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Colorful

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「・・指差して笑う前に、言い訳だけでも聞いてあげよーか」

ごとり、とわざと音を立てながら、アクエリアスのペットボトルやら冷えぴたシートやらが入ったコンビニの袋をローテーブルの上におき、はベッドに横になっているティエリアを見下ろした。大学からの帰り道でスーパーにわざわざ寄ったのに、自宅に帰りついた途端コンビニへとんぼ返りだ、なんという無駄足だろう。片方の腕を折り曲げ、まぶたの上にその手首のあたりを重ねているおかげで、自分の体調の如何も察知できないアホの表情は伺えない(眼鏡は折りたたむこともなく机の上に放置してあった、それをちゃんと仕舞ってやる自分はなんていい奴だろう!)。

「・・・・・・・・・・うるさい」

わずかに顔を背けながら、吐き捨てるように放った言葉には迫力がない。枕に散らばる紫苑を鷲掴みにして叩き起こしてやろうかとは一瞬、本気でそんな物騒なことを考える。が、直後にその薄い唇からこぼれたため息が思ったよりもきつそうなものであったために、考えをゴミ箱の中に丸めて捨てた。ゴミ箱は今にも溢れそうな紙くずで一杯になっているが、まだもう少しなら入る気がする。

「・・・熱は?」

必要最低限の言葉で尋ねながら、はティエリアの額に手を伸ばした。顔の半分を隠している奴の腕が邪魔だが、ほとんど無理やり捻じ込むように手を押し当てる。じわりとてのひらにほどける熱、外から帰ってきたばかりでわずかに冷えた指先には多少あたたかすぎる。

「・・微熱程度だ」
「あるってことだろ、それ」

ムッとしたように眉間に皺が刻まれるのを感じ、は小さく嘆息した。ティエリアが横になっているベッドの縁に浅く腰掛け、わずかに身を乗り出して白い首に指を這わせる。驚いたようにびくりと体を竦めようが、思い切り迷惑そうな顔をされようが知ったことか。伸ばした腕が振り払われないのをいいことに、顎関節の下あたりに手を当てた。どくん、どくん、と指の下で血管が脈打つ。

「腫れてはないみたいだけど・・のど痛いとかは?」
「・・・・別にない」
「そ。ならよかった」

ティエリアの言うとおり確かに熱はさほど高くないようだが、折角買ってきたものが無駄になるのも惜しいので冷えぴたを額に貼り付けてやった。体調の万全ではないティエリアの抵抗など、にとって無いに等しい。“やめろ” と “必要ない” をうわ言のように繰り返し、腕で顔を隠そうとするいっそいじらしいまでの抵抗を、は鼻で笑い飛ばす。

「まあまあ、慣れりゃ気持ちいいって」
「・・・・・・・・・・・・・必要ない、」
「まだ言うか」

ぺしり、と冷えぴたシートの上を軽く叩いてはにやりと笑う、ティエリアはいつもと同じ深い諦観で構成されたため息の中に疲労をにじませた。薄く開けられたまぶたの間から見える深紅は、熱と疲労でいつもの鮮烈さをわずかに失っている――ズクリという鈍い痛みが心臓を鷲掴みにした、思わず表情に出そうになるそれを奥歯でかみ殺して取り繕う。陶器のような白磁の頬に手の甲を触れさせて、はゆるゆると息を吐いた。

「・・・・・・・・余計なこと、って・・なんだよ」

存外、恨みがましくなった声音に驚いたのは、も一緒だった。

「余計なことってなんだよ、ぜんぜん余計なことなんかじゃないだろ」
「・・は、自分が阿呆呼ばわりされたことは気にかけないのか」
「うるさい、そんなことどうでも・・・・・っよくないけど、今はいい」

くつりと口の端を吊り上げるティエリアの態度が気に食わない、心臓に端を発した痛みが怒りに変わる。ぐらぐらと煮え湯のたぎっている大鍋、それを熱するかまどにティエリアが薪をくべていたら話にならない。は自身が決して高い沸点の持ち主でも、大きな堪忍袋の持ち主でもないことを理解している。先日はあのハレルヤに掴みかかったのだ、理解していないほうが余程おかしい。ぎちりとこぶしを握り、下唇を噛む・・振り切れそうになる理性を制御する手段のひとつは、痛みだ。

「・・自分のことを棚に上げて、よくもそんなことが言えたな」
「なんだよそれ、どういう意・・味・・・・・・・・」

―――・・あれ、あれ・・・・・・あれ?
なんだかティエリアを非難し続けることが、自分の不利に繋がる気がしてきた。具合は決してよくないのに、鋭く細められた深紅は自分以上の怒りでそれをぎろりと閃かせている。はぱちぱちとまばたきを繰り返し、周囲に立ち込め始めた身も凍るような冷気に体を小さくした・・・・これは、よくない展開だ。

「どこぞの阿呆は結局、高熱で寝込むまで放置し、挙句飼い猫の判断で情報が伝わってきたはずだが」
「・・・・そ、その節は、お世話になりまして・・、」
「君に言われる筋合いなど ない と考えるが」
「お・・おっしゃるとおりで・・・」

しゅるしゅると小さくなる、そんな彼女を前にティエリアは再び大きなため息を吐き出した。呆れよりも疲れを多く含んだそれに、がびくりと体を竦ませる。怒られている子どものような――先程のアレルヤが纏っていたような――雰囲気でベッドの縁に佇む彼女に言葉をかけることすら億劫な様子で、ティエリアはふっつりとまぶたを閉じた。

―――・・ごめん、」

しばらくしてこじ開けた視界にうつる子どもは、今にも泣き出すかと思った。

「・・心配かけて、ごめん。・・・・・・・・・っうわ、」
「・・どうした」
「や、これは・・違う」

訝しげなティエリアの深紅をかいくぐるように笑みを浮かべながら、は震えるくちびるを噛み締める。自分の頭をかち割りたいほどの自己嫌悪に襲われながら、けれどそれを周囲の人間に、しかもよりによって体調を崩しているティエリアにぶつけるような人間になるのはごめんだった。これを素直じゃないというなら、素直な人間になどならなくていいし、強情だというならそれでいい。

「ごめん、ティエリア。・・・・・あのときは、ありがとう」
「・・もういい、済んだことだ」
「・・・うん・・でもそれってさ、逆のことも言えると思いません?」

―――・・なに?
ぎょっとしたように目を剥くティエリアに、はにっこりと微笑んだ。彼女自身の感覚としては背景に花を背負ったつもりだったのだが、相対していたティエリアが思うに、はとぐろを巻いた蛇を背負っていた。彼女が笑みを深くするのに従って、背景の蛇が牙を剥く。

「感謝も謝罪もいらない、指さして笑わないし、おでこに冷えぴた貼ったティエリアの写メとっておこうとかそんなことも考えない、」
「・・・・・・・・・・・おい、」
「ただ、心配したのは、本当だから」

かっぷりと喉元に噛み付いた蛇が、刺し込んだ牙から毒を流し込む。血脈にのって全身に運ばれる甘い毒。

「服、ちゃんと洗ってかえす。――昨日はごめん、・・・・・ありがとう」



あたたかな泥に沈むように、ティエリアの意識が闇に落ちた。深く、静かになった呼吸を認めては苦笑し、布団を肩までかけなおしてやる。いつも見慣れている眉間の皺がないからか、どこかあどけなく見える麗しい寝顔。頬に影を落とすほど長い睫毛に縁取られた目元をそっとなぞりながら、彼女は呟く。

――・・おやすみ」


まだあたたかい
灰を食む


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まだあたたかい灰を食む ... ジャベリン
writing date  08.11.09    up date  08.12.02
・・折角だから、写メだけでも撮っとけばいいのに。(ヴェノムさま、ネタ提供ありがとうございました!)