Colorful
:57
「どーだティエリア、レポート順調に進んでるか?」
研究室に常備されているマグカップ、ふわふわと湯気の立ち昇るコーヒーを片手にティエリアの手元を覗き込んだのはロックオンだった。「ほら、」 とティエリア専用のそれを差し出して、近くにあった回転椅子に腰掛ける。チラ、と視線を上げてそれを受け取ったティエリアは、安っぽい味と香りのインスタントコーヒーを一口含んで小さく嘆息した。
「ええ、まあ」
ティエリアの綺麗な指がキーボードを叩く連続的な音が、ひどく耳に響く。それはつまり、彼らのあいだに横たわっているのがかなり歪な沈黙であるという証明だった。ティエリアの深紅は液晶に描き出される文字をひたすらに追い続け、ロックオンのエメラルドは昔ほど頻繁に使用しなくなった学生控え室の中をぼんやりと眺めている。まるで海の底にあるような沈黙、それはロックオンがしずかにコーヒーを飲み下す音すら聞こえそうな。
「
―――・・ティエリア、」
「なんですか」
ティエリアは一度手を止めて、ロックオンに視線をやり・・・ほとんど無意識に息を飲み込んだ。どこか暖かいところにある海
――例えば地中海のそれのような
――明るく穏やかな色をしたロックオンのエメラルド。けれど何かを探るように、細く眇められたそれに対してティエリアははっきりと警戒心を抱く。このひとがこういう表情をするときには、大抵ろくなことにならない
――・・
「お前さ、となんかあった?」
余計なものを感じさせないよう、徹底的に制御された軽々しい口調。挨拶をするのと同じくらいの “当たり前” を繕った言葉を、頭から信じるわけにはいかなかった。薄く開いたくちびるの間から静かに息を吸い込み、わずかに奥歯を噛み締める。・・・引きずられて、堪るか。
「・・・別に、変わったことはありませんが」
「そーかぁ? いや、刹那が妙なこと言ってたから、気になってな」
それまで淀みなくキーボードを叩いていた指が、ぴくりと止まった。反射的に意識が過去を遡り、該当する記憶を引っ張り出してくる。ス、と細められるティエリアの深紅。それに気付いているのかいないのか、ロックオンは変わらない口調で言葉を続けた。
「 “・・は、夢遊病にでもかかっているのか?”、だとさ。さすがの俺もビックリしたよ」
どこをどう経由したらそんな答えに辿りつくのか、刹那・F・セイエイには一度詳細を聞く必要があるかもしれない。くだらない、という言葉の代わりに大袈裟なため息を吐き出したティエリアは、それで会話を終わらせたつもりだった。普段のロックオンなら、ティエリアの機嫌を察してそのあたりで言葉遊びを終える。けれど、大きなため息と共に引かれた線が空気にすぅと溶けたのを確認した彼は、続けざまに言葉を口にのせた。ティエリアの集中に介入することが、十分に可能な言葉を。
「 “を、拾わなかったか” ・・・ティエリア、これはどういう意味だ?」
ティエリアは一瞬、言葉を忘れた。
「・・・・・・・・・・あなたには、関係ありません」
「いいや、大ありだね。ン家にお前を置いて帰ったのは俺だ、何かあったんなら俺は責任をとらなきゃならない」
堪えかねたように勢いよく振り向いたティエリアは、激しい感情でその深紅を染め上げていた。怒りとも後悔ともつかない、深く鮮やかな光を深紅に封じ込め、射殺さんとするようにロックオンを睨みつけている。常人であれば萎縮するに十分な視線を、ロックオンは正面から見返す。ここでコイツを逃がしてやるわけにはいかない。
「・・・・・何か、あったんだな」
ロックオンの静かで穏やかな、けれど誤魔化すことを許さない強い声音に、ティエリアは顔を背けて思い切り舌を打った。
「
―――・・それでも、あなたには関係ない」
「・・・・ティエリア、」
「責任を取らなければならないのは、ロックオン あなたではなく・・・・・、僕であるはずだ」
次に正面から向き合うことになった深紅は、驚くほどに静かな光を湛えていた。ハッとするほど鮮烈ではあるが、海にたゆたう小舟のようないつもの不安定さはそこにない。その見慣れない穏やかな深紅は、ロックオンを巻き込みながらゆっくりと空気に浸透していく。
――不思議な感覚だった。まさか “あの” ティエリアに、平静を与えられる日がこようとは。
「それに、あの時のことはもう済んだことです。・・・今さら話を蒸し返されるのは、気分が悪い」
その白皙に見慣れた不機嫌を貼り付けたティエリアは、ふいっと視線を背けて再びパソコンに向き合った。ロックオンのものより一回り小さく、女のそれのように細くて長い指がキーボードを滑るように叩く。その小気味よいカタカタという音が少し前と同じように淀みなく流れる頃、不意にロックオンはくつくつと肩を揺らして笑みを滲ませた。何か気味の悪いものでも見ているような、訝しげで胡乱な目をするティエリアに謝罪するように片手を挙げ、けれど彼はその笑みを収めない。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「や、違うんだティエリア。若いってのはいいことだなーと思っただけで、」
「・・・・そう、ですか」
「あ、お前信じてねーだろ? ・・・まぁ、若いことだけが、変わった理由じゃないだろーがな」
ようやく話は終わったらしい。立ち上がりざまの 「悪い、邪魔したな」 というロックオンの言葉に無言の肯定を示したティエリアはしかし、足元にひらひら落ちてきた一枚の写真に目を留め
――思わず絶叫した。
「な・・っ、な、何なんですかこれは!」
「あ、悪い、俺のだ」
「そうじゃない! ッいやそれも十分問題だが、なんで・・っこ、こんな、ものが・・!」
その写真に収められていたのは、紫苑の髪の少女と、漆黒の髪の少年だった。大学構内の中央広場に設けられた野外ステージ、華々しく飾り立てられた舞台の上。一通りのインタビューやら質問やらを終えた後なのだろうか、彼らは舞台上にいるにもかかわらずどこかホッとしているようだった。キャップを浅くかぶっている少年が口元に自然な笑みを浮かべ、軽く背伸びをして少女になにやら耳打ちをしている。つん、とすました猫のような少女の口の端が、わずかに持ち上がっているような気がしないこともない。
「あー、それすごいよく撮れてるよなぁ、」
ティエリアは手の中の写真を、ぐしゃりと捻り潰した。
「お、おいッ! ティエリアおま・・っ、それいくらしたと思ってんだ!」
「・・・・・・・・・・・・売られて、いると・・?」
「写真部のやつが、原価の20倍以上で売り捌いてるらしい」
勢いよく立ち上がったせいで、それまでティエリアの座っていた回転椅子がガタンと大きな音を立てて床に倒れた。けれど背景に久々の堕天使 ルシファーを召喚したティエリアがそんなものに頓着するはずがない、むしろ床に転がった椅子を華麗な足捌きで蹴り飛ばしたティエリアはロックオンなど見向きもせず、出入り口へと向かっていく。
「・・ロックオン・ストラトス、」
「写真部の部室なら、B棟の407号室だぞ」
「了解した、・・・殲滅する」
その後、写真部の行く末を知る者はだれもいない。
メリクリウスの器
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028:メリクリウスの器 (=ホムンクルスの揺り篭) ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(カナ交じり編)
writing date 08.11.03 up date 08.11.22
・・多分ここで一番問題なのは、兄貴が写真を買っていることだと思う。だがしかし私も欲しい。