Colorful

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――うわ、ティエリア見てこれ。こいつの名前、なんていうと思う?」

ベッドの縁に寄りかかるようにして本を広げるティエリアは、突然視界に捻じ込まれた携帯の画面を前にメガネの奥で目をしばたたかせた。ティエリアの背後から腕を回すようにして携帯を突きつけたのは、例によって例の如くである。ティエリアのベッドに我が物顔で寝転んだそれはそのくせ、口元を奇妙にゆがめていた。

どうやらそれは送られてきたメールの添付画像であるらしい。大の大人(男)が両手をいっぱいに使ってようやく抱え上げられようかというサイズまでまるまると太った胴体とその特徴的な鼻の形はまさしくブタのよう、しかしその頭から生えている耳は明らかにウサギのそれ――見知ったパーツを接ぎ合わせたような見知らぬ動物はによると、ブウサギというらしい。海外のある地域では食用として飼育されているとのことだが、そのブウサギに両腕を回し、完璧なカメラ目線でこちらに微笑みかけている金髪の男の様子からするにどうやらそのつもりはないと見える。「信じられる? こいつ、このブタみたいなの他に五、六匹飼ってんの」 ・・心底呆れたような口調で言ったからして、ティエリアの反応は間違っていなかったらしい。思わず体を遠ざけてしまったティエリアを目の端に、は思い切りため息をつく。

「もう止めろって言ってんのに聞かなくてさー・・・なんか、また新しいのを連れてきたっぽいんだよね」

しばらく手元で携帯をいじっていたが次に見せたのは、ブウサギとのツーショット写真で満面の笑みを浮かべていた金髪の男が、今度は数匹・・数頭のブウサギに囲まれて笑顔を振りまいている画像だった。ティエリアにすらわかるほど完璧な笑顔を浮かべていても、取り囲んでいるのが家畜では画像の効力も半減するというものだ、事実はその画像をティエリアに見せるや否やファイルを閉じた。これ見よがしに苦々しく表情を歪めるあたり、よほどいやな思い出があるらしい。

「で、その新しい子の名前がさー、なぁんか嫌な予感すんだよね」
「・・・・・嫌な予感?」
「・・・・・・・・・・・・“ロックオン” っていうらしいよ、さっきのブウサギ」

このとき、ティエリアととの間に落ちた沈黙といったら。部屋の置時計どころの話ではない、腕時計の秒針が時を刻む音が二人の耳に届き、冷蔵庫のうなり声が聞こえる。日が沈み、夜がその支配を始めて数時間経った外から響くのは時折思い出したように過ぎ去る車の音ばかりだ。・・・まさか、そんなバカな。ティエリアには、のそんな逡巡が聞こえる気がした。

「・・珍しい名前だが、重なる可能性はゼロじゃないだろう」
「・・・・・・実はさァ、さらに厄介なことがあって、」

―――・・いやいや、そんなバカなことあるわけないあるわけない。ティエリアの逡巡も、のそれに同調した。

「・・・・こいつ、自分のペットの名前・・身近な人間からつけるんだよね」



早々に考えることを放棄したらしいは、携帯を遠くに放り出していまやテレビに夢中だ。ティエリアのベッドにごろりとうつ伏せ、枕を肘の下に敷いてどろどろな人間関係に口の端を吊り上げている。なんでも先週になってようやく付き合い始めた二人のあいだに今度は両家の親がしゃしゃりでてきてどうとかこうとか、そのベッタベタな展開がしかし癖になるのだという。意外というか思ったとおりというか、これの興味の矛先に統一感などない。

『ちーす、夕飯食べたー? 肉じゃが欲しいなら恵んであげてもいいけどどーする?』

いつもと同じように、それこそ以前までとなんら変わらない様子で玄関先に立っていた、その姿を見た途端全身を包んだ安堵が一体何に由来するのか、ティエリアはもう無視できない。・・もしこれが、またあのときのように全力で逃げ出そうとするなら今度こそ引きずってでも連れ戻すつもりだった、手負いの獣のような態度で距離を置こうとするなら胸倉を掴まえてやるつもりだった。

――そういえば、ブウサギ・・とかいうペットの名前、周囲の人間からつけると言ったな、」
「え、ああうん。友達の名前とか恩師の名前とか初恋の人の名前とか、見境なく」
「・・・もしかして、お前の名」

ガバッとベッドから跳ね起きたの動きは俊敏だった、普段の寝ぼけたカバのようなぐうたら具合がウソのようである。ティエリアが抵抗するより早く、その口を片手ですっぽり覆ったはそこでにっこり微笑んだ。あれにしてみれば背景に満開の桜でも背負ったつもりなのかもしれないが、ティエリアに見えたのは死体の血を吸って赤く咲くそれである、おどろおどろしいこと極まりない。目だけで降参の意を伝えたティエリアは、笑みを深めたを余所に思う、・・人の気も知らずにいい気なものだ。

普段なら半径5キロ以内に近づくことすらしない本家に乗り込んでやろうかと本気で考えたりもしたのだ、それでなくともはっきり言って一発殴った程度で満足したつもりはないし、ちょうどいいからあのバカを呼び出そうかとか、もう面倒くさいからいっそのこと火でもつけてやろうかとか、本当に考えたのだ。それをときたら、くたびれたTシャツに高校時代のジャージという出で立ちでそれらをすべて無にかえし、挙句安堵すらもたらすのだからやってられない。・・まったく、やってられない。

っふわぁああああ。こぶしすら飲み込めそうな大口を開け、隠そうともせず大欠伸を漏らしたは羽根布団の上に胡坐をかいて座っている。服の袖で目をこすってはしょぼしょぼさせ、テレビのチャンネルをいじくりながら再びあくびを漏らした。

「・・ここで寝るなよ」
「わかってますー、・・ルークに怒られんのヤダもん」

どこの世界に、自分の飼い猫に怒られる飼い主がいるのだろう。ティエリアの白い目を物ともせず、というか明らかに気付いてない様子ではすん、と鼻をすする。

「あのさァ、ティエリア」
「なんだ」
「・・わたしは、ここにいてもいいのかなぁ」

は、半分くらい眠っているだろうかと思わせるほどとろとろした口調でそう言った。それはティエリアが答えることを待っているようにも、待っていないようにも捉えられる響きで、テレビから聞こえてくる音に寂々と溶けていく。言葉の輪郭を夜の空気にほろほろと崩しながら、まるで自分にも問うように。膝を抱えて座りなおし、腕に自身の顔をうずめるように小さくなったの表情はティエリアから見えない、つまり彼女は、ティエリアの白皙が綺麗に歪んだことに気付かなかった。

「リジェネ・レジェッタに何を言われた」
「や、別にあの人になんか言われたからってわけ・・・・・・・・・でもなくもないけど、」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんか・・やっぱ、だめなの・・かな」

立ち上がったティエリアの目に、俯いてあらわになった白いうなじがうつる。首元でふわふわと踊る毛先がその頼りなさを際立たせているような気がした、決して大きくない器に無駄な存在感を詰め込んだ阿呆。――こいつは本当に気付いていないのだろうか、その問いに対する答えを本当に知らないのだろうか。・・だとするならば。ティエリアは奥歯をかみしめる、自分の我慢が他人の半分にも満たないことをティエリアは十分自覚していた。

―――・・、」
「うん? ・・・・・っ、んむ」

下らないことを抜かす口など、塞いでしまえばいい。


誰にも奪わせない


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writing date  090511   up date  090917