Colorful

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「おや、お知り合いですかー?」

ロックオンは、その背後から投げかけられたご機嫌な声にビクリと体を震わせた。琥珀色の液体揺れるグラスを手にした彼は、スラリとした長身にパリッとしたタキシードを着込み、柔和な笑みを浮かべている。――ジェイド・カーティス。マルクトファンド最高技術責任者で、社内外における情報システムの一括管理から技術開発の陣頭指揮、はたまた社長の幼馴染からオモチャまでを幅広くこなす幹部の一人である。人事部が何をどう間違ったのかそれとも総務部の陰謀か、新入社員であるはずのロックオンは研修もそこそこにそんな彼の部下に抜擢され、日々ピロリ菌の活性化に余念がない。

「あ、えっと・・いやこれは、」

てっきり自分にかけられた言葉だとばかり思っていたロックオンは胸のなかで舌を打った。「貴方が大変魅力的なのは認めますが、客に手を出してどうなるか・・・・・わからないとは言わせませんよ?」 という脅し以外の何物でもない忠告を受け取ったのは、たかだか十五分前の話である(しかも彼は恐ろしくイイ笑顔でそう言った)。やはり女性ばかりにドリンクを渡していたのは、上司の目にバレバレだったらしい。

「ジェイド! やっと見つけた!」

――――・・え?

「ふむ、私と一緒にいると人に囲まれて面倒だからという理由で、早々に離れていった貴女に言われるとは意外ですねぇ」
「・・・・いやだって、お腹空いてたし・・」
「そういう風にがっつくから、さっきみたいな男にがっつかれるんですよ」
「・・見てたんなら助けてくれてもいいと思う」
「いやですよ、面倒くさい。あの程度の小バエ、自分でなんとかなさい」

「・・・・・え、お知り合い・・ですか?」

会話のキャッチボール、という言葉は決して珍しい表現ではないが、ロックオンはこの場においてそれが適切だと思えなかった。あのツンケンした後輩を無意識に研磨し、変化のきっかけを与えた少女と、社内において “死霊使い(ネクロマンサー)” のあだ名をほしいままにしている有能な、しかし壊滅的に性格の悪い上司とのあいだで繰り広げられる会話は、さながらマウンドから蹴りだされたサッカーボールをバットで打ち返してゴールを狙うような歪さの中にある。防具をつけた審判の口から告げられた突然のオフサイドに、ゲームの流れが断ち切られる。

「そうだよ、なんでこんなとこにロックオンがいんの?」
「いやだから、それは俺のセリフで・・、」
「おやー、本当にお知り合いのようですねぇ」

出来上がったのはいかにも歪な三角形である、三人が三人とも自分を真ん中とした 「<」 の字の関係だと思っていたところが、実は普通に 「△」 だったのだから驚きもするだろう。

「ロックオンは、私の部下ですよ」
「・・・・・・・え、マルクトに就職した、の・・?」

の言葉に無言でうなずいたロックオンは、投げかけられた “ごしゅーしょーさまです・・” のセリフにがっくりうなだれた。比較的新しいとはいえ、マルクトファンドは国内でも指折りの優良企業である。そこに就職が決まったと報告して、おめでとう以外の言葉がかけられることなどなかったロックオンは、なんかもう色んな意味ですべてを悟った気がした。(よりによってジェイドの部下って・・、)という言葉が聞こえた気がしたのは自分の幻聴だろうか。

「・・で、そちらさんの関係は・・・?」

もうここまで来たらなにが飛び出してきても驚くまい。ロックオンは内心決意を固め

「ジェイドはわたしの保護者、てゆーかサイフ? ―――・・ゴメン、もう言わないから笑顔で手ェわきわきさせんのやめてください」

られるかぁあああ! ロックオンは驚愕を表情や態度にあらわす代わりに、自身のアイデンティティを遠い空の彼方に投げ捨てた。保護者ってなんだ保護者って、保護者にそんないかがわしい意味があったなんて知らなかったぞ俺は。女子大生に援助する会社幹部って、字ヅラが既にスポーツ紙の三面記事だろーが! ・・ロックオンだって相当驚いているのである、多少の言葉の選択ミスについては見逃してやって欲しい。

「えっと、ティエリアから聞いてませんか? なんか、そういう話」

そういえばティエリアの話の中には時々、“あれの保護者” という多少変わった登場人物が出てきていたような気がする。「お、ティエリア。今日は帰くまで残ってんだなぁ、となんかあったか?」「どうしてすぐそこに結びつくんですか、ロックオン・ストラトス。・・今日は、あれの過保護な保護者が来ているらしいので」 とまぁこんな感じだ。つい面白半分で、じゃあ早いとこ挨拶に行かなきゃだなぁティエリア、なんて言ってみたこともあったが全力で引き止めなければならないような気がしてきた・・・・・・この分だと、間違いなくティエリアが死ぬ。

「やっぱ話してたんですね、ティエリアのやろ。・・ま、それがこれです」
「おや、育ての親をこれ呼ばわりとは。も大きく出ましたねぇ」
「もしかして、は社長とも・・・」
「ピオニーのこと? うん、面識あります」

名前呼び捨て可能な間柄は普通、“面識がある” とは言いません・・! ロックオンはもはや、自分が釈迦の手のひらで踊らされている孫悟空のような気がしてきていた。噂には聞いたことのある、血も涙もない上司の血の繋がらない愛娘・・それがまさかで、社長のペットにつけられた名前の由来がまさか本当にだったなんて、そう簡単に信じられるだろうか。(そして自分はそんな彼らの部下だなんて!)・・答えは否である、ロックオンは頭を抱えてしゃがみこんでしまいたかった。

――ところで、あなた方は一体どういうお知り合いで?」



ロックオンの視界で、が一瞬笑顔のまま時を止めた。おそらく彼女は貼り付けた笑顔のしたでめまぐるしく思惟を巡らせているのだろう、・・つまりそれは自分たちのつながりをそのまま正直に話すわけにはいかないということだ。チラ、と向けられたの視線とロックオンのそれが瞬間的にかみ合う、このとき二人はGN粒子の恩恵に与らずとも確かに意思疎通をしてみせた。ここを乗り越えねば、彼らに明日はない。

「ロックオンの出身大学はたしか、深淵大ではなかったと記憶していますが・・」
「えっと、教授の紹介でロックオンのとこの研究室に見学に行ったことがあって、」
「そうそう。その時いろいろ話してたら、なんか気が合って・・・・・なぁ、?」
「そうそう、わかんないとこ教えてもらったりしてさ! いやーほんと、あんときはお世話になりました」
「いやいやそんなこっちこそ」

いくらなんでも苦しいぞ、・・! ロックオンがそう目で訴えようとした途端、それを悟ったのかどうなのか、はひょいと首をめぐらせた。そんな彼女に釣られてロックオンが走らせた視線の先では、小麦色に焼けた肌に映える金髪をさらりと流した美丈夫が、ぴょんぴょん飛び跳ねながらこちらに向かって大きく手を、振って・・・・・・・

「あの、部長」
「なんですか?」
「・・・・俺の見間違いじゃなけりゃ、あの人・・」
「いやですねぇ、社長の顔も忘れてしまったんですか? ・・まぁ、忘れてしまった私が言えることでもありませんが」

この会社、本当に大丈夫なんだろうか。一瞬、スゥッと気が遠くなった感じがした。

――さてロックオン、貴方にはいくつか質問したいことがあるのですが・・構いませんよね?」

スゥッと気が遠くなったまま倒れてしまえたらよかった、ロックオンは大学在学中に鍛え上げられた己の精神力を本気で呪った。慣れた手付きでメガネを押し上げる手の影で、メガネのレンズが会場の照明を反射してきらりと光る。はっと見回した周囲にの姿は忽然と消えていた、社長のもとへ小走りで駆け寄る背中に 「逃げやがった・・!」 と呻いてもすでに遅い。

「まず一つ目ですが・・・・、貴方の専攻がなんだったか、もう一度教えていただけませんか?」
「情報システム工学、です・・」
「ふむ。では、あの子の専攻がなんだったか、覚えてらっしゃいますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

上司の口からでた “あの子” ととを結びつけるので、こちとら精一杯である。

「・・まぁいいでしょう。次で最後の質問です、」


「あの子の言う “ティエリア” とは・・・・、一体どこの誰のことですか?」


夢に冥土


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writing date  090508   up date  091011
ろっくおんしぼうのおしらせ。ちなみにピロリ菌は胃潰瘍の主要原因菌です。