Colorful

:73



「・・・愛してるぜ、
「ハレルヤ・・っ、うれしい!」

ひしっ。もしも今の二人に効果音をつけるならこんなところだろうか、アレルヤはアセトアルデヒドを経由して酢酸にまで酸化されきらず、彼らの体内をぐるぐると循環しているらしいアルコールの存在を認めて静かにため息をついた。強そうに見えて実はアレルヤよりも酒に弱いハレルヤと、いつだかに開かれた研究室での飲み会で見事撃沈し、ティエリアに背負われて帰宅の途に着いた。お酒を飲んでもいつもとほとんど変わらないか、少し気分が高揚する程度しかアルコールによる影響の現れないアレルヤは、飲酒に関してさほど関心がない。スメラギさんオススメの美味しいと評判のお酒を口にして、ああ確かに美味しいなと思うのが関の山、別にお酒ではなく美味しい料理からでも得られるのならば、彼が飲酒にこだわる理由はなかった。

ただ、平均並みの飲酒で普通程度に酔いが回るハレルヤや、どちらかというと平均以下で酔いの回るにアレルヤの論理は理解されない。頬から首筋をほのかな朱色に染め、けらけらと何がおかしいわけでもなく笑い声を上げる二人の酔っ払いは先ほどから、歯の浮くようなセリフを睦び合っている。どうやら先に照れたほうが負けならしい、なんて不毛な勝負だろう。最初はいちいち顔を赤くしていたアレルヤも、ラジオから流れてくる音楽をなんとなしに聞き流すように二人の会話をスルーすることを覚え、いまや呆れ顔を通り越していっそ困り顔だ。最新鋭のハイブリットカーなどとは比べ物にならない燃費のよさは羨ましくもあり、恨めしくもある。

なにせ今アレルヤの隣には、ティエリアがいるのだ。

一日の講義を終え、そういえば今日の買い物当番が自分であることを思い出したアレルヤが荷物を鞄にしまうころかかってきた一本の電話。「よォ、アレルヤお前もう買い物行ったか? まだなら酒と肴買ってこいよ、新年会やろーぜ、新年会」 双子の弟からかかってきた一方的な電話に苦笑交じりの了解を伝えたアレルヤはぐるりと教室を見回し、携帯電話を耳に押し当てながら額に青筋を浮かべたティエリアを見つける。今にも携帯をへし折りそうな空気を纏ったティエリアはしかしアレルヤの予想に反し、ツカツカと歩み寄ってきて一言、「さっさとしろ、アレルヤ・ハプティズム」 と告げ、足早に教室を去っていった・・・・・後で聞いた話によるとどうも、ハレルヤとの二人は既にそのころから少しずつ飲み始めていたらしい。ティエリアが怒るのも、当然だよね。くすっと口元をほころばせたアレルヤに、鋭い深紅の視線が飛ぶ。

「・・・・何がおかしい、アレルヤ・ハプティズム」
「な、なんでもないよ」

カーペットの上に片膝を立てて座り、そこに肘をついて缶ビールに直接口をつけているティエリア。その中世的で女性と見紛うような容姿をしている彼はそのくせ、普段から妙に男前な言動で周囲の目を惹いてやまないが、今はそれに輪をかけているような気がする。“男” というより、どちらかというと “漢” という文字を当てるのが妥当であるかのような。――・・ああそうか、アレルヤは不意にその理由に思い当たる。いつも以上に目が据わっているのだ、切っ先鋭いナイフのような深紅の瞳が。

「てかさぁ、実際ハレルヤは言ったことないの? こーゆーくっさいセリフ、」

フタをあけたじゃがりこにの手が伸びて、それを一本口に運ぶ。じゃこじゃこと小気味よい音を立てて口の中に消えるそれ、自由になった人差し指と親指の腹についた塩気を彼女はぺろりと舌で拭った。

「あ? あるわけねーだろ、ンなもん」
「えー、じゃあ言われたこと」
「あー・・・それならなくもねェな」

キュピーン、との目が閃いたような気がしたのは、アレルヤだけではなかったらしい。彼女のその目の輝きを見つけるにつけ、ハレルヤの金色の瞳がスゥと細められる。彼がテーブルの上の缶ビールに手を伸ばしたとき、はいつもの仕返しとばかりにハレルヤの背中から腕を回した。肩口からひょっこり顔を覗かせ、口の端を猫のように持ち上げる。

「ほっほーぅ、例えばどんなん?」
「・・・・・・・・・・・うっせぇ」
「あ、今ハレルヤ照れた? 照れただろ!」
「照れてねぇよ、心底うぜェと思っただけだ」

ちぇーっ、けち。ハレルヤのばか、いじわる、はげ。まるで子どものようにむすっと表情をしかめたの手が飲みかけの梅酒に伸び、アレルヤはわずかに眉根を寄せる。なんだかんだで、彼女は結構な量のお酒を口にしているはずである、確かにアレルヤは彼の弟よりもと親しいわけではないがそれでも、彼女が素面ではないことぐらいわかる。ただでさえ一度は潰れたところを見ているのだから、アレルヤが心配しない理由はなかった。

「・・・・・いい加減にしろ、

もうそのくらいにしておいたら? アレルヤの言葉は、冷たく突き放すような声に打ち負かされて消える。

「酔いつぶれる気か、貴様」
「・・えー、」
「何度も同じことを言わせるな」

きゅっとくちびるを引き結んで顔をしかめた彼女は、不平不満でいっぱいになっていそうな表情と裏腹に、伸ばした指でじゃがりこをつまんだ。まるでリスやハムスターなどの小動物がものをかじるような食べ方はやはり、彼女の不満を如実に表している。ミネラルウォーターを注いだグラスをの前において、アレルヤは小さく安堵の吐息を漏らす、さすがというかなんというか・・・・・ “らしい” なぁ、と思うばかりだ。

「・・・つーか眼鏡、お前はどうなんだよ」
「・・・・・・は?」
「だから、お前こそ女になんか言われたことあんだろ」

―――その一瞬の空気を、どう言い表したらいいのだろう。やわらかく流れていた風が不意にぴたりと止まったというか、むしろひんやりした夜風が吹きぬけていったというか。素知らぬ顔でビールをあおるハレルヤが、けれど気付いていないはずがないのだ。すぅっと細められた深紅や、それまで淀みなく刻まれていたじゃこじゃこという音が途切れたことに。

――・・下らない」
「・・そーだよハレルヤ、しょーもない質問すんなって」
「テメェが言うか、それを」

難しいなぁと、アレルヤは思うのだ。むずかしい、なんて厄介な二人なのだろうと。そしてアレルヤは同時に思う。いま目の前にあるものにかまけて、いちばん大切なものを取り逃がしたりしないでほしいと。――・・僕はなんだかこの二人を見てると、とても年を取った気がするんだ、ハレルヤ。結局ソファの上ですやすや眠り込んでしまった彼らにそれぞれ毛布をかけてやりながら、アレルヤは二人の寝顔を携帯のカメラでパシャパシャ撮っている弟に言葉をこぼした。

「・・あんまりガキ過ぎるんだよ、こいつら。どっちかっつーと、俺らがフツーだ」
「確かに、そうかもしれないね」
「コイツららしいっつーかなんつーか、・・・・ったくウゼェ奴ら」

天邪鬼なのは、変わらないなぁ。そう胸のうちで呟いて、アレルヤは小さく微笑む。


ひそやかに
色づく死に


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ひそやかに色づく死に ... ジャベリン
writing date  09.01.12    up date  09.02.07
知らぬは本人ばかりなり。・・注目すべきは書いた日付、という自己弁護。