Colorful
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明るい部屋の中、見慣れた我が家の寝床を占領して静かな寝息を立てる美少年。辛辣な言葉ばかりが飛び出す口が封じられているおかげで、その寝姿は確かに目の保養になるがしかし。とロックオンはここまで来てもまったく目を覚ます気配すら見せなかったティエリアを見下ろし、ほとんど同時にため息をついた。そしてお互い困った顔で相手を見遣り、困った顔のまま笑う。
「ほんとに悪いな、。まさかここまで熟睡してるとは・・・」
「しょうがないですよ。これ、どうすることもできませんって」
タクシーの中、悪くてもアパートの四階まで運んでいる最中で目を覚ますだろうという予想は、完璧に裏切られた。さんざん声をかけても揺り動かしても、髪の毛を引っ張ったりほっぺたをつねったり、ぼそっと悪口を呟いてみたり堂々と日頃の恨み辛みを耳元で叫んでもいっこうに目を覚まさなかった眠れる森の美女は、いまだ昏々と眠り続けている。実は死んでるんじゃないかと何度思ったことだろう、いっそ死体だったら玄関先に放置できたのに。ギリギリの線で息をしているティエリアを外に放置するわけにもいかず(してやろうかとは本気で思ったが、やわらかく苦笑するロックオンにそれは言えなかった。これほど自分が小さく思えたためしはない)、最終的に運び入れたのはの部屋だった。
「どうせ外にタクシー待たせてあるしウチにも寄るから、俺らが引き受けても・・」
「いいですって、もう四時間くらい寝てるんだし、きっと起きますよ・・・・・・・・・・たぶん、そのうち」
教会や美術館にかざってある天使の像のようなティエリアを見ていると(地蔵のような、という形容がこれほど似合わないヤツもいないだろう)、このまま永遠に目を覚まさなくてもさほど驚かないような気がする。が、そんな考えはおくびにも出さず、は心配そうにまなじりを下げるロックオンを見返した。
「もう少ししても起きなかったら無理やり叩き起こして帰らせます、じゃないとこっちが倒れちゃうんで」
ロックオンを安心させるための言葉ではあるが、決して嘘ではない。口に出しながら、あと三十分経っても起きなかったら実行しようと決意する。なんとかなりますよ、と見上げた先でエメラルドはやわらかくほほえみ、同時に大きなてのひらがぽん、とかるく頭に触れた。・・なんだか、これだけで十分お駄賃をもらったような気がするのだからたいしたものである、恐るべしロックオン・ストラトス。
「じゃあ、よろしく頼むな。」
「りょーかいです。待たせてごめんって刹那に伝えてください」
「ああ。・・なにかあったら、すぐ連絡しろよ?」
「
―――・・なんでがこんな酔っ払い引き受けなきゃなんねーんだよ」
それまでの足元にまとわりついていたルークは、ロックオンが家を出た途端、ひどく不満そうにそう吐き捨てた。「かわいいなぁ、」 と褒められた面影はすでに消え失せている。
「そう言うなって、ルーク。多分もうすこししたら起きるから」
「・・・・・・・・・・・起きなかったらどーすんだよ、」
こういうときばっかりコイツもツッコミが冴えている。妙なところで聡いというか細かいというか、本人たちは揃って真っ向から否定するに違いないだろうが、確実にコイツらは似たもの同士だ。答えを返す代わりに、じとりと恨めしそうな視線をくれるルークをひょいとつまみあげる。むっとしたように口を引き結ぶ猫の額をつついてやった。
「考え方を少し変えたまえ。これはいい弱味を握るチャンスだとは思わないか、ルークよ」
「・・・・・それも、そーだな」
蛍光灯のした、の寝床を占領したティエリアは、毒りんごを食べた後、ガラスの棺におさめられたシンデレラ然として微動だにせず眠り続けている。陶器のようにすべやかな白磁の肌、わずかに赤みの差した頬にはながい睫毛の影が落ちている。メガネを外し、顔にかかった紫苑の髪をため息混じりによけてやりながら、はぽそりと呟いた。
「
――・・なぁルーク。もしここでちゅーとかしたら、ティエリア起きると思う?」
「・・・・・・・・・・起きるんじゃね? そしたら俺、その瞬間コイツの顔ひっかくもん」
「・・かわいそーなティエリア、とばっちりか」
「しなきゃいーんだろ、が」
自分の帰りを大人しく待っていてくれたらしいルークは(普通にテレビを見続けていただけだとは踏んでいる)、がしばらくそのつややかな毛並みに指をとおすうちにとろとろしはじめ、丸くなってころりと眠ってしまった。シンデレラの眠るベッドのへりに背中を寄りかからせ、足を投げ出してぼんやりしていたのもとにも睡魔はやがて訪れる。アルコールが同伴してきた睡魔はいつもより少し強引に意識を引っ張っていこうとする、電気つけたままだとかまだ風呂に入ってないとか、浮かんでは消えていく考えもそのうちどろどろになって見えなくなって
―――次に目が覚めたとき、時計は深夜二時すぎを指していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うっそん」
驚きのあまり完全に目は開いたが意識はまだ睡魔に囚われている、首も肩も腰もいたい。手元でまあるくなっているルークがいつも通り、すぴすぴと気持ちよさそうな寝息を立てているのが非常に恨めしい。ずきりと痛む首を向けて振り返った先で、居眠りする前の記憶とまったくおなじ姿勢で眠っているティエリアに対する不満はあってしかるべきだ。・・どうしよう、は深くため息をついた。ここまで起きなかったティエリアがこれ以上待って起きるとは思えないが、自身の体は休息を、安眠を望んでいる。いま横になったら朝十時まで一度だって起きずに眠れる気がする、というか是非ともそうしたい。
「・・・・・ティエリア、なぁティエリア」
あと三十分経っても起きなかったら叩き起こそう、確かにそう決意したじゃないか! こんな時間にルークを起こすのは忍びない、は小声でティエリアの名前を呼びながら膝立ちになってヤツの肩を揺すった。しばらく何の反応も見せていなかった白皙が、不快そうに柳眉を寄せる。なんだか申し訳ないような気持ちになるが、疲れて眠いのはこっちだって同じだ、決して負けちゃいない。時間超過してやったくらいなのだ、礼のひとつでもしてくれたってバチは当たるまい。
「頼むから、ティエリア起きてよー・・・もうほんっと眠いんだ、ふらふらなんだ。起きてさっさと帰れよう」
ふ、とティエリアのまぶたが動いた。ほとんど神にも祈るような心地だったはその変化をもちろん見逃さず、まさかと思う間に深紅があらわれる。とっさに天井に向かって両手を合わせた、ありがとう神様ありがとう! これから私は明日の昼間までぐっすり眠りたいと思います、諦めなくてほんとよかったグッジョブ自分。
「詳しいことは明日ちゃんと説明するからとりあえずティエリア、お前帰れ。はい、その場所交代
――、」
それは、ゆらりと体を起こしたティエリアの、とろんとした深紅と視線が交わった一瞬の出来事だった。
ス、と伸びてきた華奢に見える腕、顔の輪郭に這わせられた長い指、意思の光を灯していない昏い深紅。続くはずだった言葉が出口を見失い、のどの奥で声になる前に消える
―――くちびるを、ティエリアのそれに塞がれて。
こち・・こち・・、と時計の秒針か刻むリズムがとまらない、パソコンの待機音がする、冷蔵庫のうなる音が、蛍光灯に電気の流れる音がする。耳を塞ぎ目を閉じ口をつぐんでも音が消えない、静寂の流れる音が聞こえる。夜が満ちていく。頭を両手で抱え、きつく噛み締めたくちびるの奥ではうなる。
「・・・・・・・・・・・なん、だよ・・今の・・・・」
最期の晩餐
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059:最期の晩餐 ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.09.24 up date 08.10.11
うえっへっへ(現段階でのコメントは差し控えさせていただきます)(引き続き、トオルさまの提供でお送りしました)