Colorful
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吐いた息が白く凍える冬の朝。ティエリアはマフラーを直すために出した手をすぐさま引き戻し、ショート丈のPコートについたポケットのなかで指先から温もりが逃げるのを阻止するために手を握る。吹きぬける冷たい風にあおられて、頬にちらちらとあたる髪がわずらわしいことこの上ない、けれどそれを押さえるために手を出しておくほうがずっと嫌だ。もぞもぞと首をすくめて、口元までマフラーに埋める。今年こそは手ぶくろを買おうか。
「うー・・っ、さむい。もーやだ、がっこういきたくない」
ななめ後ろから聞こえてきたその途方もなくネガティブな発言、その発言者をティエリアは目線だけで振り返った。膝上まであるコートの前ボタンをすべて留めたは、白いマフラーをぐるぐるに巻きつけて風に流されていく白い息を疎ましそうに睨みつけている。道路に散った茶色の落ち葉が北風に煽られてからからと飛ばされる、裸になった木々は寒々として、冬空に枝を伸ばしていた。
「がっこう行きたくないよー、外さむいよー、こたつでぬくぬくしてたいよー」
「じゃあそうしていろ」
「・・だってそれじゃ単位くれないんだもんよー」
ぶうぶうと並べ立てられる意味のない言葉の羅列を、ティエリアは適当に聞き流す。口を開いて息を吐き出すとともに放たれる熱を惜しげもなく垂れ流す、その余分な熱量があるのなら気にかけてやる必要など1ミクロンだってない。吐き出したため息が、ストライプのマフラーにじんわりした熱をこもらせる。
「あーあ、なんで雪降らないんだろ」
「・・? 寒いことになにか変わりがあるとは思えないが、」
バッカだなァ、ティエリアは! 真正面から吹いてくる風を少しでも軽減させるため、ティエリアを盾にして歩いていたはそんな暴言と共に一歩大きく前に出る。ムッとしたように眉間に皺を寄せる白皙を見返し、の漆黒は透き通った冬の青空を見上げた。朝のこの放射冷却を乗り切れば昼間は暖かくなるという予報は確からしい、雲ひとつ見当たらない淡い青が頭上に広がっている。
「雪が降ったらたのしいじゃん」
「・・・・・・・・・・・・まともな返答を期待した俺が馬鹿だった」
すれ違う小学生の群れ、学校で指定されているのか、同じ形をした紺のダッフルコートに身を包んだ子どもたちが笑い声を上げながらバタバタと走り去っていく。色とりどりのマフラーと、袖口からのぞく小さな手ぶくろ。「おはよーございまーす!」 という無駄なエネルギーに満ちた子どもの言葉に、それまでのものぐさな態度を胃の腑に飲み込んだはにこにこと相好を崩して挨拶を返した。隣のティエリアは子どもたちに視線のひとつもくれないが、子どもたちのほうも友達同士でおしゃべりするので忙しいらしい。冬休みを控えた12月、話題にのぼるのは年末年始のイベントごとだ。
「ティエリアさァ、いつまでサンタさん信じてた?」
「・・記憶にない」
「何だよ、その政治家みたいな返事」
「本当のことを答えたまでだ」
フン、と鼻を鳴らすティエリアに、はゆるゆると苦笑する。
「や、わたし結構長い間信じてたからさー」
「・・・・・・・・・・・・・君が?」
「・・なんかその反応むかつくな。でも、小学生のあいだは信じてたよ、フツーに」
小さくなっていく背中を見送って振り返ったは、露骨な疑りの視線を向けてくる深紅に目潰しをかましてやろうかと一瞬考え、けれどカイロの力を借りてあったまったポケットから手を出すことに億劫を感じて考えを棄却する。とりあえず次の機会には、頭も内臓もはいったままの鮮魚で焼き魚を食わせてやろうと胸に留めた。
「せっちゃんはさすがに、もうサンタさん信じてないかな?」
「・・刹那はあれでも高校生だぞ」
のセリフも大概ひどいが、それを指摘する権利はティエリアにもない。本人が聞いたら憤慨しそうなやりとりを、何の意図もなく当たり前のようにしてのけるのがこの二人だ。
「刹那が欲しがってるものが何なのかとか、知らないよなぁ?」
「知るわけないだろう、ロックオン・ストラトスじゃあるまいし」
ロックオンなら知ってるんだ、とは思っただけで口にしなかった。この前、ゲームセンターで会ったときにそれとなく探りを入れたのだが、「・・・別に、」 の一言でぶった斬られてしまった身としては多少切実な話である(しかも逆に誕生日プレゼントをもらってしまった身としては情けないことこの上ない)、喉から手が出るほど欲しい情報に間違いないが、ロックオンと品がかぶる惨事は避けなければ。プレゼントに関して重要なのは、渡すシチュエーションとそのもの自体のインパクト・・・は冷えた空気を肺いっぱいに吸い込み、決意を新たにする。
「じゃあティエリアだったら? ティエリアだったら何ほしい?」
「・・・・・・生物の形が残っていない食事」
「え、ちょ、なんで? なんでばれたの、声に出してた?」
「顔に出ていた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
髪をわしゃわしゃと掻き毟り、奇妙な呻き声を絞り出すを尻目に、ティエリアは引き結んだくちびるをわずかに緩める。それは呆れとも哀れみともつかない曖昧な、けれど人目を惹くに十分な表情の変化。
―――・・これだから、元から顔のいい奴は! 今さら保つ体面などティエリアの前にありはしない、悪態をつこうとしたはけれどそれを封じ込められて下唇を噛む。これだから顔のいい、しかもそれに対してよくよく自覚のない奴は嫌なのだ。飲み込んだ言葉が喉の奥でちりちりと灼ける、喉に詰まってひどく息苦しい。
「・・高校生の男の子が何欲しいかなんて、わかんないし。参考意見を聞かせてください」
「・・・・本人に 「本人に聞け、なんて言ったらドロップキックをかまします」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
知ったことか、と突き放せない事実がどうしようもなく腹立たしい。ティエリア自身にはこれっぽっちの関わりもないのに、じとりと見上げてくる漆黒を切り捨てられない自分に彼は唾を吐きかける。ここでティエリアがその腕を振り払えば、あれはきっと同じような用件でティエリアを煩わせたりしないだろう
――・・けれど、だから。もう選択を誤るわけにはいかないのだ、能天気なくせに気の短いあれの特性をティエリアは知っている。
ぐしゃぐしゃにかき回した自身の髪を、どれほど意味があるのかよくわからない状態で撫で付けるの手。冬の外気に晒されたそれを目に留めたとき、思わず言葉がこぼれ出ていた。
「・・・あー、なるほど手ぶくろねぇ・・・・・・・・・・・・・無難!」
「文句があるなら聞くな」
「ち、違うよティエリア! これは文句とかじゃなくて・・・・どっちかってーと、ダメ出し?」
鳩尾に決まったティエリアの肘鉄、ほんのわずかな容赦も配慮もない つうこんのいちげき を喰らっては道端にうずくまる。ずんずんと先に進む背中を涙でゆがむ視界に見送って、彼女はくつりと口の端を持ち上げた。
――財布の中身を思いえがき、今日の寄り道を決めたことに対する自嘲を滲ませて。
嗤う月の真下で
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126:嗤う月の真下で ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.11.30 up date 08.12.20
あああああなんだこのバカップ(以下、不適切な言葉があったため削除しました)