Colorful
:89
「
――――・・え?」
ロックオン・ストラトスは思わず我が目を疑った。左手に支えた銀のトレイに、色とりどりのカクテルが注がれたグラスがあることも一瞬記憶の彼方にぶっ飛んでしまうほど驚いた彼は(「もし転んでこれらを割ったり、客の衣服その他諸々を汚したりした場合は貴方の給料が弁償費と消えますから」 と言い含められた身である、ロックオンが我にかえるのは早かった)、タキシード姿の数人に囲まれてにこやかに談笑している少女を前に、酸素を求める金魚のごとく口をパクパクさせた。ロックオンの見知った少女ならきっと、誰に頼まれてもカクテルドレスなど身につけないだろう・・・・たとえ隣人にそんな格好を強要することはあったとしても。しかし、あごのラインでふんわり纏められた夜色の髪ところころ変わるあどけない表情には見覚えがあった、というかこの期に及んで見間違えるはずがない。いや見間違いであってくれてまったく構わないのだが、如何せんロックオンは自身の視力を疑うには若すぎた、彼の視力は両目とも2.0を上回る。
いやいや、ないってないないないない。ロックオンはわずかに瞠目し、頭を左右にぷるぷる振った。もちろん銀のトレイを支えている左手には十分注意を払っている、おそらくどこからかこのパーティの全体を見渡しているであろう上司の目に留まるのはできる限り避けたい。ロックオンが今年入社したばかりのとある投資会社では、こういう業界にあるからなのかただ社長が遊び好きだからか(ロックオンはおそらく後者だと踏んでいる)、取引先や社員も巻き込んだ形でこういったパーティがよく開かれるらしい。新入社員であるロックオンは本来ならまだこういう場に顔を出す立場にないはずで、事実同期の奴らは誰一人として参加していないのだが、あいにくロックオン直属の上司というのがなんというか・・ものすごくオブラートに包んだ言い方をしたところの “変わり者” で。彼は皆と同じように早めの帰路につこうとしていたロックオンを掴まえいきなりこう宣ったのである、「“憩いの配膳者” の称号、欲しくないですか?」。
はっきり言って意味が分からない、何なんだ “憩いの配膳者” って。思わず目の前にいるのが上司であることも忘れて 「はあ・・・?」 と胡乱な声を出してしまったロックオンに非はないだろう。もっと言えば久しぶりに早く帰れるのだから研究室に顔でも出してみようかとか、刹那とモンハンやろうかとか彼は今日という日をどう有効的に使うかで頭が一杯だったのである、渡されたバーテンダーのような衣服と共に投げかけられた 「残業代はつきますから、よろしくお願いしますねー」 という胡散臭い笑みにこぶしを埋め込まなかっただけまだマシだろう、・・・いやそれを実行したところで成功したかどうかは置いておくとして。
そんなこんなのわずか五分足らずのやりとりで今晩まるまる拘束されてしまったロックオンは、慣れない状況に四苦八苦しながらも言い渡された任務を遂行しようと必死だった。だいたいパーティって何だパーティって、この不況の世の中見てみろよ、お前らみたいなのがいるから俺みたいにひと月昼飯カップラーメンとかいう暴挙にでる人間が生まれるんだぞふざけんなコノヤロウ。内心はそんな憤慨でいっぱいだったが、持ち前の愛想のよさをフルに活かしてロックオンはトレイの上のグラスを人々に配っていく、その “人々” というのがいかにも高そうなドレスに身を包んだ美女たちばかりだったとして誰に文句が言えよう。
―――・・そこで、話は冒頭に戻るわけだ。
「
――――・・え、」
は思わず笑顔を浮かべたまま固まった。なんちゃら物産の社長ご子息だかなんだか知らないが、クソ面白くもない話ばかりで愛想笑いを浮かべ続けることにどれだけの苦痛を感じていようと、は普通そこで笑みを絶やしたりしない、ろくな相槌を打たずとも向こうが都合よく解釈してくれるなら愛想笑いがいちばん楽だと知っているからだ。・・ああそれにしても本当に面白くない、人の上に立つ人間の話というものには大なり小なり魅力を感じるものだが、この分じゃコイツに将来性はないな。早々に見切りをつけた彼女はさり気なく視線をめぐらせる、保護者をつかまえられればそれでよし、社長に出てこられると厄介な上に面倒だからサクッと逃げることに・・・・・・・、
いやいや、ないってないないないない。ぎこちない笑みを浮かべた彼女は、ふわりと広がったスカートの影で自身の太ももを思い切りつねった。痛い、ものすごく痛い。ということはあれか、これは夢じゃない? 人垣の向こうでバーテンダーみたいな服着てポカーンとしてる人がロックオンみたいに見えてしょうがないんだけどこれも夢じゃない? 栗色の髪をゆるく紐で縛って、客そっちのけでお姉さま方の視線釘付けにしてるあのバーテン、もうロックオンにしか見えないんだけどこれもやっぱりノット夢?
嫌な予感、という言葉では片付けられない悪寒や寒気を感じていなかったと言えば嘘になる。知り合いの会社社長
――このパーティの主催者であるマルクトファンドの現最高経営責任者 ピオニーから送られてきたあのふざけたメールを見たときから、そんな気はしていたのだ・・・・わかった、正直に言う。ほとんど確信していた。ペットに親友の名前をつける、のもぶっちゃけアウトだがまだいい。だがそれも幼い頃の恩師の名前だとか初恋の人の名前だとか(しかも奴は37歳にもなってまだ引きずっている!)、親友の養い子の名前をつけるところまでくればはっきり言って正気の沙汰ではない。名前のネタにされた人間たちにどれだけ説得され罵倒されもひとつ加えて罵倒されようと決してめげることなく初志貫徹した37歳である、ここにきて改心するとは到底思えない。ということはやはりネタにされた人間が彼の身近にいるということなのだろう、・・生贄という名の哀れな子羊が。
ガチガチに固まった表情筋を無理やり動かして、は口元をどうにか笑みの形にかたどる。ロックオン似のバーテンダーは、ひくひく口の端を引きつらせながら微笑み返してきた
――『・・・・・・こいつ、本物だ。』 おそらく二人は同時にそう思ったことだろう。
「・・・な、なんで・・?」
「いやそれ俺のセリフだっつーの・・、なんでがこんなとこに・・」
しかもそんな格好で。ロックオンは続く言葉をどうにか飲み込んだ、あくまでも今自分は給仕者である、向こうの立場がはっきりしない以上下手な手は打つべきではない。・・・まぁ、“向こうの立場がはっきりしない” 現段階がロックオンにとってのシャングリラも同然だったわけだが、もちろん彼はそんなこと知る由もない。
「てゆーかロックオン、その格好・・・・バーテン・・?」
「言うな! 俺だってやりたくてやってるわけじゃない・・っ」
何が悲しゅうて24にもなってこんな格好せにゃならん、残業代がつかなければ早々に切り上げて帰ってやるところだ。・・ここで残業代に目がくらむあたりがロックオンのロックオンたる所以である。家に戻れば腹をすかせた彼の小鳥
――吸引力の落ちないただひとつの掃除機 ダイソンにも勝るとも劣らない胃袋を持つ彼の怪鳥が、ひしめくザクに乱舞をかましているかモンスターを狩るかしていることだろう、福沢諭吉・樋口一葉・野口英世・・・彼らは総じて足が速い。
「そういうこそ! なんでお前こんな 「おや、お知り合いですかー?」
気紛れスノッブ
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003:気紛れスノッブ (スノッブ=俗物,にせ紳士,鼻もちならぬ気取り屋) ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(カナ交じり編)
writing date 090507 up date 090923
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