Colorful
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「
―――・・誕生日プレゼントだ」
暖房をつけていてもここ最近の省エネ指向やすきま風のおかげでどこか底冷えのする講義室と、これまでの年月により無駄に揃えられた暖房器具のおかげで冬篭り準備の万端な学生控え室では、居心地の良さが段違いだ。ある引き出しを開ければ開封前のカイロが山のように押し込められているし、研究室に泊まる人間のために用意された毛布はひざ掛けにするのにちょうどいい。先々代の卒業生が持ち込んだというハロゲンヒーターのおかげで、部屋全体をあたためなくとも席についてさえいればぬくぬくとあたたかなそこは、妙な磁力を持っている
――そんな恵まれた研究室で、パソコンに向かい黙々と課題を進めていたティエリアは、よく見知った子どもに突きつけられた “それ” を目の前に、返す言葉を思わず忘れてしまった。
来年で高等部の二年に上がろうかという刹那・F・セイエイが両腕で抱えたくまのぬいぐるみ、デフォルメされた低い頭身であることは確かだが、それでもぬいぐるみとそれを抱える人間の頭のサイズがさほど変わらなければ、抱えた物体の大きさは軽く異常である。赤い服をまとった黄色のくまはいかにも愚鈍そうな顔つきで、なにか壺のようなものを抱えている、“Honey” という記述があるからにははちみつが入っている設定なのだろうが。
ティエリアは、突きつけられたその黄色の物体をひとしきり観察して、一言も発することなく刹那へと視線を向けた。以前から確かに奇妙な言動をとることがあったとはいえ、ついにここまできてしまったのか。訝るような深紅のそれを、別の違うものへとじわじわ変換しはじめるティエリアをよそに、刹那は回転椅子に座ったまま振り返ったティエリアの、いつもとは逆転した高さにある双眸をじいっと見下ろす。そしていつまで経っても受け取ろうとしないティエリアに対し、もう一度同じセリフを同じトーンで丁寧に重ねた。
「・・・・・・・・・・・・は?」
回転スピードにおいて人よりも上回ることの多いティエリアの脳は、理解に及ばない子どもの言葉を “聞きまちがい” の方向で片付けようとしていた。高校一年の男子生徒が巨大なくまのぬいぐるみを抱えている時点で(さらに付け加えるなら、ここは別に彼の住まうマンションではなく大学の研究室であり)、“以前から奇妙な言動をとることがあった” という前提がもつ許容量は軽々と限度を超えている、発せられた言葉についての真偽など確かめる前に、なかったことにするのが自己の精神安定を図る上でもっとも効率的だ。そういう方向性でティエリアの思考回路は情報処理に動き出していたのだが、さすがに二度の聞きまちがいとなると今度はこちらの信憑性が疑わしくなる。・・・・・・そこまでを瞬時にはじき出したティエリアはしかし、その形のいい唇からたった一音だけしか絞り出せなかった。
「何度も言わせるな、誕生日の 「もういい、刹那・F・セイエイ。わかった」
くるり、と回転椅子をまわして刹那に背を向けたティエリアは机に肘をつき、そのてのひらで顔を覆い隠しながら深いため息を吐き出した。ひとつは様々なものを諦めるために、もうひとつは背後の現実を受け止めるために。
まったくもって意味が分からない。ティエリアの心境はその一言に集約される、未だにこの子どもの思考回路はティエリアにとって何が飛び出してくるのか予想も付かないブラックボックスだ。
――確かにティエリアの誕生日は今月だが、それはもう一週間も前の話だし、なにより互いの誕生日にプレゼントを贈りあうような生温い習慣などない。ティエリアが刹那の誕生日を知らないのと同様に、刹那がティエリアのそれを知っているとはとてもじゃないが思えなかった。そういうイベントごとに関して、ティエリアと刹那の無関心さはほとんど共通している。そしてもうひとつ付け加えるなら、ティエリアには巨大なぬいぐるみをプレゼントされて喜ぶ趣味など持ち合わせていない・・・・・アレルヤ・ハプティズムじゃあるまいし。
「・・前に、近くのゲームセンターでに会った」
だからどうした、という言葉しか脳裏に思い浮かばなかったティエリアは沈黙を貫いた。
「そのとき、これを取ろうとして失敗し続けていた」
何の前触れもなく飛び出した名前と、刹那の抱える黄色の物体がいきなり繋がる。入力から出力までのあいだにどういう変遷を遂げているのかさっぱり理解できないが、だからといってティエリアは出力された情報の正確さをさほど疑っていない、どちらかというと妙な主観が排除されている分だけロックオンやアレルヤより確かだとすら思っている。ちらりと目を上げたティエリアと、くまを抱えた刹那の視線が静かに絡まる。
「
――・・昨日は、の誕生日だったんだろう?」
目覚めたら、午後二時を回っていた。今日も1コマ目から講義が入っていて、携帯のアラームも一応鳴らしたはずなのだがスヌーズを止めた記憶がない。は基本的に睡眠時間さえ足りていれば寝起きは悪くないほうだが、それも12時間を超えるとすこし別の話になるらしい。むくりとベッドに体を起こし、ぼけーっと虚空に視線を漂わせていたはしばらくしてようやく、昨夜は見送ったシャワーを浴びるためにのそのそ動き出す。
ぽたぽたと雫の落ちる髪をタオルで豪快にかき混ぜながら冷蔵庫を開ける、いつもと同じように牛乳をコップに注いで一息に飲み干し、ぷはっと息をついたあたりで腹の虫がきゅるきゅると悲鳴をあげた。どうやら一緒に眠りこけていた腹の虫も目を覚ましたらしい、ルークに何か食べるかと聞こうとして真紅の愛猫がいないことに気付く。いつまでたっても起きない自分を早々に見限り、朝ごはんにありつくために同マンションに住むクールビューティーの部屋へでも遊びに行ったのだろう、まったくもって薄情な猫だ。
玄関の戸がノックされたのは、買ってあった菓子パンを食べているときだった。ふあふあとあくびを漏らしながら押し開けた扉の先、そこにぬうっと現れた黄色の物体には思わず身を引く。その緊張感のカケラもない間抜け面と、それを抱えた人間のいかにも不機嫌そうな白皙の組み合わせはひどくシュールだ。まっすぐに引き結ばれたティエリアのくちびる、どちらかというとぬいぐるみのほうが喋りだしそうな気配がする。
「・・・・・・・・・それ、まさかティエリアがゲーセンで取ったわけじゃない、よな・・・?」
なんとなく、ティエリアよりも下手くそというのはプライドに障る気がした。
「・・・・刹那・F・セイエイからだ」
「え、刹那? なんで?」
「昨日は君の・・誕生日、だったんだろう?」
押し付けられたくまのぬいぐるみを両手で抱えながら、は記憶を辿る。そういえば時間つぶしに入ったゲームセンターで会った刹那から、彼の誕生日を聞きだすために自分の話も少しした、ような気がしないこともない。
「え、おー・・・わたしに? うわ、かえって気ィ使わせちゃったな・・・」
「まったく、夜中に酔っ払いの相手をさせられた身にもなってほしいものだ」
「あ、ティエリアそーゆーこと言う? へいへい、昨日はどーもわたしが悪ぅございましたぁ」
わざとらしく眉根をよせ、くちびるをへの字に曲げると対照的に、ティエリアはその口元にわずかな笑みをのぞかせた。鮮やかな深紅が揶揄するように細められ、口の端が静かに持ち上がる。
「・・・その奇妙な一人称にするならするで、さっさと慣れることだな。言いまちがいは聞き苦しい」
スリッパでその向こう脛を蹴り上げた私に、罪はないと思う。
リロードの
先にある空
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073:リロードの先にある空 ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(カナ交じり編)
writing date 08.11.29 up date 08.12.18
せっちゃんがいればただそれだけでしあわせです。