Colorful

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――で、話ってのは?」

机の上に肘をつき、絡めた両手の上にあごをのせるようにしてやわらかな視線を注ぐ彼、ロックオン・ストラトスを見返してはきゅっと奥歯を噛んだ。春の木漏れ日が差し込むロックオン行きつけのカフェ(の行きつけでもあるが)で、ゆるゆると波打つ栗色の髪が暖かな日差しをうけている。いかにも人の良さそうな顔でにこにこ相好を崩すロックオンは、モスグリーンのネクタイにパリッとしたスーツを着込んでいた。卒業した、というのは本当に本当の話だったらしい。

ティエリアを介さずにロックオンと会う約束を取り付ける、というのがまたなかなか大変だった。はロックオンをはじめとして、刹那やアレルヤの連絡先を知らない。そのため、がとった行動はまずルイスを入り口に彼女のボーイフレンドである沙慈を経由し、刹那に連絡をつけることだった。沙慈と刹那は同じ高校に通う、この春から二年生になった友人同士である。そんな刹那と劇場版0083を見て、散々語り合ったころにはロックオンに連絡をつけてほしいという本来の目的は優先度を随分下げていたが忘れてしまわなかっただけマシである、そのロックオンに指定された日時が今日この時間だった。

「そう言やぁ、この前は刹那が面倒かけちまって悪かったな」

ロックオンの言葉に、は勢いよく首を横に振った、面倒をかけたのはほとんど間違いなくこちらのほうである。ロックオンの教育の賜物なのだろう、紅茶にクッキーまで出してもらってしまった。もし立場が逆転し、刹那を家に招いたとしてが提供できるのはインスタントのコーヒーにおかきが関の山だ、情けなくていっそ笑えてくる。

が来たっつーからビックリしたんだぜ? ・・ま、二人でガンダム見てたって聞いたときも驚いたけどよ」
「は、はは・・・・」

今度は劇場版Ζガンダムの三部作にしよう、と固い約束を交わしたことは黙っておこうと思った。

「・・・なぁ、最近ティエリアとはどうなってる?」
―――・・は!?」
「ああいや、俺ももう就職したろ? もうあいつの面倒も見られなくなっちまったからな。元気でやってるか?」

穏やかなエメラルドグリーンの瞳に微笑まれ、は全身が沸騰するような羞恥に体を縮こまらせた。・・な、なんだあの素っ頓狂な声は。いま自分は何を聞かれたつもりになって、何を勝手に狼狽していたのだろう。刹那やティエリアの生活を陰日なたから支えてきたのはロックオンだと知っているのに、目の前にハレルヤがいるわけでもないのに、何を・・!

「心配すんな、
「・・・・・・・・・・・・」
「今日のことは誰にも言わないし、刹那にもちゃんと言い聞かせておく。・・俺に、聞きたいことがあるんだろう?」

敵わない、こちらを労わるようにやわらかく微笑むロックオンを前に、は白旗をあげてしまった。わかっていたことではあるが、ここまではっきり実力差を見せ付けられると少々へこむ。ロックオンのそれはの保護者であるジェイドのものとは少し毛色が違う、どちらかというとピオニーのそれに近い気がする。ジェイドは身内だ、こんなふうに真綿で絞めるような甘やかし方はしない。

「・・・こんなこと、ロックオンに聞いていいのか、わかんないんですけど・・、」

フッと呼気を飲み込んだは、ロックオンをまっすぐに見返して言葉をのせた。

「ティエリアの、・・家族・・・ってゆーか、家庭?のこと、なんか知りませんか」

ルール違反だ、頭の中で理性が叫ぶ。本人に聞けばきっと答えてくれるだろう質問を、本人以外の人間に尋ねるなんてルール違反も甚だしい、しかもこれまでにティエリアと築いてきたこの関係性があれば尚のこと。知りたいならティエリアに聞けばいい、面倒くさそうな顔をしながらもきっと答えてくれる――わかっているのに、それをしないのはどうしてだろう。どうして。

「・・・俺も、そんな詳しいこと知ってるわけじゃないんだけどな」

ほらアイツ、そういうの自分から話すタイプじゃないだろ? ロックオンはそう苦笑して、口火を切った。

「かなり有名な一族の出でさ。それだけでいかにも胡散臭いんだが、ティエリア自身跡取りとして育てられてきて、いろいろ大変だったらしい」
「・・・・・去年、なんか変な時期に引っ越してきたのは・・」
「アイツの我慢が擦り切れたのがちょうどその頃だった、ってことだな。・・・まぁ、よくもったほうだよ」

反射的に、ロックオンはもっとたくさんのことを知っていると思った。確かにティエリアの一族の内情について明るいわけではないのだろうが、ティエリア自身のことについてはもっと色んな情報を、事実を把握しているに違いないと思った・・・・・それを明かしてくれないのは、つまり、

――俺なんかに聞くより、ティエリア本人に聞いてみたらどうだ?」

・・・そういうことだ。ロックオンにはもうほとんどすべてがばれている、きっと答えてくれると知りながらロックオンに逃げたことも、そうするべきだと頭では理解していることも、・・どうしてそうしないのか自分自身よくわからないことも。それを正面から指摘することなく、けれど遠まわしに道筋を作ってくれようとするあたりが大人の余裕なのだろうか。やわらかな優しさが真綿で喉を締め上げて、贅沢な苦しさに泣きたくなる。

「大丈夫、ティエリアならきっと答えてくれるさ」

別れ際、軽く頭を撫でながらロックオンはそう言った。ゆるゆると微笑んだは無言でうなずく――ロックオンは気付いているはずだ、自分のその言葉が的外れであることぐらい。けれどそう言わずにはいられない、それが彼の優しさであり、エゴイズムなのだろうとは思う。群れる羊を柵の中に追い込むよくできた牧羊犬のように、に 次 を提示してくれる。彼は大人だ・・いい意味でも、悪い意味でも。

「言うのが遅くなっちまったが、髪、短いのも似合ってるぜ」


人ごみにまぎれていく小さな背中を見送って、ロックオンはふうと息をついた。刹那にが連絡を取りたがっているという話を聞き、ある程度の心積もりと共にと約束したわけだが、その心積もりは決して無駄ではなかったと苦く笑う。もしばったり街で出くわしてあんな質問をぶつけられても、同じようには答えられなかったに違いない――どちらのほうがにとってよかったのか、ロックオンにはわからないが。

我ながら、卑怯な答えだったという自覚はある。あの子はきっとそれに気付いただろう、けれどあれがロックオンの答えうる最善だった。今は無理だとしても、いずれなら理解してくれると信じている。・・・まったく、とんだ偽善者だ。

――・・兄さん? どうしたんだよ、ボーッとして」
「・・ああいや、悪い。なんでもない」

凍ったジョッキになみなみと注がれた黄金色のビール、独特の苦味とはじける炭酸が喉を滑り落ちていく至福のときを堪能しながらロックオンは苦笑を笑顔にすり替える。入社して半月、ロックオン直属の上司はメガネが素敵に嫌味な天才鬼畜だ・・これではまるで天才的に鬼畜のようではあるがそう当たらずも遠くない。常人の三倍以上はよくまわる頭と冴えわたる直感の両方を持ち合わせた彼の上司はつまるところの “天才” である、部下が必要とは思えないほどに。さらに付け加えるなら、またこの上司の性格が・・・・・・はぁあああ、と盛大に重苦しいため息をついたロックオンはジョッキを一気にあおった――今夜は飲もうと決めている、肴はもちろん上司の愚痴だ。


音ずれ


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音ずれ ... 7-1 / Choice
writing date  090429   up date  090606
恋セヨ乙女、夜ハ短シ