Colorful
:87
「・・・・・あ、」
本のページをぱらぱら捲っていた刹那は、のその一言に顔を上げた。このあたりで一番大きな、CD・ゲームショップも内包する書店の二階、専門的な学術関係の書籍に特化したフロアの一角。道でばったり出くわしたとの最終目的は最上階のゲーム売り場だが、本屋にいれば何時間だって時間を潰せる彼女と同様に、刹那も書籍の類に関して決して無関心ではない。「ちょっと寄っていい?」 と言い終えるよりはやく本棚の向こうに消えたを追って、刹那もフロアに足を向けた。
刹那は、という人間を測りかねていた。ティエリア・アーデ宅の隣に住むとの接点などほとんどゼロに等しいはずなのに、先日なんかは 0083 の素晴らしさについて二時間・・作品を見ていた時間をあわせると三時間以上語り合ってしまった。ロックオンに改めて言われるまでもなく、なにをしていたのだろうと首を傾げるほかないがそのくせ、の隣で立ち読みをしている現状をさして不思議にも思わないのだ。
この、自然なように見えてその実至極不自然に距離を保つ人間を、刹那はのほかにもう一人知っている。
『あーもーわかった、わかったよ。刹那、お前の面倒はこれから俺が見るから、覚悟しとけよ』
本から顔を上げた刹那は、ひとつだけぽろりと音をこぼした横顔を見上げた。初対面の人間に性別を間違われることの多いらしいの身長は、刹那のそれを優に超えている。斜め上に見上げた横顔になにかもやもやしたものを感じて、刹那はそれを即座に振り払った。見知ったあの研究室でしばしば感じる、羨望にも似たもどかしさとは、どこか少し違う気がする。
ティエリア・アーデは変わった。どこがどう変わったのか、刹那はうまく説明する言葉を持たないし、その変化がいいものなのかもわからない。自分にとっての不要を切り捨て、削ぎ落とす孤高はティエリアの弱さだったが、それは同時に強さでもあったはずだ。眼前にあるものをひたと見据え、ほんの少しの迷いもなく道を切り開いていく力。・・そのたった一点に集束していた力が分散するようになった原因と理由は、いま自分の隣にいる。
刹那はほとんど無意識に、の視線の先を追った。知り合いか?、と思うよりはやくギクリとした感覚が背筋を駆け抜ける。ギクリとする意味も理由もないはずなのに、思わず表情をしかめていた
――刹那の無表情はデフォルトだ、その表情の変化はほんのわずかなもので、誰に気付かれることもなかったけれど。
視線の先では、こちらに背を向けたティエリアとミレイナがひとつの本を覗き込んでいる。
「・・・・・・・・・・、」
ミレイナ・ヴァスティというのは同じ高校に通うこの春に入学してきたばかりの一年生で、けれど父親譲りの工学系の知識は下手な工学部の学生より充実していて、彼女の父親というのはティエリアたちの研究室で准教授を務めるイアン・ヴァスティのことで、だから父親を慕ってちょくちょく研究室に顔を出すミレイナとは前々から親交があって
――・・
刹那は自身の頭を過ぎった情報を伝えようと口を開き、けれどその情報量の多さに我ながら戸惑って口を閉じてしまった。大体どうして自分がこんな言い訳まがいの言葉をツラツラ並べなければならない、・・第一 “言い訳” とはなんのことだ、誰に対して何の言い訳をする必要がある? しかもティエリアではなく、俺が。
くちびるを引き結んだ刹那は、こちらに気付く気配も見せず一冊の本を囲んで話を続ける彼らからベリリと視線を剥がし、口の中で小さく舌を打った。自意識過剰なんじゃないかと思うくらい周囲に対して反応を示すことだってあるくせに、どうして今日ばっかり気付かないのだろう。・・いや、こちらに気付かないでいてくれたほうがいいのだろうか、だがしかしそれとこれとは・・・・。出口の見えない迷路のような思考にぐるぐる迷い込んでしまった刹那は、隣のをチラと窺う。
似ている、と思った。もちろん顔の造りや性格なんかの話ではない、けれど刹那は直感的にとロックオンを似ていると思った。わずかだってぶれない視線には動揺などなく、横顔は平然として表情の変わる気配すらない。道端の広告を目に留めただけのような姿に大した違和感を覚えるはずはないのに、大きな違和感が刹那の思考を席巻する
―――・・そうか、の盾も奴と一緒なのか。自分やティエリアの盾が無表情や不機嫌そうな物言いだとすれば、彼らの盾はまるで正反対の。柔和な微笑みやコロコロ変わる表情でこそ、彼らは彼ら自身を守りきる。
ゾク、という冷たい指で背筋をなで上げられたような感覚に刹那は小さくつばを飲む。能面のような無表情の横顔と、色味のない視線に言葉を忘れた。刹那の知っているなら多分、にやんと口の端を猫のように持ち上げた後携帯を取り出し証拠写真を押さえ、いかにもわざとらしくヒュウと口笛を吹きながら 「やぁやぁ兄さん、お盛んだねェ」 だとかなんとか、わざわざティエリアの堪忍袋の緒を一刀両断しに行くだろうに。
「んじゃあゲーム見に行こっかー、せっちゃん」
ぐぐっ、と両腕を天上に突き上げて背伸びをしたは、いつもと同じ口調でそう言った。へらりとした笑みを浮かべて振り返るに刹那は言葉を返さない。けれどその代わり、刹那は見上げていた視線をフッと外して奥に向けた
――その視線を辿ることなく、は 「ああ、」 と応じる。
「だって別にティエリアに用事ないし? ゲーム見に来たこと馬鹿にされても腹立つし」
「・・・本当か、」
「・・・・・・・・・・・・・」
「本当に、それでいいのか」
刹那は、の漆黒をまっすぐに見上げた。のこの捉えどころのなさは飄々とした振る舞いとそして、感情を読ませない目にあるのだろうと思う。ころころと表情を変えるくせにその真意を読ませない、夜の底、深海のような黒のなかに本音を埋めて。の薄いくちびるがゆうるりと弧を描く。
「・・・いいよ?」
ねぇせっちゃん、夏休みにでもガンダム見にお台場行こっかー。ゲームフロアへ続く階段を上る、の非常に魅力的かつ魅惑的な申し出に光の速さでうなずきながら、刹那は彼女の背中を追う。が不意に見せたイレギュラー、それの意味するところを追おうとして、けれど刹那は思索をめぐらせることをやめた。らしくないとも変だとも思わなかった、ただ自分がのそういう部分を知らなかっただけなのだろう。・・あいつは、それを知っているのだろうか?
子どものように・・、というか子どもよりも目をきらきらさせてソフトを品定めするはいつもと変わらない、見上げた横顔にはニマニマした笑みがある。ハードを所持していないくせにPS3用のソフトが並んだ棚にふらふら足を踏み入れそうになるの服の裾を掴まえながら、刹那は小さくため息をついた。“どうしてこんなものを買うのを隣で大人しく見ていた!” と怒鳴られるのは絶対に御免である。
流なう
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流なう(ぬがなう) ... 7-1 / Choice
writing date 090711 up date 090711
だってせっちゃんが好きなんだもん。