Colorful

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はぁ。ロックオンと別れ、ひとりとぼとぼと街を歩いていたは、街を彩る陽気な春の気配を完全に無視して重苦しいため息をついた。時刻は既に夕暮れ時、空を赤く染める太陽の光が建物や行き交う人の影をぐんと伸ばしている。春に包まれた街はの目に、どこか浮き足立っているように見えた。ふわふわとおぼろげで、誰もがその不安定さに気付いていながら知らないふりをして歩いている、気付かないふりをして進んでいる。・・進むことも戻ることもできずに、ただそこで立ちすくんだままのには、人々や街がひどく羨ましく思えた。

――・・はぁ。もうひとつため息を重ねた彼女は、そんな自分に苦笑しながら赤く染まっていく空を見上げる。冬が過ぎ春がきて夏になり秋を巡る、そうやって重ねた一年のなかで自分は成長できたのだろうか。ふっと空に向かって息を吐いたは知らない、彼女にそのため息をもたらした大人が、しかしその彼女よりずっと深くずっと重苦しいため息をついていたことを。悩みのないひとなどいないのだ、皆おしなべて、例外なく。

――なぁにため息なんざついてんだよ、似合わねェなァ」

今にもけらけらと笑い出しそうな声が耳に届くや否や、ドカッと腰の辺りに衝撃がはしってはバランスを崩す。そこで道路とコンニチハしないくらいの体幹は持ち合わせているが、そこでよろけないほど彼女は常に防備を重ねているわけではない、というかなんの断りもなくいきなり蹴りつけるヤツがあるかコンチクショウ。キッと背後を振り返ったは、そこでニヤニヤした笑みを浮かべてこちらを見下ろす予想通りの人物を目の端に確認した途端、振り向きざまこぶしを放った。転んでもタダでは起きないのが彼女である。

「ばっ・・かやろ、今の・・マジで入っただろーが・・っ」
「子ネズミを狩るのにも全力でやるのが、真のハンターです」
「真のハンターはネズミなんざ狩らねェよ、バァーカ」

その鳩尾に二発目のこぶしを埋めながら、は隣に並んだハレルヤを見上げる。

「・・・・・仕事帰り、っぽいね。その服」
「あ? まァな、気に入ったからそのまま貰ってきた」

ぱちぱちと瞬きを繰り返したが思ったことは一も二もなく “ずっこいなぁ” だった、まさかお金も支払わずかっぱらってきたわけではないだろうが(・・・い、いくらハレルヤだからってそんなまさか・・ねえ?)、そのまま貰ってくるだなんてなかなかできる芸当ではない。しかもファッション雑誌特有の、こんなのが実際街歩いてたらちょっと引くわぁ的なオシャレが心底似合っているだなんて、ああ忌々しい。・・・自身もそう意に介するわけではないが、コイツは今自分がどれだけ道行く人の視線を集めているのか理解しているのだろうか。してないんだろうな、間違いなく――まったく、どうしてこう世界は不平等なのだろう。

「珍しいな、今日はやたら静かじゃねーか」
「・・うるさい。わたしにだって悩みのひとつやふたつあるんですー」
「ハッ、つい最近まで “わかんない” とかって見て見ぬふりしてきただけ、ツケがたまってたんじゃねェの?」
「・・・・・・誰もティエリアのことだなんて、言ってませんけど」
「誰もティエリアのことだなんて、言ってねェけど?」

――― コ イ ツ ・・! その爛々と光る金色の瞳に目潰しをかまし、喉仏を捻り潰して鳩尾にこぶしを捻じ込みオスであるが故の急所にセメントでも流し込んでやろうか。全身の血が沸騰するような怒りと恥ずかしさがこみ上げてくる中、は自身の冷静を繋ぎとめるため、胸のうちに罵詈雑言をぶちまける。冷静の繋ぎとめ方が原始人より野蛮ではあるが、はそれによりどうにか理性を保った。ここでギャンギャン吼えてみろ、自分が掘るのは自分の墓穴以外にはありえない。

「・・ハレルヤってさァ、ティエリアと仲いいの?」
「何だよいきなり」
「や、なんとなく。意気投合し合えるとは思えないから」

意気投合するティエリアとハレルヤ・・・・・・・・・・・・・ふっ、笑える。

「勝手に想像して勝手に笑ってんじゃねェよ。・・実際、そんな喋ったこともなかったしな」
「そなの?」

ハレルヤとティエリアの関係は、互いがその存在を知っている程度のものだった。ハレルヤは刹那のようにあの研究室にしょっちゅう顔を出すこともないし、ティエリアはアレルヤ宅でたまに開かれる飲み会に参加することもない。顔を合わせることすら稀だったのだ、磁石のS極とS極、N極とN極のような二人が同じ空間にいたとして、引き起こされるのは不毛な嫌味と皮肉の応酬だけである。

「・・・・泣きそうな顔をするアレルヤが目に浮かぶんですけど」
「甘ェな、アレルヤは泣くぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

白い目でこちらを見上げるの視線を感じつつ、ハレルヤは紅に染まった空を見上げる。・・大袈裟な表現をしているわけではない、本当にその通りだったのだから。相手が存在していないように振る舞うのはティエリアのみならずハレルヤも得意だったし、気の合わない人間との関係をわざわざ維持しようとするほどハレルヤは友人関係に困っていない。――それに変化が生まれ始めたのは、

「でも今、そんなに仲悪くなくない? ・・まぁ別に、良くもないけど」

無自覚かよ、小さく呟いてハレルヤは笑う。もしここにほんの少しの自覚でもあれば、話はもっと単純かつスムーズに進んだのだろうが、残念なことにハレルヤはに対してそれを期待できない。概して、女という生きものは素知らぬ顔の下でいくつものそろばんを同時に弾いているものだが、それらをに求めるだけ無駄であることをハレルヤは十分よく知っていた。女の可愛げはその計算高さから――そこに生じるわずかな綻びを由来に生まれるものだ、とすればなるほど、ハレルヤがいつまで経ってもに可愛げの欠片も見出せないのも道理である。

「・・・・・ハレルヤ、」
「あー? ンだよ、」
「なに? この手」

頭頂部に置かれた大きな手を指しては眉根を寄せた。背中に届くくらいあった髪を何の前触れもなく短くする、その執着のなさがいかにもらしい。ハレルヤは言葉を探しながら、手慰みに短くなった髪をわしゃわしゃ撫でる。眉根をきゅっと寄せて薄い皺を刻み、剣呑に細められた目でこちらを見上げる表情は決してハレルヤのストライクゾーンを外れていない、・・いない、が。

「やっぱ ねェよなー。ん、ありえん」
「・・・・よくわかんないけど、なんか失礼なこと言われてる気ィする」
「気のせいだろ、気のせい。ンなことより、お前はアイツのこと考えてりゃいーんだよ」
「・・・・・・・“アイツ” なんて言われても、わかりませんー」
「あ? 言って欲しいんなら言ってやるぜ、ティ 「ごめんなさいすいません言わなくていいです」

何があったんだか知らないが、何かが動き出しそうな・・いや、何かが既に動き始めているような気配がする。ハレルヤは口の端をくんっと持ち上げる、行き着く先はハレルヤの目にほとんど見えているとしても、行き着くまでの過程の妙が興味をそそる。さて、どうなることやらお手並み拝見といったところだ、これだからこのガキ共は面白い。

「うーわぁ、ハレルヤそれ思い出し笑い? 気持ちわる・・・・・・・・いたい痛いッ、髪の毛一本だけ引っ張るのやめて!?」


三千世界の
声を聞く


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05:三千世界の声を聞く (三千世界=仏教用語。心をもつものの存在する欲界・色界・無色界の三つの世界)
... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  090505   up date  090620
たぶんハレルヤには筒抜け。