Colorful

:56



いつの間にか取り落としていた缶コーヒー、ハレルヤはそれを小さなため息と共に拾い上げた。側面についたわずかな土埃を払って、地面を睨みつけるに差し出す。

「おら、さっさと飲まねェと冷めちまうぞ」
「・・・・・・・・え、あ・・うん」

――・・ごめん。口の中でぼそぼそと呟いたは、のろのろした動きでプルトップに指をかける。けれど震える指の爪は思ったように引っ掛からず、カチカチと苛立つ音を立てるばかり。隣のハレルヤはそれをさも面白そうにニヤニヤと眺めるだけで手を貸そうとしない。はひとつ大きな舌打ちをして 「ああああもう、くっそう!」 ととんでもない言葉を口走り、ぐしゃぐしゃと自身の髪の毛を掻き毟ってハレルヤを睨みつけた。

「ほんともう、いきなり何なんだよ! 何考えてんだよハレルヤこのヤロー」
「さぁて、なんだろうな」

にやりと歪められた口元から鋭い犬歯がのぞく。自分が知っている罵倒という罵倒を吐き連ねてやろうかとは口を開いたが、犬猫にするように彼女の髪をわしゃわしゃかきまぜるハレルヤの手に、言葉はおしなべて掻き消された。缶コーヒーを開けて喉に流し込む、ぬるくなったそれをごくんと飲みくだして、はゆるゆると息を吐いた。

「手ェ出すつもりはなかったんだけどな・・・・・・あんまりお前らがうじうじしてるからよ」

あーあ、俺ってばちょう親切、なんていい奴なんだろーなァ。
もう自分の分を飲み干してしまったらしいハレルヤは、「よっ!」 という小さな声と共にその空き缶を宙に放った。ゆるやかな放物線を描いたそれが、公園内に設置されている空き缶入れのなかに吸い込まれるように消える。

「・・・・・・・・・・・余計なお世話。そんなの誰も頼んでないし」
「ハッ! 確かに、テメーの言うとおりだ」

ケラケラと笑い声を上げるハレルヤは既に、がよく見知っている彼だ。他者をすべて揶揄するような隙のない金色、鋭く研ぎ澄まされたその刃はいつだって抜き身のままだが、それが自分に突き立てられるものではないことをは知っている――先程までとは、違って。背筋を冷たい汗がなぞったのを自覚して、気付かれないように奥歯を噛み締める。

「だがまァ、別にお前らのためにやったつもりはねェからな」
「・・・・・・・・・何それ、自分のためとでも言うつもりですか」
「答えるまでもねェな。俺が愉しむ以外で、こんなことしてやる義理はねェよ」

ひとを嘲るような、けれど実際はただ純粋に面白がっているだけの色合いが強いハレルヤの表情。他者を喰らい尽くす金色の獣はたしかに、自分という獲物の喉笛にするどい牙を押し当てて今にも食い破ろうとしている。己の牙の下で、追い詰められた獲物がどんな反応に出るのかを愉しんでいる――

「・・・・・・・こンの・・っ、腐れ外道!」
「言ってろ、バーカ」

心底可笑しそうに、ハレルヤはくつくつと肩を揺らす。そんな彼を横目に、コーヒーを一気に飲み干したは先程のハレルヤと同じように腕を振りかぶり、空き缶を放った。同じような軌道を描いたくせに、空き缶入れの縁にぶつかったそれがカコン、と軽い音を立てて芝生を転がる。下手くそ、というハレルヤの軽口を背中に聞きながら、は拾い上げた空き缶を改めてくずかごに放り込んだ。・・人間だれしも、調子の悪い日はある。

「で? お前はあの眼鏡のこと、どう思ってんだよ」

どうやらハレルヤの牙は、いまだ喉笛に押し当てられたままならしい。

「嫌味なツンツン眼鏡」
「・・・・・・・・・・おい、」
―――・・知らない」


・・・・・わっかんないよ、そんなの。
あの時、どうして何度も聞き返したりしたんだろう。一番都合がいい答えだったのに、どうして最後まで貫けなかったんだろう、どうしてあんなに痛かったんだろう。都合がいいと思ったのに今はあのときのことを後悔していて、そのくせどうして今がこんなに普通で、当たり前なんだろう。・・どうして、ハレルヤの質問にこんなにおびえなきゃならない? どうして答えが出てこない?


「・・・今さァ、」
「あ? ンだよ」
「もうなんか、今がすっごい楽しいんだよねぇ、意味わかんないくらい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ずーっとこのまんまってわけには、やっぱいかないのかなァ」

欄干に腕をかさね、そこにあごを乗せてはぼんやりと池を眺める。秋の爽やかな風に運ばれてきた赤い落ち葉が水面にわずかな波紋を生み、水面を撫でる風によってすぅと流されていく。思わずこぼれたため息も、くだらない戯れ言も運び去る大気の流れ。くしゃくしゃになった髪が宙に遊び、頬をくすぐった。

「ンなもん無理に決まってんだろーが」
「・・・・・・うーわぁ、ハレルヤさんシビアー」
「テメーと違って現実見てんだよ、現実」

ごつん、と鈍い痛みが脳天をはしった。とは反対側、池を背にして広場のほうを見遣っているハレルヤの手刀が頭のてっぺんにおちたらしい。やられっぱなしというのは非常に癪に障るので、横っ腹に肘鉄をかましてやった。

「だいたい、何も変わらねェなら “今” なんてなかったこと、わかってんだろ」

――どうしてこう、この双子の言葉はずしりと心に刺さるのだろう。今のハレルヤにしたって、この前のアレルヤにしたってそうだ。意識の底に沈めたものを暴き返して目の前に晒す、どろどろのぐちゃぐちゃに汚れたそれを目前に突きつけて、けれどそのくせ掘り返した部分に無用な傷を残さない。タチが悪いのだ、反論の剣も反駁の矛もひょいひょい奪い去って。手元には薄皮一枚に覆われた、やわらかくて生々しい本音しか残らない。

「・・わかってる・・・・、わかってるよ・・」

フ、とハレルヤが隣で笑う。その気配に気付いたが不愉快そうに眉根を寄せると、奴は 「わりぃわりぃ、」 と口先だけの言葉をこぼして、その大きな手でぐしゃぐしゃと彼女の髪をかきまぜた。今の今まで布団の中でごろごろしていたかのような、とんでもない状態だがもハレルヤも気に留めやしない。

「ま、あんま考えすぎてハゲんなよ?」
「・・・・・・・・・五分前と言ってること違うんですけど、ハゲルヤさん」
「お前ぶっ殺されてェのか。つーか俺は、お前がなーんも考えねェでぽやーっとしてるだけなのかと思ったんだよ」

お前もイロイロ考えてんのな、その使えそーにねェ脳ミソで。

「・・・・・・・そーなんスよォ、使えない脳ミソなもんで、いっくら考えてもわかんないんスよねェまじで」

殴りかかった両手はいとも簡単に絡めとられてしまった。頭ひとつ高いところからニヤニヤと見下ろしてくる金色の瞳に心底腹が立って、向こう脛と腹部のどちらを蹴り上げてやろうか迷った挙句、地面を蹴りつけて軽くジャンプしながらその鼻っ柱に頭突きを食らわせてやった。整った鼻梁を押さえてしゃがみこんだハレルヤは、地を這うような低い声で唸っている、・・ざまぁみろ。

「 “どんな時でも、思考を止めるな”、かぁ・・・・」
「あ? なんだそれ」
「受け売りっていうか・・、教訓?みたいな。冗談じゃなく、考えても答え出てこないんだけどさァ」
――・・別に、いますぐ答えだす必要はねーだろ」

なんでもないような顔で立ち上がったハレルヤの鼻の頭が、わずかに赤かったことは黙っておいてやろうと思う。

「考えねェと答えは出ねェけど、考えても出ねェ答えはあるからな」


月には牙を。
私に刃を。


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032:月には牙を。私に刃を。 ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  08.11.02    up date  08.11.20
あーあーあー、ハレルヤが大好(読みゃわかる)