Colorful

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、歳は20、所属は国立大学の農学部二年、性別――女。

自分で言うのもなんだが、よく性別を間違えられてきた。中学生の頃よくバレー部やバスケ部の助っ人をやらされていたせいか頼んでもいないのにすくすくと背は伸び、三十代という大台にのった保護者についてジムに顔を出すうち、気が付いたら高校生という年齢の割に丸っこくない体つきになっていた(保護者があるとき、しみじみと発した 「・・・・まるでえんぴつですねぇ」 という一言を、は未だに忘れられない)。よく言われるところによるとどうやら自分は童顔ならしく、それが性別をよりわかりにくくさせているのだそうだ。さらについ最近まで一人称は “俺” だったし、今もクローゼットにはスカートの一枚もない。

そんな現状において、初対面の人間に性別を間違えられるのはにとって “慣れている” どころではなく、むしろ “当たり前” という境地だった。今でこそ、何かにつけて女性としての自覚はないのか云々と小姑のようなことを言ってくる隣人も、初めて言葉を交わしたときには性別を勘違いしていたし、もそのことについて別にどうと思ったことはない。第一、奴の性別を間違えて認識しそうになったのはこちらも同じだ、言えた義理ではない。保護者やその友人らに迫られて、彼らが遊び半分・・いや、遊び九割で買って寄越す女物の服を身につけているときは別にしても、初めての人間に女だと理解されることが極端に少ない人生を送ってきたにとって、こういった事態はひどく手馴れているように見えて、実はほとんど経験値ゼロに等しい。・・つまり今の彼女は、ぬののふく と ひのきのぼう と なべのふた を手に魔王退治に出発する勇者と同じくらい、無知で無謀な挑戦を強いられていた。

「・・ね、今もしかしてヒマ? 時間あるならちょっと遊ばない?」

駅前にある時計台のしたで午後二時に。そういう待ち合わせをしたのは一昨日のことだが、時計の針は待ち合わせ時間を10分ほど通り過ぎた。かれこれ15分ちかい待ちぼうけを食らわされているは、2分おきに携帯をぱかぱか開けたり閉めたりしながら、ほとんど無一文の状態で追い出された城壁をぼんやり見上げている。手持ちの ふくろ には申し訳なさそうに薬草がひとつ放り込まれているだけだが、世間知らずな勇者(Lv.1)は自身を取り巻く環境の厳しさについてまったくの無知だった、モンスターの存在を知らなかったのである。

「・・・・・・・(あーもー、何やってんだろ。遅れるなら遅れると連絡よこせっつーの、あのもやし)」
「・・あの、ねぇ、ちょっと? 話聞いてる?」
「(大体言い出したのそっちだろ、こりゃなんか奢らせんの決定だな)」
「・・・・ちょ、もしもし?」
「ぅえっ、はい!? え、何、なんか用ですか?」

スライムAが あらわれた!

肩をポンとたたかれてようやく話しかけられているのが自分であることに気付いた彼女は、自分よりもわずかに高いところにある男の目を見上げた。ほとんど何の警戒心も抱くことなくきょとりと首をかしげてスライムAに向き合ったは、“もやし” といわれたその人に言わせれば 底なしの阿呆 そのものだが、ここには如何せんもやしがいない。

「あ、わたしこの辺あんま詳しくないんで、道案内とか上手にできないですよ?」

――“無知” であった、というのは少し語弊があるかもしれない。は町の中で話を聞いたり、人様の家に勝手に上がりこんだ挙句戸棚を手当たり次第に調べて回るうちに得た書物やドラマなどから、モンスターの存在そのものについては知っていた。知っていたが、そのモンスターが人を、よりによって自分を襲う可能性についてはミジンコ程だって考えていなかったのである。

勇者のこの切りかえしには、さすがのスライムAも一瞬呆気に取られた。彼女のこの言葉はさて、遠回しに自分のナンパをお断りしているのかそれとも、素で答えているのか。きょとりと首を傾げた勇者を前にスライムAは博打に出る、もしここでうまくいってお持ち帰りなどしてみろ、明日から自分は仲間内で一種のヒーローになること間違いない、ホイミだって使えるようになるだろう。

「つか、俺この辺地元なんだけどさぁ・・・・・・案内したげよっか?」
「いえ、別にいいです」

まさかの魔人斬り発動である。

「あ、いや、待ち合わせしてるんで、ここ離れるわけにもいかなくて」

へらりと笑ってスイマセンと続けるあたり、どうやら魔人斬りは鼻先を掠めていっただけで体力にはさほど影響を与えなかったらしい。が、思わぬ反撃に心が折れかけてしまった、精神力をごっそり削られた感がある。・・だがしかし、ここですごすご引き下がるわけにもいかない。スライムAは自分自身を叱咤する、ここでこんな反応を見せるということはこの勇者、かなり希少価値の高い部類と見て間違いないだろう。自分のように、つるんでいる連中に対する見栄や自慢のためにナンパする連中に目をつけられ、声をかけられる女は大抵の場合ナンパされることに慣れている。そういう女はよく釣れるし、断り方もうまい。

「ふーん・・、買い物でも行く感じ?」
「はぁ・・・・まぁ、そうなんじゃないですかねぇ」

人目を惹く容貌をしている割に、どうもこの勇者はモンスターと対峙することに慣れていないらしい。時計台のフェンスに寄りかかって立つ勇者の隣に自身の体を滑り込ませ、スライムAはにこりと笑う。この様子ならどうにかすればうまく丸め込めるかもしれない、友達がどんなツラかは知らないが兎にも角にも一挙両得のチャンスだ、これを逃してなるものか。

「俺、案内してあげるけど?」
「必要ない」

背後からいきなりの凍てつく吐息だ、反則技にもほどがある。思わぬ攻撃にばきばきと足元が凍りつく、しかしその氷が膝をこえて這い上がってくるより苛立ちが勝った。ンだとォ、と息巻いて背後を振り返ったスライムAは直後ひくりと頬を引きつらせ、続く言葉を舌の上に見失う―――まさかの魔王光臨である。

「見ず知らずの人間の手を借りなければならないほど、困っていない」

だから消えろ。スライムAは吹きぬけていく冬の風に声を聞いた気がした、それは果たして幻聴か否か。ぴたりとわずかなぶれもなく据えられた深紅の瞳が恐ろしく鋭い、最強武器として名高い勇者の剣、エクスカリバーを魔王が標準装備しているのはいくらなんでも酷すぎやしないだろうか。というか、勇者と魔王がパーティを組んでいる時点でおかしい。というか、魔王が勇者の保護者的ポジションに落ち着いているのはおかしい。というか、スライムAは瀕死の重傷である。仲間を呼びたい、切実に。

「ちょ、なんで遅れてきたティエリアの機嫌が悪いわけ?」
「自分の胸に聞け」
「・・・・・・・・ぜんっぜん思い当たりがないんですけど、これっぽっちもないんですけど」

テレビや雑誌の中から抜け出してきたような容姿の魔王は、恐ろしく綺麗に表情を歪めた。ひくん、と口元がひきつり、鋭く眇められた深紅が不満をあらわにする勇者を睨みつける。けれどここで一歩も引かないのが勇者の勇者たる所以であり、魔王を魔王たらしめる原因でもあった。の手首をがっしり掴まえて、ティエリアは低く唸る。

――・・行くぞ、

スライムAにできることといえば、そんな彼らを いってらっしゃい の言葉と共に見送ることだけである。


海月の骨


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149:海月の骨 (くらげのほね/ありえないこと、非常に珍しいこと) ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  090325   up date  090411
「あなたは将来、エッフェル塔にでもなりたいんですか?」 とちょっと迷った。