Colorful
:52
「
―――・・んで? お前ら結局、どーなったわけ?」
ズゾゾゾゾ。ストローのささった手作りジュースをきちんと最後まで、けれど行儀もへったくれもなく飲みきった目の前のアホは、それまで目を通していた大学祭のパンフレットからようやく顔を上げた。「んあ、何、なんか言った?」 とでも言いたそうなツラをしたは、ストローを口にくわえたままハレルヤを見上げる。・・・・こいつ、本当に女なんだろうか(なんか余計なのついてんじゃねェの)、と下世話極まりない上に心底くだらないことを考えながら、ハレルヤはもう一度言葉を重ねた。
「だぁから、お前らあれからどーなったんだよ」
「・・・・・・・・・“お前ら”?」
「おっま・・・マジで言ってンのかそれ!」
いきなり声を荒げたハレルヤにはびくりと肩を揺らし、それから周囲をさっと見回した。ティエリアたちが通う大学で行われている大学祭の最終日、今日が日曜であることも手伝って学校関係者のみならず一般の参加者でおおいに賑わっているなか、あちこちに設けられたベンチのひとつに座っている二人は普通にしていても人目を引く、そこに思い切りガラの悪そうなハレルヤの怒鳴り声が加われば鬼に金棒だ。さすがに無駄な好奇の目を引いたことを自覚したハレルヤは、小さく舌を打ってベンチに座りなおした。
「・・・ハレルヤ、何怒ってんの」
「チッ・・ンでもねェよ、この鈍感女」
「はぁあああ? 何そのいわれのない誹謗中傷」
この女の厄介なところは、本当に “いわれのない” 言葉だと思っていることだ。普通に話している限り、頭の回転が遅いとか空気を読めないとかそういう感じはまったくしないのだが、ある方向に話が進もうとすると途端に頭がスポンジになる・・・・・もしくはぽっかりと口を開いた空洞、左右に頭を振ってやればからんころんと中身のない音がするかもしれない。はぁ、と大袈裟なため息をつくハレルヤを、は怪訝そうな目で見遣る。
「あのなァ、道端に落ちてたお前を拾ってやったの、どこの誰だと思ってんだよ?」
あーあーあー、そんなこともあったねぇ・・そういえば。
ぽん、とひとつ手を打ったバカの頭を、ハレルヤは思い切りはたいてやった。痛みに呻く姿があるが、はっきり言って罪悪感などカケラも生まれない、むしろグーで殴りかからなかっただけ感謝して欲しいくらいだ。
――あの日、バイクの後部座席に乗せたはいいが走りながらもうとうとと舟をこぐアホに何度もヒヤッとさせられ、駐車場から4階の自宅まで米俵を抱えるような形で運んでやり(姫抱きなんざもってのほかだ)、床に転がしておこうかと思ったがとりあえずソファに投げ捨ててやった。顔面から放り投げたせいで鼻がつぶれた?、文句を言われる筋合いはない(つーか元々そんなんだったろ)。
「感謝してます、してるけどさァ・・・・・・・・なんでチクんの?」
“誰に” という目的語がすっぽ抜けているがわざわざ聞き返す必要はない。
「チクったんじゃねェよ、聞かれたことに答えたまでだ・・・つーか第一、あいつに連絡したの俺らじゃねぇからな」
「あれ、そなの?」
アレルヤの携帯に連絡が入ったのは、拾ってきた猫の存在にアレルヤが目を白黒させている最中だった。えええええ、なんで?なんでさんがこんなところで寝てるの?猫ってなに、どういうこと?
――混乱しすぎて口を金魚のようにパクパクさせる双子の兄に代わって携帯に出たのはハレルヤだったが、「もしもし?」 を言い切る前に耳に飛び込んできたセリフには、実に笑わせてもらった。
『を拾わなかったか』
とても焦っているのに無理やり冷静さを繕おうとして、けれどそれを意識しすぎる余り一週まわって結局大いに焦燥を滲ませた声。思わず吹き出してげらげら笑うハレルヤの耳に、思い切り不機嫌そうな声が続く。
『・・・何がおかしい、ハレルヤ・ハプティズム』
―――すべてだ、と答えたら通話を切られただろうか。
「いんや、べっつに? なんかかーなり焦ってるみたいだったからよ」
『・・・・・・・・・・それで、どうなんだ』
「おー、拾ったぜ? お前ン家の猫」
『! 今どこにいる、』
「家だよ、つーかお前ら一体なにが・・・・・・・・・・・・、っ切りやがったあの女男・・!」
ものの10分で到着した飼い主は、アレルヤが玄関先に迎えでるよりはやく玄関の戸を開けてさっさと上がりこんだ。「やぁ、いらっしゃい。ティエリア」 と、朝早くに家にやってきたはた迷惑な訪問者に対し、頭がいたいのを我慢して微笑むアレルヤをいっそ清々しいまでに完全無視。ちらりと視線を寄越すことすらなくズカズカ人の敷地に入り込んだティエリアは、ソファの上でタオルケットを抱え込みながらまあるくなっている猫を目の前に一瞬固まり、それから片方の手で顔の半分を覆い隠した。その口から漏れるのは、呆れとも安堵ともつかない盛大なため息。
――・・ははーん、こいつら 何かあったな。にやけそうになる口元を戒めながら、ハレルヤはマグカップのカフェオレを含む。
「・・・・・・このバカを、どこで?」
「あー・・少し行ったとこにあるバス停の近くで。そいつ、街路樹に抱きついて寝ようとしてたぜ?」
話を面白くするためには、多少の脚色は仕方のないものである。
「それは・・・・・・・・世話を、かけたな」
こいつは、自分が今どれだけ普段とは似ても似つかないことをしているかという自覚があるのだろうか。・・きっとカケラもねェんだろうなァ、ハレルヤは胸のうちで薄く笑う。他人を探して朝も早くから動きまわり、そいつの代わりにぶっきらぼうな礼を言う。それがどれだけ奇妙な事態なのか、ほんの少しだって考えてみればいい。言葉にあてはめることに意味はない、けれど言葉にあてはまることは確かにある、否定する理由はない。
「ま、別に構やしねェけどな。・・・つかよォ、いったい何が、」
ハレルヤは思わず、続くはずだった言葉を舌の上で見失ってしまった。
タオルケットに包まって膝を抱え、ころりと丸くなった猫にゆるゆると触れる女のそれのように細い指。すぴすぴとガキのような寝息を立てるそれを決して起こさないよう、細心の注意でもって指先が輪郭をそっとなぞる。もぞもぞと寝返りを打った猫、その顔にかかる髪のひと束をかぎりなく慎重によけてやった飼い主は驚くべきことに、口元に淡い微笑を浮かべていた。そしてその薄く、形のいい唇がゆっくりと音を紡ぎだす。
「
―――・・、」
ブワワワワッ、とハレルヤの全身の皮膚という皮膚が粟立ち、背筋が一気に凍りついた。顔にまで鳥肌がたったのは初めての経験である、極地で素っ裸になってもここまで背筋は凍るまい。・・・っ、気色悪ィなんだこれマジ意味わかんねェ何しにきたんだコイツら俺らん家ラブホじゃねェんだけどいちゃつくんなら自分らの家でやれっつーか一番意味わかんねェのがコイツらこれで出来てねェとかいうことなんだよああもうウゼェエエエ!
スターバックスのキャラメルフラペチーノに更にガムシロップを数個加えたような甘ったるさ、それを無自覚にばら撒かれ、そしてもちろん見事にあてられた身としては結局どうなったのか、そして何があったのか聞いても罰は当たらないと思う。万が一降りかかってきた罰も、今ならバットで打ち返せると思う。
「・・・・・・・・・別に、どーもなってませんけど」
「・・あーあーそうだろうとは思いましたよ、お前らほんっとバカだもんなァ」
「・・・・・さっきから何、ハレルヤ喧嘩売ってんの、買うよ?買い上げますよ、「」
ピリピリし始めた空気を切り裂いたのは、静かな刹那の声だった。「ティエリアの準備できた?」「ああ、終わった」 こっくりうなずいた刹那が指し示した方角、不必要なまでにニヤニヤしたとハレルヤの視線の先にいたのは
―――・・細身のスキニージーンズの上に白いふんわりとしたワンピース(+ピンクのショール)をまとった、癖のない紫苑の髪に鮮やかな深紅の瞳をもつ美少女だった。
眠る森の中で
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眠る森の中で ... ジャベリン
writing date 08.10.20 up date 08.11.03
辟易するハレルヤと対照的に、アレルヤは 「ほほえましいなァ」 とにっこりしたと思う。