Colorful
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クリスマス当日の朝、その目覚めは愛猫の猫パンチによってもたらされた。普段はどちらかというとのほうが寝起きはよく、彼女が家を出る頃になってのそのそベッドから這い出てくるルークなのだが、今朝はどうも都合が違ったらしい。ふにふにの肉球でぱしりと頬を張られたは、眠りの淵から意識を浮上させ・・・かけたのだが、前日のアルコールに引きずられるようにずるずると沼に沈んでいく。再びくうくうと寝息を立て始めたを目の前に背中の毛をぴりりと逆立てたルーク、彼は 「・・ふーん、そっちがそーゆー態度なら、」 と極めて物騒な言葉を口の中で呟く。
「・・っひ、ひ・・ひ・・・っくし!へぶし!ふぇ・・っくしょん!」
鼻の頭をもぞもぞとくすぐる、生温かい上にわさわさしたそれ。いくら手で払ってもなくならないその気持ち悪い感覚にいい加減耐えられなくなったが、獣じみた叫び声を上げながら跳ね起きるのに大して時間はかからなかった。がばっと厚手の布団ごと上半身を起こしたは、枕元にちょこんと座った猫に怨恨というよりは殺意のこもった視線を向ける。背筋をピンと伸ばして座るルークのしなやかな尻尾が落ち着かない様子でゆらゆら揺れていることから、は自分の鼻をくすぐったものが何なのかを悟った。・・とんでもない起こし方をしてくれたものだ、このワガママ猫め。
口を開きかけたはその時、全身をふっと包んだ冷たい空気に体を震わせた。朝方の冷え込みはますますひどくなるばかりで、布団から起き出すのに一日分のエネルギーとやる気の半分弱を費やしているここ最近、ベッドのなかで目を覚ましたがすることは布団の中に埋もれたまま、足の届く場所にあるファンヒーターの電源を入れることだ。けれどそれにしたって、今朝は本当に寒い
―――フローリングの冷たさが分厚い靴下越しにも伝わってきては眉根を寄せる。そしてこっそりと様子を窺うようにカーテンを開け、彼女は広がっていた光景に対し、はっと息を呑みこんだ。
――なんだか、外が騒がしい気がする。
心地よい眠りに身を委ねていたティエリアの意識をサルベージしたのは、きゃらきゃらという子どもの笑い声だった。薄くまぶたを開けて視線だけを動かし、壁にかかっている時計を見遣る・・・・時刻は9時を少し回ったくらい。なんだかんだ結局付き合わされる羽目になった昨日である(・・アレルヤ・ハプティズムには是非とも礼をしなければなるまい)、冬季休暇に入り授業予定もない今日は、大学へ顔を出すつもりなど更々なかった。それなら、もう少し休んでいてもまったく問題ない。朝の冷たい空気から逃れるようにもぞもぞと布団の中に体をうずめ、ティエリアはふっつりとまぶたを閉じるが・・・・・・・・・・朝方、もしくは深夜という時間帯は、どうしてこうも他人の声をクリアに伝えるのだろう。ひとつやふたつどころではない子どもの笑い声、拾い上げたくもないそれらがひどく耳に障る。そして一度気になりだしたら止まらない、飛び込んでくる音が意識を刻々とはっきりさせていく。
――ひく、と頬を引きつらせたティエリアが布団の中でまぶたを開けたとき、彼の思考は完全に起動していた。まったくもって最悪な目覚めである。
暖房の付いていない部屋はしんと冷え切っている、ティエリアはとりあえず上に一枚服をはおり、カーテンを勢いよく開け放った。途端、目に飛び込んできた光にティエリアは思わず顔を背ける、朝日というには清廉すぎる白いそれが深紅を射抜いた
―――窓の外に広がる真っ白な景色、家々の屋根に降り積もった白が、冬の太陽から注がれる光をきらきらと反射している。自宅のベランダから見える景色はとうに見慣れたものだ、けれどこの夜中に降り積もったほんの数センチの雪でそれはまったく知らないものになる。思わず漏れていた感嘆の吐息が窓ガラスを白く曇らせた。
けらけらと笑う子どもたちの声が窓の向こう側から届く。確かにこの澄み渡った真冬の晴天の下では、この程度の積雪など昼頃には解けてぐしゃぐしゃになってしまうだろう。先程とは違う諦観のため息が窓ガラスを曇らせたとき。不意に聞こえてきた声にティエリアはぱちりとまばたきをする、そしてその一瞬後、どことなく剣呑を帯びた深紅がすぅと眇められた。
「こら待てクソガキ、逃げんな!」
「やーだよー! つーかねーちゃんヘッタクソー!」
「ばっか、手加減してやってんの! ・・・つーか動くな、お前ら止ま 「
――・・っ、!」
「うぇ、っはい!?」
ひくひくと頬を引きつらせてベランダに立つティエリア、その眼下にはアパートの駐車場部分を利用して雪と戯れる子どもたちが集まっている。そしてその小さな影のなかでひときわ目立つ、他に比べて大きめのそれ・・・・何もその注目はサイズの違いがもたらしたものではなかった。子どもたちは毛糸の帽子や手ぶくろ、もこもこのジャンパーにマフラーという出で立ちでせっせと雪玉をこしらえているのだが、あの大馬鹿者といえば上下のスウェットに赤い半纏(ちゃんちゃんこ)を羽織っている “だけ”。
「あ、おはよーティエリア! 見てよこれ、すごくね? 雪だよ、ゆ」
ぼふっ。ティエリアのいるアパートの三階を見上げ、両手を振るの顔面に命中したのは、その背後で子どもがせっせと握り固めていた雪玉だった。中途半端に言葉を区切ったあれは、顔にべしゃりと張り付いた雪をのろのろした動作で払い、どうも口の中にも入ったらしい雪を人気のないほうへ向かって、ぺっと吐き出している。
「・・・・・よーし、覚悟はできてるんだろうなァ、おま 「そこを動くな、!」
「え、なんでわたし!?」
なんでー、なんでこっちなんだよ? おかしい、ティエリア絶対おかしいよそれー!
ぎゃんぎゃんという叫び声を完全に無視したティエリアの行動は実に迅速で、かつ無駄がなかった。どこぞの大馬鹿者のようにティエリアは寝巻きで人前に出る気などサラサラない、手早く着替えた彼はショート丈のPコートを羽織り、普段はあまり着ていないダウンを引っ掴んだ。次いでストライプのマフラーを自分の首に巻くことなくダウンと一緒に片手に抱え、アレルヤから貰ったはいいが一度も使用することなく眠っていたニット帽を手に取る。くるりとクローゼットから振り返り、ローテーブルを見遣ったティエリアはそこでようやく動きを止めた。机の上にあるのは一対の手ぶくろ
――昨夜、あの阿呆に投げつけられたそれ。
「もー、ティエリア早くしろよ! 動いてないとこの格好じゃ寒いんだってば!」
ハッと視線を窓の外へ向けたティエリアは、形のいいくちびるをきゅっと結んだ。わずかに奥歯を噛んで息を吐く。見た目よりやわらかな作りのレザーグローブ、それをさっとつけたティエリアは荷物を抱えて部屋を後にする。
ティエリアが静止をかけたために、雪合戦は一時停戦となったらしい。本当に先程と変わらない場所にしゃがみこんだの周りでは、子どもたちが同じようにしゃがみこんでいたりの手元を覗き込んでいたりしている。靴の裏で踏みしめた雪がざくざくと音を立てる、それにいち早く気付いたのはだった。
「見て見てティエリア、雪だるまー!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
どう見ても完成途中の雪だるま、それを両手(もちろん素手だ)に掬い上げた阿呆が意味もなく自慢げな表情を浮かべる。はぁ、と吐き出したため息が白く凍って大気中に溶けた。子どもたちの輪から少し離れたところで立ち止まったティエリアは、しゃがみこんだままのを見下ろしながらわずかに首を動かす。ぱちり。何度かまばたきを繰り返したそれは、しかし正しくティエリアの意図を読み取った。
「・・何、どしたの?」
ひょこひょこと子どもたちのあいだをすり抜けるようにやってきたそれ。ぼさぼさと好き放題に跳ねている黒髪の間からは真っ赤に染まった耳朶がのぞき、ずび、と啜る鼻も同様に赤くなっている。
――当たり前だ、寝巻きに室内用の半纏をとりあえず身につけただけの格好は、冬の朝、子どものように雪で遊ぶ人間のするものではない。というか、ハタチを過ぎた女が人前に出ていい格好ではない。もう一度大きなため息を重ねたティエリアは怪訝そうな顔をするに構うことなく、抱えた荷物を手に取った。
「・・・・・わぷっ」
手始めに白いニット帽を力任せにかぶせる、思ったより大きかったそれをぐいっと引っ張りおろせば、まるでどこぞの犯罪者のようになったがこの際そんなことはどうでもいい。目まで隠れたそれをが直そうとしているあいだに、ダウンを半纏の上からかけて前を無理やり留める。どうにかニット帽をずり上げ、ダウンにごそごそ腕を通そうとしているそれの首にぐるぐるとマフラーを巻きつけたティエリアは、子どもたちのところに残してきた雪だるまよりもよっぽど雪だるまらしくなったを目の前に、「・・・よし、」 と小さく呟いた。
「何が 『・・・よし、』 だよ、肩より上に腕あがんないんですけど!」
「いつもと同じだろう」
「ふざけんな、いつもこんな走るより転がったほうがはやそうな格好してないし!」
「・・・・・・手ぶくろはどうした。やったやつがあるだろう」
マフラーの下に巻き込まれた髪の毛が気持ち悪いのか、表情を歪めながらそれを引っ張りだしていたはティエリアの手元を見るに付け、どこか奇妙な顔をした。
「・・や、汚すのもったいないかなーって・・、」
「・・・・・・・・・・・・」
「だって高そうなんだもん、雪でどろどろにするのもったいないじゃん!」
まるで赤い染色液で染め抜いたように赤い指先、よくよく見なくても小刻みに震えているそれを目の前にティエリアは思い切りため息をついた。どうやらこの脳ミソのできが可哀想な猿は道具の使い方も知らないらしい、“猿” と呼んでいいのかすら微妙なところだ。吹きぬける北風よりもよっぽど冷たいティエリアの深紅に晒されて、ころんとした輪郭を縮める。むすりとしかめられた表情はしかし、それの着ているダウンの裾をくいくいっと引く小さな手によって平静を取り戻す、
「ん、なに? どした?」
―――・・ほんの、数秒かぎり。
「・・・・・・そのひと、ねーちゃんのカレシ?」
真冬のアイボリー
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真冬のアイボリー ... ジャベリン
writing date 08.12.14 up date 08.12.25
当社比1.4倍になった、なんという見切り発車(だが後悔はまったくしていない)