Colorful
:53
時はわずかに遡る。
ティエリアらが通う大学で行われている大学祭、休講なのをいいことに自宅でゆっくりしていようと思ったティエリアは、どういうルートで手に入れたんだか知らないが、なぜかその情報をキャッチしていた朱音に連れられて人でごった返す “来なくてもいいはずの” 大学へ訪れていた。自由を奪われたことに苛立ちを隠そうともしないティエリアだが、その腕をがっしり捕まえている朱音は(その細腕のどこからそんな力が出ているのか、疑問に思うくらいだ)道端に並んだ出店をいちいち覗き込みながら満面の笑みを浮かべている。けれど覗き込むだけで足を止めようとしない朱音に、ほとんど引きずられるような形で時計台の広場までつれてこられたティエリアは、そこでにこやかに手を振りかえしてくる人間たちの姿に思い切り顔をしかめずにはいられなかった。
「うっわ、遅れてすいません。後ろの荷物が駄々捏ねたもんで、「・・・誰が、なんだと?」
「気にしないで、僕らも今来たところだから」
「あっはは、ティエリアを荷物呼ばわりできんのは、お前さんくらいのもんだろうなぁ、」
黒い手袋に包まれた大きな手が、朱音の髪をくしゃくしゃにかき回す。
――少し前、あれには年の離れた兄貴でもいるのかとロックオンに尋ねられたことがあった。刹那の面倒をみるようになってから特に、年下の人間を甘やかすことを呼吸するのと同じくらい自然にするようになった彼から見て、あれは甘やかされることに慣れているようにみえるのだと言う。曰く、「甘やかされんのも甘やかすのも、コツがいる」 のだそうだ。ティエリアにはロックオンの言葉の真意を測りきれなかったが、けれど納得はできた。ティエリアは、朱音本人からその保護者であり後ろ盾である人間の存在を聞き及んでいる。・・へらへらと口元に笑みを浮かべ、甘んじて髪をかき回されているそれの緩みきった頬を思い切りつまんでやった。
「一体これはどういうことだ」
「どーゆーことかときかれまひても、」
「・・何を企んでいる」
「あらやら、ティエリアひゃまってば自意識かじょ・・・・・ごめんなひゃいスイマセンもうそれ以上伸びないんでやめてくらさい」
ティエリアの目の前に差し出された薄めの雑誌は、大学祭のパンフレットだった。数ページにわたって記されているのは、メインステージで催されるイベントの内容とゲームへの参加を誘う言葉の羅列。クイズやカラオケ大会、バンド演奏などの記事がならぶ中、朱音がツツ、と指差したのは “ベスト逆転カップルを探せ!・・・女装男装コンビでの出場をお待ちしています。”
―――ティエリアはその白皙に、かすかな微笑を浮かべた。えへ、とわざとらしくえくぼを作ってみせるあれの目の前に雑誌を掲げ、表情をチラリとも変えずにそれを引き裂く。「あああああ!」 と悲鳴をあげる朱音の口に破り捨てた紙くずを捻じ込んだティエリアは、深紅に殺意を宿していた。
「・・・・貴様はまさか、これに出ろとでも言うつもりか・・?」
朱音は高速でうなずいた、口から紙束が生えているため声が出せないのである。
「・・・・・・・・・・いい度胸だな、」
「や、やめろティエリア! これ以上どうする気だよお前!」
「ティエリア、乱暴はやめるんだ!」
自分よりもガタイのいい男二人に腕をつかまれ、ティエリアはそれだけでも人を殺せそうな舌打ちを繰り出す。普通であればそれで十分身を引きそうなものだが、如何せん相対している人間が普通とは程遠かった。もごもごと口の中から紙くずを吐き出した朱音はがしっとティエリアのてのひらを両手で握り、ほとんど消え入るような声で、どこまでも必死に言葉を紡ぐ
――「どうしても・・・っ、」
「どうしても、優勝賞金の五万円がほしいんです!」
「・・・・・・・それで? 貴様の真の狙いはなんだ」
ふんわりと自然な色合いをした白のワンピースに淡いピンクのショールをはおり、足首の辺りでくしゅくしゅした感じになるスキニージーンズを身につけたティエリア。秋の風にさらりと揺れる紫苑の髪はその姿に鮮やかな色彩をプラスし、レンズの向こうで深紅の宝石が閃いている。こんな格好を強制した朱音の贔屓目でもなんでもなく、どこからどう見ても美少女にしか見えないティエリアはしかし、殊更に低い声で唸った。可憐な美少女の口からこぼれる男前な声というのは、なかなかにシュールなものがある。
“ベスト逆転カップルを探せ!” なるイベントの控え室、正直見るもおぞましい生き物がうろうろしている空間で、そんな彼らを精神衛生上極力視界に入れないようにしながら準備を終えたティエリアと朱音は出番を待っていた。ウケ狙いのゲテモノが出場者の大半を占める中、二人はどこまでも場の空気から浮いていたがそんなことを気にする彼らではない。朱音はワンピースの下のスキニーを諦めるよう説得するのに一生懸命で、ティエリアはそんな彼女からスキニーを死守するのに必死だった(最終的に朱音が折れて、戦いは終結した)。
「・・・・あれ、賞金出るって言わなかったっけ?」
「他にも理由があるんだろう」
“他に” ではなく “他にも” という言葉を選ぶあたり、ティエリアは朱音のことをよく理解していた。ぱちぱちとまばたきを繰り返した朱音は、やがて困ったように笑う。
「
――・・アレルヤ、心配させちゃったからさァ。もう大丈夫ってとこ、見せとかなきゃかなぁって」
大学祭の情報を、朱音にリークしたのはアレルヤだった。駅前のスーパーでたまたま会ったときに教えてくれた、「今度の週末、大学祭があるんです。・・ティエリアと一緒に、遊びに来ませんか?」。・・・・心配を、させたのだと思う。朝っぱらから押しかけてソファで眠りこけ勝手に口げんかを勃発させた自分たちに何があったのか問い詰めることもなく、そっと背中を押してくれたアレルヤには、こうするほうがお礼をいうよりも伝わるような気がした。
「・・・・それで “これ” か」
「あっはー・・・、巻き込んでごめん」
「・・間違えるな。アレルヤを巻き込んだのは、俺たちだろう」
立ち上がりざま、ティエリアは朱音の髪にくしゃりと触れた。朱音はわずかに目を丸くし、こっくりうなずきながら小さくへにゃりとくちびるを緩める。体の中心からなにかふわふわしたあたたかいものが湧き出し、とろとろしたはちみつ色のぬくもりになって全身に伝わる気がした。目の前に立つ美少女は無表情のまま、始まったステージの様子を窺っている。・・向こうからティエリアをチラ見しているバレリーナの格好をしたゴリラ、朱音はその気色悪い物体に 「話かけたらぶっ殺す」 という主旨のガンを容赦なく飛ばしながら紫苑を見上げた。
「・・・・・・・・だと思うならさ、ティエリア様もうちょっとにこやかに 「それとこれとは話が別だ」
「なんでぇえええ? 折角なんだから優勝狙ってこーよ、ほら笑うんだティエ子・・そなたは美しい」
「殺されたいのか貴様」
―――賞金の五万円は、その日の飲食(てゆーか酒)代へと華々しく散っていった。
噛み合いクラッチ
novel / next
007:噛み合いクラッチ ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(カナ混じり編)
writing date 08.10.23 up date 08.11.06
当たり前のようにハレルヤを無視する二人・・・ごめん。(渡る世間にいる鬼さま、ネタ提供ありがとうございました!)