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Colorful

:67



年の暮れも差し迫ったこの時期、宗教に関して馬鹿みたいにズボラなこの国はどこもかしも浮き足立っている。街を歩けば嫌でも目に入ってくる赤や緑の装飾、街路樹をちかちか照らすイルミネーション。散々もてはやしておきながら、“チームマイナス6%” という言葉を綺麗に忘れてみせる変わり身の早さはまったく、さすがと言うべきかもしれない。夜の気配が滲み出す研究室の窓、外を一瞥したティエリアは自然光を室内に取り込むために上げていたブラインドを降ろした。大学内の中央広場にある大きなもみの木に電飾が飾りつけられたのは、もう一ヶ月ほど前の話だ。それをじろりと睨みあげた漆黒から発せられた 「・・この金持ち学校めが!」 という暴言を思い出し、ティエリアはため息と共に押し流す。たとえ一人称が世間一般に通じるものになったところで、その言葉遣いがどうこうなるものでもないらしい、むしろ綻びが目立つようになった気がするのは自分だけだろうか。

「あら、ティエリア。こんな時間まで何してるの?」

見れば分かるだろう、ティエリアは喉まででかかったその言葉をどうにか飲み込むことに成功し、けれどその反動で視線をよりいっそう鋭くしながら言葉の主を振り返る。学生控え室の扉に背中を寄りかからせたスメラギ・李・ノリエガ、その手に抱えられている赤ワインのボトル。ティエリアの眉間に皺が刻まれるのを見て取って、スメラギはあでやかに苦笑した。

「まだ飲んでないわよ。そんな怖い顔しないでちょうだい」
「・・教授には、」
「ちゃんと伝えてあります」

そういうところで抜かりがないだけにタチが悪い、ティエリアはスメラギの手にある酒類など見なかったことにして、というかスメラギの存在そのものを見なかったことにして自身のパソコンと向き合った。気忙しい年末の時期、やることは目の前に山積している。

「ティエリアあなた、こんな所で何やってるのよ?」

どことなく咎めるような響きを伴ったスメラギの言葉、ティエリアは滑るようにキーを叩いていた指を止め、首だけで彼女に振り返った。ティエリアの白皙には標準装備の不機嫌が貼り付けられているが、スメラギはそんなもの歯牙にもかけない。むしろそんなティエリアの態度に、スメラギは形のいい眉をひそめてみせる。暖簾に腕押し、ぬかに釘・・・思い浮かぶ言葉にティエリアは無視を決め込んだ。

「課題をするのが、いけないことだとでも?」
「そうじゃなくて、私が言いたいのは――今日がクリスマスイヴだってことよ」

正体のつかめない、ふわふわと高揚した空気の元凶。ただでさえ忙しいこの年末にご苦労なことだとティエリアは鼻で笑う。人が多いことなど予想するまでもなくわかっているのに、わざわざ外に出る意味が分からない、年末特番ばかりで内容の薄っぺらなテレビをだらだら流しているより、課題をこなしている方がよっぽど自分の身に返ってくるものがある。冬の寒さも好きになれないうえに人混みも嫌いなのだ、ティエリアの前に示される選択肢はそう多くない。

「・・・・それが、何か?」
「ああもう、ほんっとにあんたたちって子は・・!」

コツコツというヒールの音を室内に響かせながらぐるりと部屋を見回したスメラギは、アレルヤの席にあるはずの鞄がないことを確認して眉根を寄せる。・・・アレルヤったら、逃げたわね。物騒極まりないスメラギの小さな呟きを聞き逃さなかったティエリアはぎょっとしたようにパソコンの液晶画面から彼女へ視線を向け、わずかに体を引いた。空っぽになったアレルヤの席にワインボトルを置いたスメラギの手がティエリアに向かって伸びる、反射的にそれを避けた彼を素通りした手が向かうのは、今の今までティエリアが向き合ってきたノートパソコン。

――・・何を!」

ティエリアの悲鳴はまるでなかったものとして処理された、パタンと閉じられてしまった自身のパソコンを見下ろす深紅はしばらくそれを呆然と眺めていたが、やがて猛々しい怒りの炎を宿す。

「いきなり何をするんです、スメラギ・李・ノリエガ! データが壊れたらどう責任をとるつもりですか!」
「データが壊れるなんて大袈裟ねぇ、スリープモードに入っただけじゃない。私はよくやるわよ?」
「あなたと一緒にしないでいただきたい」

ひどい言い草ね、と肩を竦めたこの人が実際どれほど反省しているのか、ティエリアは小指の爪の垢ほどだって信用していない、研究室で助教を務めるこの若い研究者をティエリアは十分信頼しているし尊敬もしているが、それは彼女の人間性にまで及ぶ話ではなかった。眦を吊り上げるティエリアなど、彼の背後に召喚されるルシファーなどどこ吹く風といった態度でスメラギはティエリアを見返す。

「あのねぇティエリア、今日の “これ” にあなたを誘わなかった理由、なんだと思ってるの?」

スメラギの指がボトルの縁をつぅとなぞる。

「・・・俺が迷惑がっていることに気付いたのでは?」
「そんなわけないでしょ。気付いてても無視するわよ、そんなもの」

――ある程度、スメラギの返答は予想していたがその予想をはるかに上回る(ある意味でどこまでも下回る)、いっそ潔いほどのそれにティエリアは閉口する。あなたのせいで前回は散々なことになった、という抗議の声を上げたくてもそうできない理由がティエリアにはある、あの一連の騒動を具体的な事例として列挙するつもりなどこれっぽっちだってありはしない。彼は眉間に皺を刻み、口元をきゅっと引き結ぶ。

「私は、あなたと朱音ちゃんがイヴに何か約束をしてるんじゃないかと思って、誘わなかったんだけど?」

人間という生きものは、ある程度相手が何をいうか、どんなことを尋ねてくるかを反射的に予想して、それに対する答えを無意識下にしたためておく 知能 を身につけた動物だ。それがつまり対人関係におけるコミュニケーション能力となって最終的に発揮され、周囲との関係性を組み上げていく。そうであるがゆえに、自己の予想範囲から大きく飛び出た、突拍子もなければ脈絡もない言葉を投げかけられると、思考は論理展開を失って一瞬フリーズする――例えば、今のティエリアのように。

「・・・・・・・・・・・・・・は?」
「だから、今日はクリスマスイヴなのよ? 折角のチャンスじゃない、二人でパーッとお祝いでもして、お酒でも飲んで、なんとなーくの雰囲気でパクッとごちそうさましちゃっても許されるのがクリスマスよ? それが若さってものじゃない!」

むしろ、今が素面の状態であることのほうが問題な気がする。ティエリアは鈍化した思考スピードにかまけて、スメラギの発言の八割を聞かなかったことにした。

「ティエリア、一応言っておくけど、クリスマスプレゼントっていうのはイヴかクリスマス当日にあげなきゃ意味がないのよ? ・・・鞄の中のそれ、今日か悪くても明日にはちゃんと渡しなさい」

無理やり眠らされたパソコンを起こそうと手を伸ばしていたティエリア、その意識が腕組みをして立つスメラギに対して一気に向けられる。バッ、と音を立てそうな勢いで振り向いた彼はパクパクとまるで鯉のように口を開け閉めするが、声に出さなければならない言葉が多すぎて声にならない、口腔から水分が急激に失われていく。・・そんなティエリアに対し、スメラギが浮かべたのはどこまでもやわらかく、ふうわりとした微笑みだった。

――もしくは今日、“これ” に付き合うかの二者択一よ。・・・・・・・さぁ、どうする? ティエリア」


氷の化石


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174:氷の化石 ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  08.12.10    up date  08.12.23
許されません。