Colorful
:49
朝7時、アレルヤはいつも通りの時間にいつも通りに目を覚まし、いつも通りにベッドに起き上がる
――ことなど到底できなかった。普段はもしものためにかけてある携帯のアラームがなるより先に自分で起きられるのに、今日ばかりは枕元で携帯がどれだけ騒ぎ立てようと起き上がる気力が出てこない。枕に顔をうずめたままアレルヤはとりあえず携帯を手に取り、頭の痛みに直結する電子音を止めた。そうして部屋の中が静寂に満たされると、足元からじわじわと眠気が這い上がってくる。もともと大学に行くつもりなどなかったのだから、もう少しだけ・・・・・。誰にともなく言い訳を呟いたアレルヤはしかし、不意に鼻腔をくすぐるコーヒーの香ばしい匂いに意識を浮上させた。
「・・・・・・・・・はれるや、」
「おー、今日はずいぶん時間かかったな」
寝巻きを身につけたまま、とりあえずつっかけてきたスリッパをぺたぺたさせながらダイニングに顔を出したアレルヤに、双子の弟はにやりと笑った。普段とはまったく逆の立ち位置にあることが愉しいのだろう、湯気の立ち昇るマグカップを手に口元を吊り上げる。
「・・・スメラギさんに、昨日はなかなか帰してもらえなかったから・・」
「ハッ、そりゃまた随分とお盛んなこって!」
「・・・・・・・・ハレルヤ、」
「ハイハイわぁーってるよ、冗談だって」
実際、昨夜(というか今朝)帰り着いたのは深夜2時過ぎだった。アルコールを抜こうとシャワーを浴びたりしていたらあっという間に3時になり、ベッドに寝転がって少し休むだけのつもりだったのに髪が完全に乾くまえに眠り込んでしまった。ハレルヤが淹れ立てのコーヒーを注いでくれようとする今のあいだにも、とろとろした眠気にまぶたが重くなる。疲れが残っているというよりは、ただ純粋に睡眠を欲している感じだ。
「・・ハレルヤこそどうしたんだい? こんな時間に起きてるなんて、珍しいじゃないか」
まだまだ夜はこれからよー!と高らかに叫んだ酔っ払いをロックオンと二人がかりでどうにか宥め、アレルヤがようやく帰り着いてきたときにハレルヤはまだ帰ってきていなかった。ハタチを超えた双子の弟が夜帰ってきていないことを心から心配するほどアレルヤは抜けていない、おおかた朝帰りなのだろうと見当をつけて先に休ませてもらうことにした。そんな彼が普段帰ってくるのは夜も明けきらない早朝で、アレルヤが昼ごはんの準備を始める頃になってのそのそ起き出してくるのが一連のサイクルなのだけれど。
「帰ってくる途中、ねこ拾ったんだよ。その世話してたらなんか目ェ覚めちまってな」
「・・・・・・ね、ねこ?」
ふたりが住まいとして利用しているマンションでは、ペット類はまったく許可されていない。だからといって一度拾い上げた命を見捨てるのも心苦しいし、けれど隠れて飼うのは契約違反になる。そんなアレルヤの困惑をきれいに読み取ったらしいハレルヤはにやりと口元を歪め、今ふたりがいる場所からは背もたれしか見えていないソファをあごで指した。
「まァ、とにかく見てみろよ。育ちはそんなに悪くないはずだぜ」
「育ちって・・どうしてそんなことがわかるんだ、い・・・・・・」
「
――な、だから言ったろ?」
居間にあるローデスクの上で携帯が唸り声を上げている。刹那は、彼の安眠を妨害した騒音の元凶を寝惚け眼のまま忌々しそうに見下ろし、ぼんやりとそれを眺めていた。昨夜ティエリアとを降ろしたあとで刹那が帰り着いたのは11時過ぎ、夜10時を過ぎると缶ビール片手にニュースを見始める口やかましいのがいないのをいいことに刹那はそれから二時間弱プレイ中のゲームに勤しみ、結局彼が就寝したのはロックオンが帰ってくる少し前の時間だった。現在進行形で成長期真っ只中にある刹那にとって、睡眠時間はたくさんあるに越したことはない。けれどちょうど睡眠が浅くなったころ、居間から聞こえてきたその唸り声を聞いてしまったのが不運だった
―――気になって眠れやしない。
タオルケットをずるずる引きずってきた刹那は(自室に戻るのも面倒なので、そのままソファで眠るつもりだ)、もう結構長いあいだ喚き続けているロックオンの携帯を困ったように見下ろした。携帯電話は携帯するからこそ携帯電話というのであって、自分の部屋に持っていくのが普通じゃないのかと、ここにいない人間に思ってみても仕方がない。持ち主であるロックオンに投げつけてやろうかとも思ったが、疑うまでもなく二日酔いにうんうん呻っているであろう彼にその仕打ちはさすがにちょっと・・、と思い直す(前に一度実行して “もう二度とするな、してくれるな頼むから” と言われたことをぎりぎりで思い出した)。
――これだけ長い間呼び出しが続くのだ、もしかすると急用かもしれない。だからといって代わりに刹那が電話に出たところで、肝心のロックオンがいないんじゃ意味がないが・・・・・とりあえずディスプレイを確認しようと携帯を開いて、刹那は目をまあるくした。そこには驚くべきことにティエリアの名前が表示されている。
「・・・・・・・・・・もしもし、」
「遅い! 一体なにをしていればそんなに時間がかかるんですか貴方は!」
なんて言い草だろう、刹那は不愉快そうに眉根を寄せた。こちらにはこちらの都合というものがあるのだ、それをティエリア・アーデにとやかく言われる筋合いはない。やっぱり着信を切ってやればよかったと思ってももう遅い、刹那は諦めたようにため息をついた。
「ロックオンはまだ寝ている」
「・・・ああ、刹那だったのか。すまない、いきなり声を上げた」
ロックオンならいいのか、とは口にしなかった。
「いや、いい。・・それより、何かあったのか」
ふっつりと黙り込んでしまった電話口の相手を特に気にすることもなく、刹那は沈黙に身を委ねる。彼にとっての沈黙は、決して無駄に気を揉んだりする必要のないものだ。片手に引きずったままのタオルケットをソファの背にかけ、欠伸をかみ殺しながら腰掛ける。そう短くない沈黙のあいだに、二度ほど欠伸が漏れた。
「
―――・・を、拾わなかったか」
「・・・・・・? なんだ、それは」
「知らないのならいい、邪魔したな」
「! ティエリア、」
ツー、ツー、ツー、と無機質な音を伝える携帯を、刹那はまじまじと見つめてしまった。まったくもって意味が分からない、一体なんのつもりだろう。あの口ぶりではまるで、が道端に落ちているようではないか
――とそこまで考えた刹那は、あのひとだったらありえるかもしれないと思い直してしまった。刹那のイメージのなかにあるは、突拍子もないことを突拍子もなく実行に移す人間として捉えられている。(そしてそれはあながち間違いではない。)けれど昨夜は家まできちんと送り届けたし、途中で道端に落とした記憶はないのだが。
こてん、と首をかしげた刹那は携帯を机に置き、そっと耳を澄ます。ちゅんちゅんというすずめの鳴き声が聞こえる中、居間へ続く廊下から聞こえてくるのは軽いいびき。よほど疲れているときや大量のアルコールがはいったときにだけ普段よりも大きな寝息を立てる、それを知っているのは同居人である刹那だけだ。・・今日の朝食は雑炊かおかゆにしよう。そう決めて、刹那はタオルケットを巻き込みながらソファに寝転がる。あの調子ならまだしばらく起きてこないはず
――怠惰な時間はそうしてゆるゆると流れていく。
時の結び目
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148:時の結び目 ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.09.30 up date 08.10.21
落し物はちゃあんと交番に届けましょう。