Colorful

:62



―――・・ティエリア!」

装飾過多な街を吹きぬける風は、冬色を纏っていた。冷たい冬の息吹が、肩口で切り揃えられた紫苑の髪をかき乱しながら通り過ぎていく。反射的に首をすくめて北風をやり過ごしたティエリアは、突然背中に投げつけられた言葉に振り返り、彼の予想と違わなかった声の主に小さくため息をついた。人ごみの中でもはっきりと通る声のせいで、不本意にも集まってしまった周囲の人間の注目がわずらわしい(実際、彼女の声のみが注目の原因というわけではないのだが、ティエリアはそういうことにひどく無関心だ)。振り返った人垣の中から駆けてくるは、首に巻いたマフラーの端をぱたぱたと揺らしていた。

「やーっと追いついた・・・・っはぁ、」

鼻の頭を赤くして、白い息を吐き出したはへにゃりと笑い、歩き出したティエリアの隣に並んだ。

「なんか、急に寒くなったよなー。ついに冬がきたって感じ」
「・・立冬はとうに過ぎたはずだが」
「そりゃまぁ、暦の上ではとっくに冬だったけど・・12月にはいるとやっぱ “冬” って感じするじゃん」

ほら、あーゆーのとか。
そう言ってそれが指差した先には、夕暮れの街を華やかに演出するイルミネーション。街路樹を明るく照らす電飾は、年末のイベントごとをいまや遅しと待ち構えている。大型百貨店の壁面に飾り付けられた巨大なリースと一緒になって、消費者の財布のひもを緩めるのに必死ならしい。ちかちかと点滅する数え切れない光の粒と、赤と緑を基調にした装飾品の数々。ティエリアは 「下らない」 という言葉をため息にのせた、その深紅は既に興味を失ったようで、まっすぐと前に向けられている。

「エネルギーの浪費としか思えないが」
「・・それを言っちゃあおしまいでしょうよ」

けれどティエリアの身も蓋もない言葉を否定しないあたり、もたいして変わらない印象を抱いているらしい。きょろきょろと忙しなく首を動かしてさまざまなイルミネーションを見上げるが、道行く人々のように足を止める様子はない。・・・・・赤地に白い綿のようなもので縁取りした衣装を身にまとい、路上でチラシを配っている連中を目に留めて、「うわ、あんな短いスカートじゃ、脚すげぇ寒そー」 などと呟いたは、既に興味の矛先をイルミネーションから彼女らへと移している。

―――・・君はたまに、自分の性別に疑問を感じないか?」
「・・・・・・・・・それどーゆー意味だよっ」

ムッとしたように口をへの字に曲げたそれの頭突きを受け、ティエリアはわずかに足元を蛇行させた。反撃に転じる代わりに、不満をあらわにするを睨みつけてため息を吐く。夜の気配がそこここからあふれ出している街、一段と存在感を増したイルミネーションの光に、白い吐息が溶けて消えた。

「あ、そーいえばさっきロックオンに会ってさ、」

その聞きなれた名前に、ティエリアはすいと視線を動かす。

「今日、ティエリアの誕生日って聞いたんだけど、ほんと?」

きょとりと見上げてくる漆黒に、ティエリアはひどく純粋な驚きをおぼえた。という人間と知り合う羽目になってから半年以上が経過し、その長いような短いような付き合いの中でティエリアは、それが筋金入りの面倒くさがりであることを知った。自己に対する無関心から派生するその悪癖は随所で惜しみなく発揮され、物事が一番効率的に運ぶための悪知恵をくるくる回る頭ではたらかせている。そんなのことだ、たとえロックオンから今日のことを聞いたとしても、「・・・・・・・・・ま、いっか」 の一言ですべてを水に流すだろうと思っていたし、ティエリア自身それについてどうこういうつもりもなければ、権利もないと理解している。わざわざこうして、確認されるとは思ってもみなかった。

「・・なんだよその顔、俺なんか変なこと言った?」
「いや、・・・・・・・・まぁ、確かに今日は・・ 「へー、ティエリアって誕生日あったんだな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

さり気なく、ス、と足を出してやる。絵に描いたような見事さで靴先を引っ掛けたは、多くの人々が行き交う歩道の真ん中で奇声を上げ、盛大にバランスを崩した。一瞬視界の端から消えたそれを振り返ることもなくティエリアはすたすたと先に進む、どうやら近くを歩いていた通行人に心配されたらしく、「大丈夫です、ほんと大丈夫です!」 と馬鹿の一つ覚えのように繰り返す声が背中に聞こえた。小走りで戻ってきたそれが、羞恥と怒りで顔を赤くしているのに気付かないふりをする。

「・・・ティエリア、安心してくれていいよ。プレゼントは今、ベランダに干してあるから」
「さっさと返せ」
「大事な人質なんで、そう簡単には・・・・・ごめん、悪かったからもう足引っ掛けようとすんのやめて」

ビルの隙間から見える空はすでに群青色に染め上げられ、ちかちかと点滅するイルミネーションの傍らでは多少気の早い星が控えめに瞬いている。通り過ぎていく風は更なる冷たさをまとって、突き刺すような寒さを運んできた。両手をコートのポケットに突っ込んだそれの背中で、長いマフラーがふわふわ揺れる。雪のようにまっさらな白、闇色の髪が北風に遊ぶ。

―――・・ティエリア、今夜は鍋にしよう」
「・・・・・・・・は?」
「お鍋。今日めっさ寒いし、ティエリアの誕生日だし、ちょうどいいよ」

なにがどう “ちょうどいい” のか、ティエリアにはのそういうところが理解できない。

「ちょっと大きめの鍋も買ってあるし、こたつも出したし、買い物まだだし・・・うん、今年度の初鍋にはもってこいだね」

いいだろ?、と数歩先にいったところで振り返る、対する返事をティエリアはあまり多く持ち合わせていない。――・・だからこそティエリアは言葉に詰まる、いつものようにへにゃりと口元を緩めたそれに返す言葉は、舌の上で苦く消えた。きゅ、とくちびるを引き結んだ彼に気付いているのかいないのか、は空を見上げ、変わらない調子で言葉を紡ぐ。吐き出される白い息。

「んー・・白菜と大根とー、長ネギとしらたきと、鶏肉? 肉団子どうするかなー・・あ、ポン酢も買わなきゃ、あとビール!」
「・・・・・・・・・・・・」
「でもこれじゃフツーのお鍋だな・・あ、そーだティエリア、カニ好き?」

ふっつりと口を閉ざしていたせいで、咄嗟に言葉が出てこなかった。


「ちょっと豪華にカニとかどーよ、年に一度の誕生日なんだし」


口の端を吊り上げてにやりと笑う、その見慣れた顔を見返してティエリアはゆるゆると息を吐いた。冬の空気に凍えていた指先にじんわりと熱がとける、血脈によって全身に運ばれるあたたかさのせいで、外気の冷たさが際立つ気がした。寒さのせいか、いつもより赤みの強い頬を思い切り抓ってやりつつ、ティエリアは少ない選択肢の中から言葉を選ぶ。

「・・俺を理由にするな。自分が食べたいだけだろう」
「ありゃ、ばればれ?」

口にした言葉を鵜呑みにできるほど、ティエリアはを信用していない。本音と建前を器用に、ころころと使い分けるそれの悪癖を知ってしまった。だから、気付くことができただけの本音は取りこぼさない。

「・・・・・そうするならするで、早くしろ」

りょーかい、と応じたそれの満足気な笑顔が、なによりも確かに本音を示していた。明るい夜に吐息が溶ける。


影踏むばかり


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144:影踏むばかり(極めて近いことのたとえ) ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  08.11.13    up date  08.12.09
・・・傍から見りゃただのバカップ(以下略)