Colorful
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がたん、がたん、と電車が揺れる。窓から見える景色はとっぷりと夜にひたっているが、明日も休日とあってか、電車内は行楽帰りと思われる人たちで存外賑わっていた。お土産と思しき荷物を抱える家族連れや、大きなキャリーケースを引きずる女の子、ジーパンのポケットに財布をねじ込んだだけのひどく身軽な格好で笑い声をあげる男の子。それぞれが、それぞれの休日を思い思いに楽しんだらしいあたたかな光景に、はふっと表情をほころばせる。・・かくいう彼女の手にも、色鮮やかに彩られたお土産袋があった。隣では、疲れ果てたらしいティエリアが静かな寝息を立てている。
「・・・・・・・・あれ、“休日” って今日のことじゃなかったの?」
朝8時半。携帯電話を耳に押し当てながらようやく玄関先に現れたティエリアは、まだ寝巻姿だった。いつもの癖ひとつない紫苑はわずかに寝乱れており、慌てて飛び出してきたせいでメガネをかけ忘れて出てきたらしい彼は、投げかけられた言葉を理解するのに数秒の時間を要した。眉間にしわを寄せ、ぐっと目元を引きつらせたティエリアが、よろよろと扉に手をつく。
「・・・・・・・・・・俺には、休日を明けておけ、と言った記憶しかないが」
「いや、だから、文脈的に今日かなーって思ったんだけど・・・」
違った?、と首をかしげると、ティエリアは片手で顔を覆い、大仰な溜息を吐きだした。そんな、体中の空気を全部吐き出そうとするような溜息つかなくてもいいのに。は不満げにくちびるを尖らせる。
「忙しいんだったら別に今日じゃなくても・・・・、ってティエリア、聞いてる?」
言葉の途中でくるりと踵を返し、部屋の奥へ向かうティエリアに声をかける。彼は廊下から部屋につながるドアの前でチラと肩越しに振り返り、後ろ手に戸を閉めながら言った。
「しばらくそこで待っていろ。・・すぐに用意する」
やった! 喜びにかまけて靴を脱ぎ棄て、ついでにテレビでも見ながら待たせてもらおうと勢いよくドアを開けたら、顔面にTシャツを投げつけられた。痛くはない。痛くはないが、いきなり何すんだティエリアこのやろー。いきなりビックリすんでしょーが・・・・つか、なんか妙に生温かいんですけど、もしかしてこれ脱ぎたて?やーだー、アーデさんったらはれん
ち、まで言い終わる前に玄関から締め出され、鍵までかけられた。・・まったく、散々な “デート” の始まりである。
思わず、うと、としかけて、は荷物を抱えなおしながら頭を振った。一定のリズムで刻まれる電車の揺れは、疲れた体に子守唄以外の何物でもないが、ティエリアがこうして眠ってしまっている以上耐えないわけにはいかない。もしこのタイミングで眠ってしまったら、乗り過ごす気がする。下手したら和歌山か、もしくは関西空港で目を覚ますことにもなりかねない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ちょ、ティエリア! まだ怒ってんの?」
「・・ッ、うるさい」
は何度か保護者らに連れられてUSJに来たことがあったのだが、ティエリアはこれが初めてだったらしい。だから、実際のアトラクションよりも楽しみにしている TERMINATOR2:3-D の前フリ・・綾小路レイカによる客イジリに、ティエリアはどうも拒絶反応を示してしまったらしかった。たとえ仲間内であっても苛立ちを隠さないティエリアである。あれだけ盛大におちょくられれば、怒り心頭に達するのも致し方なかったかもしれないけれど。
「
―――あら、そこで足元ばっかり見てちっともこちらを見ないおかっぱ頭のお嬢さん? そう、あなたよ貴女、きょろきょろしたってそんなおかっぱ頭の子今時珍しいでしょ、はい手を挙げて。まぁ、随分な美人さんねえ忌々しいっ。・・・今日はだれと来たの?隣の、犬の耳ぶらさげたお兄さん?なっさけない格好だけど、また随分かっこいいお兄さんじゃない、彼氏?彼氏なの?・・・・・・あら、違うの?友達?とか言ってどーせ付き合ってんでしょ、上から見れば大体わかるのよ!」
「・・っだいたい、お前がそんなものつけてたから・・!」
「自分のおかっぱ頭を棚に上げて、私のスヌーピーに八つ当たりすんのやめてくださいー。つーかティエリアさぁ、」
「・・・・なんだ、」
怒っている、というより心底恥ずかしいのだろう。薄いくちびるをへの字に曲げたティエリアは、すん、と鼻をすすりながらジト目をこちらに向けた。綾小路レイカにイジられたことも、そのあとしばらく、他の客の好奇の視線にさらされたことも、彼には耐えがたかったらしい。
「時々、ビクッてしてなかった?」
「!」
「してたよね、絶対してたよね? こう、なんかが飛び散ったりするときとか」
JAWS へ向かおうとしていた歩みを突然止めるティエリア。
「ティエリア? どしたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・帰る」
「はっ、え、帰る!? いやいやいやいや、まだ一個しか乗ってないよ!?」
「帰る」
「えっ、ご、ごめん! もう言わないから、ハレルヤに告げ口したりとかもしないから!・・・・・・ティエリア、ティエリア? ジョーズそっちじゃないよ、そっち出口のほうだよ?」
帰ると言い張るティエリアを丸めこむのは大変だったなあ。は揺れる電車の中でとろりと笑う。人混みも嫌いだし待たされるのも嫌。それでも結局、今日一日付き合ってくれた事実がなんだかひどくくすぐったい。水の中からジョーズが突然現れたときには隣のお兄さんの腕にしがみついていたり、自分から乗ると言いだした HOLLYWOOD DREAM THE RIDE(いわゆるジェットコースター)では並んでいる間だんだん口数が少なくなり、終わって出てきたらまっすぐ歩けなくなっていたりするし、JURASSIC PARK THE RIDEでは水に濡れるのが嫌だからと端に座るのを拒否するし。ああ、お土産屋さんで無理やりつけさせた、うさ耳ヘアバンドの似合い方は異常だったなあ。堪え切れずにはくすくすと肩を揺らす。
この、心臓の奥からあふれる名前をつけるとしたら、何と付ければいいだろう。体の中心からあふれて、頭のてっぺんから指先までを包む、このふんわりとあたたかくて、はちみつ色の、とろとろしたやさしい気持ちになまえをつけるなら。
―――まあ、べつになんだってかまわないかあ。音もなく、のまぶたが下りる。
あのね、聞いて聞いて。私この前の休み、梅田に遊び行ったんだけどね、その帰りの電車ですごいかわいいカップル見つけたの。なんかね、最初は二人でぽつぽつ喋ってるっぽかったんだけど、彼氏のほうがうとうとし始めちゃって
――ていうか、この彼氏ってのがありえないくらいカッコよかったの。テレビに出てないのが不思議なくらいの美少年で、髪とかすっごいサラサラで・・・歳?んー幾つくらいかな、二十歳いくかいかないかぐらいだと思う。彼女も大体そんな感じに見えたかなぁ、で、その彼女のほうもなんかすらっと背が高くて脚長くて、顔立ちもシュッとしててね・・・・・・だってなんて言っていいかわかんなかったんだもん、想像してくださいー。・・もーそー、得意でしょ?
えと、それでね、彼氏が寝ちゃうから彼女のほうヒマになっちゃうでしょ? 疲れてるのは同じだから、彼女のほうも眠くなってきちゃうんだけど、彼氏が寝ちゃってるからそういう訳にもいかなくて。だからもう、すっごいうとうとしてるんだけど、頭振ったり、ほっぺたペチペチしたりして必死に耐えてるの。うん、もう起こせばいいのにって私も思ったんだけど、その子、寝てる彼氏さんのほうチラッと見て、思い出したみたいにふわって笑うだけなの。
・・でも、やっぱり疲れてたみたいで、彼女のほうも寝ちゃったのね。そしたら、入れ替わりに彼氏さんが目を覚ましたの。彼氏のほうは寝てる時びっくりするくらい微動だにしなかったんだけど、彼女さんは結構ぐらぐら揺れててね。その電車も混み合ってるわけじゃなかったけど、席が空いてるわけでもなかったから、隣に会社帰り?みたいな男の人が座ってたの。で、電車が止まった拍子で、その男の人のほうに寄りかかりそうになっちゃってね。どうするのかなーって見てたら、彼氏さん、こう・・二の腕がしって掴んで止めて、その寄りかかられそうになった男の人に小さく会釈してから、自分のほうにぐいって引き寄せてね。・・私はそこぐらいで先に電車降りちゃったからそこまでしかわかんないんだけど
――いや、なんで降りたのとか言われても
――、でも、乗り過ごそうかなってちょっと思った。
え、いや、だから・・・・・・・っあの、あのね? 今度、USJ 行かない? ・・・その・・、二人、で。
恋教え鳥に
口付けを
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恋教え鳥に口付けを ... 7-1
writing date 100926 up date 101016
夏人の姐御、柚子ぼんの大阪遠征時ネタ。・・・・・・・うん、なんていうか、だんだん楽しくなってきちゃったんだよね。