Colorful

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刹那は、目の前の惨状に唖然と立ちすくみ、無言でぱちぱちとまばたきを繰り返した。この状態の 意味 がよくわからない、信じられないとかそういうことではなくただ純粋に “意味がわからない”。刹那はコンビニの袋をぶら下げていないほうの腕を持ち上げると、手の甲でごしごしまぶたをこする。なにか見間違いでもしたのかもしれないし、これで次に目を開けたときに広がっている光景が変わっていればむしろ、刹那は自分の正常を信じただろう――・・けれど、ゆっくり目をあけたときに刹那の鳶色の瞳にうつる光景は、当たり前ではあるがわずかだって変わっていなかった。彼は無言でまばたきの回数を重ねていく。

ティエリアもアレルヤも、自分たちが大学内において高い知名度を有していることに気付くべきだ。先日行われた大学祭では、まさかの女装でベストコンビ賞五万円を掻っ攫っていったティエリアは尚のこと、彼らは自分たちがある意味で衆人環視のなかにあることに無自覚すぎる。・・つまり、ティエリアの具合が悪いらしいことは彼の荷物を持って先を歩くアレルヤとセットで多数に目撃されており、それが人から人に伝わるうちにティエリアの大病となってロックオンの耳に入ったのである。さすがにそういう状況を理解していたロックオンはそんな風の噂(と呼ぶには伝播する速度が異常ではあるが)を鵜呑みにすることはなく、けれどどうやら本当にティエリアが体調を崩したらしいという情報は掴んだ。ティエリアの返信はもとより期待していないため、アレルヤにメールを入れたのだが返信がない・・・・予定に入っているゼミのせいで動けないロックオンが白羽の矢を立てたのが、学校終わりの刹那だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

刹那はゆっくりと大きな息を吐き出して気を落ち着かせる、傍目に彼は普段とほとんど変わりなかったが、しかし実際ひどく困惑していた。ティエリア宅の戸をノックしても返事がなく、じゃあロックオンの電話はなんだったのだろうと首を捻った刹那はとりあえずドアノブに手をかけ・・・・それが当たり前のようにあけることができた時点で、彼は確かに妙な違和感をおぼえていた。ここが他の家だったら、無用心だと不審を抱くところだが、問題はここがティエリアの部屋であることだ。正直言ってしまえば、無用心とかそういうものはすべて見なかったことにしてこのまま踵を返してしまいたい、がロックオンに買って持っていくように頼まれた品々は手元にある。中途半端に開いた扉の前で刹那は沈黙し、手にぶら下げた見舞いの品を疎ましげに睨みつけた。今ここで踵を返して家に帰ったらきっと、これを買っただけ消費した刹那のお小遣いは補充されないはずだ・・・・・今月末にでるPSPのソフトを狙っている身としては、全力で拒否したい結末である。はぁ、と嘆息した刹那は意を決したように扉を大きく開け、できた隙間に滑り込み―――・・広がっていた惨状に、唖然と立ちすくむ。

惨状、というのはあくまで刹那の主観であって、もしもこの場に足を踏み入れたのが他の人間だったら違う意見が出ただろう。そこにいた二人がどんな人間であるかを知らず、外見だけで判断するならそれは決して惨状などではなく、けれど中身を知っている刹那だからこそ湧いて出た “惨状” という言葉。この部屋の主である彼は枕の上につややかな紫苑を散らし、額になにか妙なものを貼り付けたままで小さな寝息を立てている。この隣の部屋の主である彼女は、彼の眠るベッドの縁に背中を預けて重たそうに首をもたげ、こちらもすぴすぴと眠りこけていた。

「・・・・・・・・なんだ、これは」

刹那はあえて、自分の思いを言葉にした。喉で空気を震わせ、それをわざわざ耳で受容することで指のあいだから滑り落ちようとする冷静を保つ。昨日降った雨が嘘のように晴れ渡った小春日和、斜めに差し込んでくる日差しをうけて、部屋の中は優しい自然光に満ちている。・・・・・・激しくいたたまれない。ふたつの静かな寝息を右から左に聞き流しながら、刹那は片手で顔半分を覆い、大きなため息を吐き出す。

――・・さて、どうするべきか。ある者にしてみれば微笑ましく、けれどある者にしてみれば自分の目を疑わずにはいられない状況を前に、刹那はとりあえず自分の身の振り方を考えることにした。最終目標を、ティエリア・アーデの体調確認から、消費してしまったお小遣いの全回収へと変更する、あんなに穏やかな寝顔を見せる病人がいてたまるか。ぶら下げていた袋をテーブルの上へ置いた刹那はかなり切実にこのまま踵を返してしまいたかったが、彼らが目を覚ましたときに買ってきた覚えのないコンビニの袋があったら大層驚くだろう、というか玄関の鍵を開けているこの状態を放置しておくわけにもいかない気がする。・・自分であったからよかったものの、と再び大きなため息を重ねた刹那は、こてんと首を折ったまま寝入っているに足音を殺して歩み寄った。どうせ起こすのならば、一応病人のティエリアよりのほうが正しいだろう。

「・・・・・・・・・刹那・F・セイエイ・・・いつの間に、」
「ティエリア・アーデ」

けれど、刹那がの肩を揺り動かそうとしたときに目を覚ましたのは、彼女ではなくティエリアだった。むくりとベッドに上半身を起こしたティエリアは訝るように目を細め、ゆっくりと視線をめぐらせる。そこにぬうっと立っていた刹那と、いまだ目を覚ます気配のないを映した深紅は、わずかな沈黙の後に嘆息した。

「・・・玄関の鍵が開いていた」
「・・・・・・そうか」

刹那のその一言で様々なことを理解したらしいティエリアはもうひとつため息を重ねると、静かにベッドから起き上がった。額の上に貼り付けられたまま、既になまぬるくなってしまっているだろうそれを剥がしてゴミ箱に捨てる。

「・・起き上がって大丈夫なのか」
「問題ない。・・・大体、君たちが大袈裟すぎるだけだ」

冷たいフローリングにぺたりと裸足をつけたティエリアは、すこし離れたところですぅすぅ寝息を立て続けている彼女を一瞥し、呆れたようにため息をついた。最終目標を当初のものから独断で変更してしまった刹那としては、ティエリアのセリフがどこか耳に痛い。が、そんな思いはおくびにも表情に出さず沈黙を貫いた。

「・・あれは、ロックオンの差し金か?」

ティエリアの深紅が、テーブルの上に置いた見舞い品をチラリと掠めた。刹那はこっくりとうなずく。

「ああ、学校帰りに寄って様子を見るようにと連絡が」
「・・・・・まったく、あのひとは・・」

刹那としては、「いくらだ?」 と聞かれたので答えたまでだ、別に他意はない。続けて 「取っておけ、」 と言われたので言われたとおりに自分の財布に取っておいたまでだ、別に他意はない。ティエリアから受け取ったものは受け取っておくし、今夜ロックオンから受け取る予定のものはまたそれとして受け取る・・・・・別に他意はない。


気遣いは無用だ、という伝言を託して刹那の背中を見送ったティエリアは、結局最後まで目を覚まさなかった猫を一瞥し、呆れまじりのため息をついた。これから一気に深まるだろう冬に備え、足元にたたんでおいた毛布の一枚をかけてやる・・風邪など引かれたら後々面倒だ。ころりと丸くなったそれは相変わらずすやすやと眠りこけている、ティエリアはもう一度、まだあたたかさの残る自分のベッドにもぐりこんだ。とろりとした睡魔に身を委ねて、あたたかい泥に沈む。


しあわせの
いろをみた


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しあわせのいろをみた ... ジャベリン
writing date  08.11.11    up date  08.12.02
つ、ついにせっちゃんにまでご迷惑を・・っ。