Colorful

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無事、と言えるかどうかは三月に入ってから公開される成績を確かめないことにははっきりと言うことはできないが、とりあえずテストは終わった。の通う国立大学、というか学部には追試という制度がほとんど存在しない。合格ラインに届かなかったものは後日、テスト代金を大学側に支払って追試に臨むというスタイルの確立している私立大学に通う友人は、電話口で昨日ぴーぴー泣いていた。泣くのが嫌なら勉強しとけよ、と声高に言えないあたりが彼女の彼女たる所以だが、追試なしで三月に単位を落としていたことに気付くかもしれない恐怖も計り知れない。はまだ単位を落とすというポカをやらかしたことはなかったが、今回ちょっと不安な科目があったりなかったりあったりあったりする。追試があるだけマシじゃん、と言わなかったのは彼女なりの優しさだ。

金曜日の夕方、彼女はスキップでもし始めそうな勢いでレンタルビデオショップの門をくぐった。特に楽しみにしていたタイトルがあるわけではない、はただ “週末、TUTAYAでDVDをあさっている” という余裕がしあわせなのだ。別にここでコレ!という一本に思い当たらず、なにも借りることのないまま店を出たとしても彼女のしあわせは薄れない、大事なのは今夜を含めたこの週末をどうするか、どう使うかについてのんびり頭をめぐらせることのできる時間だ。

「いらっしゃいませー」
「あー、どーもこんにちわぁ。あの、なんか最近オススメのとかってあります?」

こてん、と首を傾げたに店員のおにーさんが提示したのは海外ドラマの新シーズンだった。少し前、初見でいきなりシーズン3を見るという暴挙をやらかしたが、ほとんど問題なく楽しめたことを思い出す。今度のはシーズン6、また飛び飛びになるという、ファンからすれば “お前ちょっとそこに正座しなさい” と罵倒されかねない視聴の仕方だ。

ふむ、どうしたものだろう。このシリーズは確かにおもしろい、おもしろいのだがそれ故に見始めたら止まらないという欠点がある。1,2本だけ借りて帰っても、それを見終わったら続きを借りるために深夜またここに舞い戻ってきそうだ・・・そして延々朝まで視聴し、次の日をただ睡眠のみで食いつぶす気がする。ずらりとならんだDVDを前に、あごに手を当てて考え込んでいたはふと顔を上げた。見慣れた黒髪が棚の陰に消える。

「・・・・・・・せっちゃん?」
か、」

久しぶりだねぇと自然、笑顔を浮かべたは数本のDVDを手にしたまま刹那のとなりに並んだ。

「せっちゃんもなんか借りにきたんだ」
「ああ。・・久しぶりに0083を見たら、ファーストが見たくなった」
「あー確かに、0083は名作だもんね。じゃあ、今は返したついで?」
「いや、DVD-BOXを持っている」
「マジでか」

え、じゃあ今度貸してよ、なんか話してたら見たくなってきた。のその台詞に、刹那はこっくりとうなずいた。いっそ上映会を開くのもいいかもしれない、見たあとに思わず一場面、ひとつのセリフを切り取って語り合いたくなるのがあのシリーズの持ち味だ。

「・・・も、なにか探しにきたのか」
「ああうん、テストも終わったし、のんびりしようかと思ってねー」

テスト、という単語に刹那の眉がぴくりと動いた気がした。そういえば高校生の刹那はまだ三学期の真っ只中、そろそろ学年末テストという忌々しい敵がその存在感を増し始める時期だろう。の学校生活について話を聞くことこそすれ、あれをしなさいだのしてはいけないだのと口を挟むことなどほとんどなかった彼女の保護者が、突然思い出したような口調で 「そういえば、そろそろテストでしたねぇ」 と口にするのがこの時期だった。十分準備のできるこのタイミングからして狙っていたとしか思えないが、やんわりとかけられるプレッシャーが彼女の成績に大いに貢献していた事実は否めない。テスト一週間前になってやれ勉強をしろだの30番以内にはいれだの、ぎゃあぎゃあ言われたところで一夜漬けが関の山―――それなら、一ヶ月前から10番以内でボーナス支給と銘打たれたほうがやる気も出よう。・・今考えれば、なんて不純なエサで釣っていたんだと保護者に白い目を向けるほかないが、それで見事釣られていた自分も決して褒められたものではない。

「でもどっちにするか、てゆーか他の探すか迷ってるとこでさ」
「・・・?」
「いや、わたしはマイアミのが好きなんだけど、ティエリアは科学捜査班のが好きなんだよね。刹那このシリーズ知ってる?」
「・・俺はNYが好きだ」
「あー確かに、NYも捨てがたい。マイアミとNYがコラボしたやつは燃えたよね、うん」

さてどうしよう。科学捜査班も十分面白いし楽しめるのだが、折角ならマイアミを見たいような気もする。別にティエリアもマイアミだったからといって文句を言うわけではないだろうが、というかそんなもの端から聞くつもりもないが・・・それだったら間をとってNYという選択肢も悪くない、全然アリだ。・・・・・・・・あー、だんだん面倒くさくなってきた。悩むんだったらどのシリーズもちゃんとシーズン1から見ろという話だ、第一このシリーズを借りて帰れば明日はないものと考えて間違いない。・・・なんかもう全然別のにしようか。別のってなんだよ、このままだと逆襲のシャアとか借りて帰りそうな勢いなんですけど、もうそれでいいかな? なァいいと思う?

いったいどこから口に出していたのだろう、けれど当たり前のように刹那を振り返ったは、じいと見上げてくる彼を見返した。くりくりした刹那の瞳は、吸い込まれそうなほどに純度が高い。

「前提に、なっているんだな」
「なにが?」
「ティエリアと一緒に見ることが」



――・・あ、ちす」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

アパートまでの帰り道、薄暗さが目立ち始めた住宅街をぶらぶらと歩いていたとき。曲がり角から出てきた隣人に、はひょいと片手を上げた。研究室帰りだろうか、片手に手荷物をぶら下げただけの彼女と違い、ティエリアは普段使いのショルダーバックをかけている。立ち止まり、はぁと息をついたそのとなりには歩を進めた、影がならぶと同時にティエリアも歩みを再開させる。

「がっこ?」
「ああ。お前は・・・・・・ヒマそうで何よりだ」
「しつれーだぞ、否定しないけどせめて答えを聞いてからにしやがれコノヤロー」

見慣れた青い袋を目に留めたのだろう、ティエリアはため息を重ね、はムッとしたようにくちびるを尖らせた。

「今日は何を借りてきたんだ」
「んー・・エヴァの映画版、いっちゃん新しいやつ」
「・・それはまた、随分と唐突だな」
「なんか目が合ったから。なんとなく」

ゆっくりと東の空から忍び寄ってくる夜の気配。濃紺に染め上げられていく空の下で、家々の立ち並ぶ住宅街にはしあわせの匂いに満ちている。食欲をそそるカレーの匂い、子どもの歓声、犬の遠吠え。吹きぬけていく冬の風には思わず首をすくめる、彼女がズズッと鼻をすすり上げたのとティエリアが口を開いたのは同時だった。

――え?」
「だから、どちらの部屋で見るのかと聞いている」

耳鳴りが、した。

「・・・・・え、っと・・、前、ルークも見たいとかって言ってたし、夕飯も下準備、できてるから、」
「じゃあ頃合いを見て、そちらへ行く」
「・・ん、」

別におかしいところなんてない、特別なことでもない。これは普通で、当たり前で、なんでもないことなのだ。今さらどうと思うようなことじゃない、ひとりで見るより、ふたりで見るより、さんにんで見たほうがなんか面白いからだ、別におかしくなんかない。

「・・・・? どうかしたのか、」
「・・や、うん、なんでもない。塩、入れ忘れたよーな気がしてさ」

―――・・なんでも、ない。


びいどろのゆめ


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181:びいどろのゆめ ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  090404   up date  090425
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