Colorful

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――じゃあおやすみ、ジェイド。今年も楽しかったって伝えといてよ」

曲がり角に消えていくタクシーのテールランプを見送って、はふるりと体を震わせた。体の中にほどよく残ったアルコールのおかげでタクシーのなかは少しぽかぽかするくらいだったのに、一歩外に出てしまえばボレロの上に厚手のコートを羽織っても、突き刺すような冬の息吹に体の芯が震える。足元から這い上がってくる冷たい風がスカートの裾をあおり、ふわふわに巻かれた髪をかきまぜていく。――の保護者であるジェイド、彼が勤めているのは彼の幼馴染が立ち上げ、現在最高経営責任者を務めている会社なのだが、はそんな目立ちたがりの社長と幼い頃から面識があった。彼らが大学に在籍している頃は、ジェイドの部屋に集まってささやかなクリスマスパーティ(=二十代のそれらしい、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ)を開催する程度が、会社が大きくなるにつれ取引先をも巻き込んだ華やかなパーティとなり、それに毎年強制参加させられる彼女もフォーマルなドレスに身を包んでいる。毎年毎年、この日のために用意されたパーティドレスが17日の夜、保護者の家に届けられるのだから律儀なことだ、・・そろそろ忘れてくれて構わない。

体の前に腕を組んできゅうと縮こまりながら、は夜に染まった道路に目を凝らす。腕時計が指し示す時間は夜11時過ぎ、道路わきの街灯がしんと冷えた夜の中で白い光をぽつぽつと灯しているが、そこを歩く人影はまだ見えてこない。むう、とうっすら化粧を施されたくちびるを歪め、眉根を寄せたは吹きぬける木枯しに首をすくめた。普段、ジーンズをはじめとしたパンツばかりを身につけている身としては、スカートというのはどうにも心許なく、素足ではないとしてもむき出しになっている膝から下がいかにも寒い。・・奴がここに姿を見せるのはまちがいないのだから、とりあえず風を凌ぐことにしよう。てのひらに白い息を吐きかけ、慣れないヒールに心の中で恨み言をぶちまけつつ、はアパートのエントランスへ足を向ける。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ども、」

さすがに十五年近い付き合いがあるだけのことはある、やたらとこういう服を着せたがる36歳の要求と、断固として拒否したい20歳の妥協が絶妙に重なり合うポイントを的確に突いてくるドレスはシックな青。膝まであるスカートのせいでその場にしゃがみこむことのできなかったは、エントランスの壁に寄りかかった状態で見慣れた紫苑に片手を上げた。

「・・・・・・・・・・・なんだ、それは」
「・・質問が大雑把すぎて、どこから答えていいのかわからんのですが」

ぎょっとしたように眼鏡の奥で深紅をまあるくした挙句、わずかに一歩ずり下がったティエリアを前にはくちびるをへの字に曲げる。この期に及んで、自分が積極的にこれを着たとは奴も思うまいが、仮装大会か何かの帰りと勘違いされる危険は十分にありえる・・・・きちんとした理由を並べた後、強張っていたその白皙がわずかに緩んだのを見て取って、は小さくため息をついた。自分の予想は、あながち間違っていなかったような感じである。

「・・それで? 君はこんな時間にそんな格好で何をしているんだ」

ちょ、“そんな格好” 呼ばわりすんのやめてくれる? 
郵便受けからチラシをがさがさ抜き出すティエリアに、はむっつりと言葉を投げた。――・・そんなに評判悪くなかったんだぞ、というセリフが喉までせりあがってきて、けれど口にしようとした途端、舌の上で散り散りになって消えていく。

「さっきタクシーでそこ通ったとき、ティエリア見かけたからさ」
「・・・・・・・・・・それだけで、か?」
「・・え、何、だめなの? てゆーかダメって何だよ、許可いんの?」

フッと引き結ばれたティエリアの薄いくちびる、返事を促しても口を開こうとしない頑なな態度はまるで、海水から引き上げられたハマグリのようだ。・・コイツ、下から炭火で焼いてやろうか。階段を上り始めた背中をじとりと睨みつけ、は歪んだ口元からベーッと舌をのぞかせる。深紅を目の前にしてできないあたりがむなしいところだ。

「ティエリアこそ、こんな時間に帰宅ですか。・・いやはや、モテる男は違うねェ」

ぴたり、階段の途中で立ち止まったティエリアがゆっくりと後ろを振り返る。射殺すように向けられた深紅には紛れもない殺意が揺らめいていた、底冷えする冬の夜風よりも冴え冴えとした深紅の閃きは抜き身の刃にも似て。するすると自分の顔の高さまで上がる両腕は動物の生存本能に起因する、はおとなしく頭(こうべ)を垂れ、白旗を掲げた。・・・・誰だって、自宅マンションの階段から転げ落ちての転落死など遠慮したいに決まっている、しかもよりによってクリスマスイヴの夜に!

「・・ゴメン、ちょっと調子乗りすぎた」
「・・・・・・フン、」

―――本当は、“それだけ” ってわけでも、ないけど。
片手にぶら下げたハンドバックの中、もしものために入れておいた それ を脳裏に思い浮かべ、はくつりと自嘲する。この気忙しい年末にわざわざ男物ブランドのショップを見て回り(「ご自分用ですか?」 と尋ねられるのはもはや当たり前すぎてツッコむ気すら起こらない)、羽ばたいていく野口英世を泣く泣く見送り、万に一つの “もしも” のためにそれを所持してパーティに出席とは、我ながらほとほと呆れる。・・・・・ああ違う、きっと私はそんな頼りない可能性にかけてなどいなかった、出発ギリギリにそれを引っ掴んでバックに押し込んだ時点で、あの白皙を拝む予定は立っていたのだ。自分の都合はもちろん、向こうの都合も考慮することなく。

「あー・・・っと、あのさ、ティエ 「やる」

ぽんっと投げて寄越された包みを咄嗟に受け取り、はきょとりとまばたきをする。高級感漂うダークブラウンの包みに、袋状になったその口を結ぶスノーホワイトのリボン。瞬く間に自分の周囲から音が消え、緩慢なリズムを刻む心臓が冷えた指先に血脈を送る。体の中でじくじくと響く鼓動、ごくりと唾を飲み下した音が木霊する。控えめに書かれた Marry Christmas の文字から、視線が吸い付いたように離れない、・・・・・・・・・・な、なに、これ、・・どんなドッキリ?

「・・・・・・・本当に失礼だな、お前は」
「あ、ごめん、口に出すつもりは、なかったんだけど・・・」

は呆然と自身の手元を見つめている、唖然と、途方に暮れたように。意味がわからなすぎて頭が回らない、まるで酸素供給の止まった電子伝達系だ(ああほら、思考が完全停止したせいでTPOをまったく考えない訳のわからん比喩が飛び出した!)。「どうして」 と 「なんで」 が意味を形作れないまま、頭の中をぐるぐる巡る。

「・・もう少し嬉しそうな顔をするなりなんなりしたらどうだ」
「イダダダ、痛いよティエリアごめんなさい! ・・ってなんでわたし謝ってんの!?」

ほっぺたの肉をギリギリ摘む手を振り払い、はティエリアを睨みつける。よっぽど同じ目に遭わせてやろうと腕を持ち上げたが、金縛りにあったように全身がぴたりと硬直する。口の端をわずかに、ほんのわずかに持ち上げただけの白皙、それを目の前にはぐ、と息を飲み込む。

「・・・それでその寒々しい手をどうにかしろ」
「・・・・・・・・っ」
「おい、聞いているのか」
「・・・・っそ、それはこっちのセリフだバカヤロー!」

ハンドバックから包みを取り出し、おおきく振りかぶってティエリアにそれを投げつけるのにかかった時間は一秒足らず。夜風の吹き荒ぶ廊下にただ一人残されたティエリアの視界に、ふわふわと白い結晶が舞う。


眠る月を
揺り起こす


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眠る月を揺り起こす ... ジャベリン
writing date  08.12.13    up date  08.12.24
Happy Marry X'mas!