ修行が足りないわねぇ」
アレルヤとロックオン、そして刹那の三人は心の中で、不憫極まりないティエリアに両手を合わせた。
「あらやだ、もうこんな時間? 楽しいもんだからついつい時間見るのを忘れちゃってたわ」
にぎやかな話の途中、ふと顔を上げたスメラギさんが声音を曇らせてそういった。釣られるようにしてアレルヤが腕時計を確認すると、時間は夜11時過ぎ
――立派な深夜である。
「タクシー呼ぶわ、刹那とちゃんはそれで帰りなさい」
「え、そんないいです!歩いて帰れますよ」
「それ、背負って?」
苦笑したスメラギが指差した先を見て、は言葉を飲み込んだ。あれから数時間がたったが、ティエリアはいまだ昏々と眠り続けている。つつく指に目を覚ますことはもちろん、姿勢を変えることすらなかった。アルコールのせいで頬が赤くなっていることだけが生存のサインだ、アレルヤはもう一度胸の中で合掌する。
「ロックオンもつけるからどうにかうまくやってくれるかしら。刹那とあなただけじゃちょっと荷が重そうだし」
「・・了解した。帰ろう、」
す、と席を立った刹那は至極さりげなく、立ち上がろうとするの手を支えた。こういうところは確実に、ロックオンの教育の賜物である。
「うあーすいません、タクシーなんて」
「いいのよ、誘ったのはこっちだしね。・・それにあなたとは、長い付き合いになりそうだから」
「・・・・・・・・?」
「それからロックオン、あなたは三人を送ったら戻ってくること。いいわね?」
「・・・・・スメラギさん。今日は最初から、ティエリアをつぶす気でいたんじゃないんですか?」
三人分の足音が遠ざかっているのを聞きながら(全然起きる気配を見せなかったティエリアは、ロックオンの背中の上だ)、アレルヤは確信をともなった言葉をつぶやいた。念入りに用意された計画を、きっと彼女なら鮮やかに実現してみせる。
――からんからん、とスメラギの手の中で琥珀色の液体に浮かんだ氷が涼やかな音色を奏でた。あでやかな笑みを浮かべながら、けれどいたずらが露見した子どものような言葉をわざと使う。スメラギさんは、そういうひとだ。
「あらやだ、気付いてた?」
「わかりますよ、随分手が込んでましたから」
・・スメラギさんも知っているのだ、あのふたりのことを、そしてなによりティエリアのことを。
「せっかくいろいろ変わってきてるのに、ティエリア最近難しい顔してたでしょう。何を考え込んでるのかは知らないけど、ほんと頭でっかちなんだから」
「・・そう、ですね」
「こういうときには、お酒でも飲んでパーッとやっちゃえばいいのよ。いい気付け薬になるんじゃないかしら」
―――スメラギのいうとおり、それが比喩でなどではなく本当に 気付け薬 としての効果をもたらすことになるのだが、それを今このときの二人が知る由もなく。夜は更けゆく、静かに闇の衣を羽織って。ひっそりと、秘めやかに、音もなく。
ワルプルギスの夜
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058:ワルプルギスの夜 (飲めや歌えの大騒ぎ) ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(カナ交じり編)
writing date 08.09.22 up date 08.10.08
スメラギさんを書くのが楽しすぎた。(トオルさま、ネタ提供ありがとうございました!)