Colorful

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なんか最近、こーゆーの多くね?

血の色が透けそうなほど白いまぶた、その縁にびっしりと生えそろった長い睫毛をぼんやりした視線でなぞったは、何を思うよりもまずそう頭の中で呟いた。・・なんか最近、こーゆーの多くね? いったい何、なんなわけ? もしかしてあれか、春だからか、春だからなんかみんなして色気づいてるとかそーゆー感じ? てゆーか何コイツ、男のくせに肌めっさキレーだなオイ。

はティエリアとくちびるを合わせているその間、ぴくりとも動かなかった。いみがわからなかった。自分が何をしているのか、ティエリアが何をしているのか、どうしてこうなったのか、何をしたいのか。わずかに開けた窓の隙間から入り込んでくる夜風がカーテンを踊らせ、紫苑をさざめかせていく。・・まばたきこそすれ、は一秒だって目を閉じなかった。テレビの中では、先週ようやくくっついたばかりであるはずの主人公二人が、例によって例のごとくひどく中途半端な口論を繰り広げている。

「・・・・・これで分かっただろう、」
「は、何が?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

手首のスナップをよく利かせたティエリアの平手打ちが、の頬に炸裂した。

「いぃぃいいったあああ! え、何、何この仕打ち、わたしが何をしましたか・・!?」
「お前は一分前の質問を忘れるほどボケたのか」
「五秒前の行動を忘れるティエリアには言われたくな・・・・あーあーあー、『やっぱだめなのかなぁ』?」
「・・その前、」
「・・・・・『ここにいてもいいのかなぁ』?」

やたら神妙な顔でこくりとうなずいたティエリアを目前に、はふむ、とあごに手をやる。・・確かに言われてみれば、そんなことを口にしたような覚えがないわけでもない。しかしそれはなんというか、どちらかというと 「邪魔だ」 とか 「帰れ」 とか返されるだろうなぁと予想しての言葉だったというか、いやどちらかというと無視されるだろうなぁと予想しての言葉であって、まさかそれをちゅーで返されるなんてジェイドにネコ耳が生えるくらい驚き桃の木山椒の木だよねってゆーか想像したら気持ち悪くなってきちゃったやっべー・・・・じゃなくて、ちゅーが答えって兄さんそれなんて少女漫画?みたいな、

「・・・・・・・・っ、」
「・・あ、あれ? もしかして今の口に出てた?」

へらっと笑うの前では、ゆでダコのように顔や耳まで赤くしたティエリアが打ち震えている。・・あれこれマズくね? 頬をひくりとひきつらたは、ティエリアが右手を自身の背中側へ引き絞るのを目の当たりにして頭を抱えた。手首だけで放たれた平手打ちであれだけの痛みだ、腰を入れ体重を乗せた本格的なものを食らえばとりあえず明日は学校に行けないこの先きっとお嫁にいけない。咄嗟には両腕で顔を覆い、体を丸めた。頭をはたかれても脳細胞が何十億か死滅するだけだ、よもや脳震盪までは起こすまい。

―――けれど、覚悟を決めたはずの痛みはいつまで経ってもやってこなかった。やがて代わりに触れたのは壊れ物を扱うかのように繊細な指先、それが頭の輪郭をなぞるようにゆるゆると髪を梳く。

「・・・・・・・あの、」

恐る恐る顔をあげたの前で、ティエリアは小さくため息をついた。呆れ返っている、という雰囲気を少しだって隠そうとせず、けれどほんのわずかに口の端を持ち上げ、まなじりをほんの少し緩めて。清冽な深紅にやどる苦笑の色に、の息の根は止められる。

悪かったな。ギリギリ聞こえるか聞こえないかという音でこぼれた言葉とともに、手のひらが離れていく。再び視線を自身の膝に落としていた彼女は、はっとしたように顔をあげた。夜色の瞳に遠ざかろうとする背中が映る。滑り込んできた風に紫苑が散らされ、テレビの中ではもうとっくに内容を把握しきれなくなったドラマがだらだらと流れ続けている。

「・・・っごめん、さっきの・・・・・なし」

咄嗟に伸ばした右手で、ティエリアのシャツの裾をつかんだ。指の間にぎゅうと握りこむと、手のひらに冷たい汗が滲む。スゥ、とテレビの音が遠くに消えて、代わりに血脈のはしる音が耳の奥でこだまする。はぐっと奥歯を噛み締めた、あれ私いったい何してんのかなほんと最近じぶんでも自分のことがよくわかんないっていうか考えるより先に手が出るのって問題ですよね、大いに。でもだからって今更どーしようもないっていうか今のこの状況がひっくり返って全部全部ぜーんぶなかったことになんかなったりしちゃったりしませんかねこれ。

「・・・・・無理をするな」

はぁ、という聞きなれたため息が頭の上に落ちた。諦観を主成分にしてできたそれは、言葉の表情とともにの思考をストップさせる。氷の女王然とした突き放すような響きの中に混じるやわらかな苦笑、砂利の中に埋もれたダイヤの原石を見逃すほど、はティエリアから離れていない。

「して、ない」
「・・手が震えているように見えるのは、俺の気のせいだとでも?」
「無理なんかしてないってば!」

噛み付くように言葉を吐き出した直後、驚いたようにわずかに目を丸くするティエリアと正面から目が合って、は再び顔を伏せた。「・・・・ごめん、」 噛み締めたくちびるの奥で低く唸る、ずるりと力の抜けた指の間をシャツが滑り、代わりに抱き込んだ自身のふくらはぎに爪を立てた。胸に抱いた膝が冷たい、爪を立てた部分からじわじわと広がる痛みが熱と共に伝播する。

なによりもまず、ティエリアに諦められたことが我慢ならなかった。確かにティエリアの言うとおり無理をしている、しているけども!できるなら今すぐ時を戻して全部なかったことにしてしまいたいくらいの心持ちだけれど、他の誰でもないティエリアに諦められることだけは――・・自分の身勝手さに吐き気がする、溜め込んだ苛立ちが腹の底でどろどろに澱み、腐り落ちていく。なのに今さら、この腹のうちを読まれることすら耐えられない!


片膝を抱え込んで座るの髪を梳く指、首の後ろにまわされた腕に息が止まる。


「! な・・っ」
「動くな」

―――そのまま、しばらく動くな」

喉まででかかった拒絶の言葉が、意味を失って吐息と消える。その息すらティエリアのシャツに吸い込まれていく現状に、呼吸のひとつさえままならない。じわじわと体が熱を持ち始めて、頭の中に響く馬鹿でかい騒音はまるで頭の中に心臓が引っ越してきたかのようで、その嘘みたいな鼓動に従って首の血管がドクドク波打つのがわかる。耳元にティエリアのため息が聞こえて思考が凍り、思わず息を止めていた喉がひくりと引きつった叫び声を上げる。

「・・・・・・・・普通、反応が逆じゃないのか」
「・・・・・・・・・・はっ、え、何? 今なんか 「もういい」

はぁ、ともはやお馴染みになったため息をついたティエリアが、ゆるゆると首を振るのがわかる。

、よく聞け」
「こ、この状態では無理です隊長」
「・・いいから聞け」

呆れるように吐き捨てられた台詞と共に、回された腕に力が入ったのを感じ取ったの口からは、「ひぃいいい」 という心の声が音になってそのまま漏れた。一瞬瞑目したティエリアは抜群のスルースキルでそれを聞かなかったことにする、かたやもうそれすらツッコむ余裕のないは現状を打開するのに精神力の全てをつぎ込もうとしていた。『なんてな? 冗談だよ、冗談』 という普通でもありえないセリフを今ここで期待している自分の浅ましさを心の底から嫌悪して、そのくせ本気で待ちながら。けれど一方で、そんなセリフを吐いた瞬間鳩尾にこぶしを捻じ込んでやろうと考えている自分もいるのだ、あまりの支離滅裂具合に思考回路はショート寸前、いますぐ会いたい・・・・・・ってなんだこれ、ああ美少女戦士の歌詞かこれうっわ懐かしー! 全速力で逃げ出したいという意思が思考回路をも席巻して、鼻の奥がツンとする。

「俺は、今の状態である程度満足している」
「・・・・・・・う、うん?」
「だから、今はこのままで構わない」

―――・・どういう、いみだろう。
わずかに首を傾げたは、そろりとティエリアを見上げた。見上げる漆黒と見下ろす紫苑がかち合って、ゆっくりと時間が動き出す。

「無理をするな、というのはそういう意味だ」
「・・・・・・・・・・・あのさ、ティエリア?」
「なんだ」
「“そういう意味” がどういう意味なのか、なんかよくわかんない場合・・どうするべき?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「! 痛い、いたいよティエリア! こめかみグリグリするのやめて!?」

頭を抱えてうずくまるの耳に、鋭い舌打ちの音が届く。今さら舌打ち程度でビクビクするほど殊勝な性格をしているつもりはない、けれど手首をやわらかく捕らえる手には知らず逃げ腰になる。ひぅ、と引きつる喉もお構いなしに、ティエリアの手が頭を抱える腕を掻き分け、その白皙を真正面から拝む羽目になったはできる限りの力でもって重心を後ろへずらした。逃げよう逃げるぞ逃げたい逃がせ逃がしてくださいお願いします、全身でそう訴える彼女の額に火花が散る。

「い・・・ったぁあああ! なんで!?なんでいきなり頭突き!?」
「皆まで言わせる気かこの馬鹿!」

残念なことに、石頭の度合いで言えばのほうがティエリアのそれを上回る。ただでさえ色白のティエリアだ、額にじんわりと浮かんだ赤い痕からシュウシュウ煙が上がっている気がする。

「大体、どうしてこの俺がお前なんかに! ああクソ、考えるだけでも忌々しい・・っ」
「い、忌々しい!? そんなこと思ってくれだなんて思った覚えはないやい!」
「だから尚更腹が立つんだろうが!」

横暴だ・・! スパンッ、といっそ小気味よいほどの音と共に頭をはたかれ、目尻に涙を浮かべたは口の中でそう叫ぶ。さっきまで纏っていた不安げで何かを恐れるような雰囲気はどこに捨てた、風に吹かれれば消えてしまいそうなほどたおやかな態度は一体どこへ? 目の前で腕組みをしてこちらを睥睨する深紅はいつにも増して絶好調だ、白磁の肌を染める頬の赤が無駄にティエリアを活き活きと見せている。


「覚えておけ。僕にこんな恥をかかせたことを、この先一生かけて後悔させてやる」


ぱくぱくと金魚のように空気を食んだ挙句、はのどの奥でぐうと唸ることしかできなかった。脳みその大部分は沸騰してろくろく使い物にならない割に残りわずかな部分は妙に冷静で、ただ座って頭を抱えていただけなのに100メートルダッシュを力の限りやらされた後のように心臓がやかましく、喉仏のした、鎖骨の間にあるくぼみを指でぐりぐり押したときのような鈍い痛みと苦しさが全身を這いずり回る。なんだこれなんだこれなんだこれ。このままでいいと、ぬるま湯のなかで目を閉じ耳を塞ぎ口を噤んだままいられるとばかり思っていたのに、・・それが一番居心地のいいものだと、こいつの隣にいるのなら、こいつの隣にいたいのなら、それが一番いいものだとばかり思っていたのに!

んだよ、それ――腹の底からぐっとせり上がってくる感情の波が言葉を飲み込んで、鼻の奥がツンとするのを通り越してなんかもうズキズキ痛い。ひっ、と喉が甲高い悲鳴をあげた途端視界がぐしゃぐしゃに歪む・・・やば、コレまばたき出来ないんですけどちょっと、したら出る、まばたきしたら出ちゃうよ、ちょ、これマズくね? てゆーかちょっと待ってストップ、なんかこれおかしくね?なんか変だよな絶対・・・・・何これ、なんで、なんでわたし今、


今度こそ間違えない


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writing date  090914   up date  091031