Colorful
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「ねぇティエリア。あなた最近、ちゃんとどうなの?」
またこの質問か。ティエリアは何度投げかけられたかしれない質問に対し、心の底から不愉快そうに眉根を寄せた。ただでさえ険のある視線に凄味が増し、それだけで焼き殺してやろうかと言わんばかりだが、そんな眼光にさらされたところでスメラギが大人しく引き下がるわけもない。それが、アルコールの入った彼女なら尚更である。ことさらに表情をゆがめるティエリアを目前に、スメラギはにっこりと笑みを深める。その、「わかってる、わかってる」 とでも言いたげな笑みに、ティエリアは苛立ちを隠しきれない・・・・・・いや、別段隠そうともしていなかったけれど。
「・・・どう、と言われても」
「ちゃんと仲良くいちゃいちゃしてるかって聞いてるのよ」
「・・・・・・どうして “仲良く” までで止めておけないんですか、スメラギさん・・」
一部では大学に舞い降りた天使だとか、情報システム工学科の妖精だとかいう噂でもちきりのティエリアだが、そうであるがゆえに、アレルヤは自身を犠牲にしてでも話に入っていかざるを得なかった。仲良く、までは比較的 人の顔 をしていたティエリアが、いちゃいちゃ、と続けたことによって完全に 鬼の顔 に変貌したのだ。新しく研究室に出入りするようになった新三回生たちのためにも、アレルヤは死地に赴かないわけにはいかなかったのである。
「あら、いちゃいちゃするのは悪いことなんかじゃない、大切なことよ? 触れ合って初めてわかること、伝わることっていうのも、確かにあるんだから」
はぁ、と苦笑してうなずいて見せるアレルヤの隣では、ティエリアが下らない、と言葉を吐き捨てる。
「もしそうだとしても、それが僕たちに関係あるとは思えませんが」
「あら、本当に?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
不意に押し黙ってしまったティエリアを前に、スメラギはほほ笑む。眉間にしわを寄せ、くちびるを真一文字に引き結んで何かを考え込んでいるらしいティエリアは、自分の表情をまったく自覚していないらしい。心当たりがあるのかしら、なんて聞こうものなら今度こそこの後輩は席を立ちかねない。それはそれで面白いし興味深いが、今回の目的は他にあるのだ、スメラギは自身のかばんに手を滑り込ませ、くすりと笑う。少し離れた席では、新三回生の女の子たちが互いを慰めあっているが、ティエリアがそれに気づく様子はない。
「とにかく、あなたには関わりのないことでしょう。スメラギ・李・ノリエガ」
「・・ふうん、私にそんなこと言っていいのかしらね? 後悔するわよ、ティエリア」
「何を馬鹿なことを、」
訝るティエリアの目の前に掲げられたのは二枚のチケット。顔に寄りすぎて何のことだかさっぱりわからない紙切れを掴もうとし、指先をかすめただけでひらり逃げていくそれ。ティエリアの視線がようやくきちんとチケットを捉え、それがなんなのか理解したであろうタイミングで、スメラギはウィンクと共に口を開く。
「ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの入場無料チケット、欲しくない?」
晩春というにも、初夏というにも足りない気がする夜。吹き抜けていった風がティエリアの紫苑をすくい、乱していく。顔や目をちろちろ舐めていく毛先が面倒で、ティエリアはこめかみから掬い上げるように髪をおさえ、その場でふと立ち止まった。足元には、電灯の明かりでできた濃い影がある。
「・・・・・・・・・・・・・・」
かばんから取り出したのは、スメラギから渡されたUSJのチケットである。鮮やかな色遣いに華々しく書かれた無料招待券の文字。描かれているキャラクターは、ティエリアですら見たことがある。知り合いの研究者から譲り受けたのだという二枚のチケットは先刻、スメラギからティエリアの手に渡ったばかりのものだ。
「も、貰えません、そんなもの!」
「遠慮してるんだったら気にしないで。私は期日までに行くタイミングもないし、相手もいないし。だったらティエリアが有効に使って頂戴」
ね?、とスメラギがほほ笑む。こういった入場券の類はなかなかに値が張ることをティエリアは一応知っているし、貰いものだとしても受け取りにくい。彼は元来、誰かに何かをしてもらったり、誰かに何かをしてあげたりするのは苦手な性質なのである。しかし、どうしても手を出そうとしないティエリアに焦れたのか、小さくため息をついたスメラギは上着のポケットにチケットを無理やりねじ込んだ。楽しんでらっしゃい、と笑いかけられて、ティエリアは困惑気味に視線を落とす。
「タイミングはどうにでもなるでしょう。・・・・相手はどうだか知りませんが」
「ちょっとティエリア、あなた喧嘩売ってるの?」
「
――すみません、冗談が過ぎました。・・本当に、いいんですか」
「『素敵なデートを』・・・・・と、言われても・・」
途方に暮れたように、ティエリアはチケットを前にため息を吐く。大体、と二人で出掛けたりするのはティエリアにとって特別なことでもなんでもない。先週は本格的な夏が来る前に衣服を買い足そうと思い、どうせ暇だろうからと付き合わせたし、おとといはMP3プレイヤーが欲しいのだというあれに付き合って、家電量販店をうろうろした。だから別に、二人でUSJとやらに行くことになったところで、ティエリアは特に気を遣うこともないし、緊張することもない。それはおそらく、も同じだろう。
―――ならばなぜ、いま俺はこのチケットを手に、途方に暮れているのか。
「・・・・・スメラギ・李・ノリエガが、デートなどと言うから・・!」
吐き捨てるように呟いて、ティエリアはぎりと奥歯を噛む。間違いなく、引っかかっているのはそこだった。
―――はい、こちら現場のです。えーと、わたくしは今、例の本屋のアルバイトを終えて帰ってきたところでありまして、時刻としては夜10時を回ったところです。いつも通り帰宅したところ、私の家の前で立ちすくむティエリア・アーデ氏を発見。どうやらこちらに気付いていないようでしたので、階段の影に隠れてしばらく様子を窺っていたのですが、あんまりにも面白・・・・・いえ、興味深かったため、中継へと移らせていただいた次第であります。
半分だけひょっこりと頭をのぞかせて、はその様子を窺う。しばらくそうして覗き見していたが、やがて音を立てないようゆっくりと体を引き、建物の影に隠れて盛大な溜息を吐いた。ドアの前で棒立ちになっている隣人を発見してから、かれこれ五分が経過。最初は面白がって隠れてみたものの、あんまりにも気付く様子がないので出ていくタイミングを失ってしまったのである。・・・・・・・・・なんだこのデジャブ。
我が家の前に立ち竦んだティエリアは、三つの行動パターンをぐるぐる繰り返している。まず、左手に持っている紙切れらしきものに視線を落とす。次に右手を軽くむすび、顔の高さでノック・・・しようとして断念。そして最後に大きなため息。それをもう何回ループしているのか、数えるのにも飽きた。
―――・・一体やつは何がしたいのだろう。いや、わかるにはわかるのだが、何をしているのやら。はがりがりと頭をかく。はぁっ、と呼気を吐き出し、気合い一発。
「ウチの前でなーにしてんスか、アーデさん?」
「! ・・・・いま帰ったのか」
「うん、今日バイトだったから」
ティエリアの傍まで歩み寄る。なんともなしに手元を覗き込もうとしたら、ひどく自然に奴の左手が背後に逃げた。なんとなくムッとして、けれど素知らぬ顔でティエリアを見上げる。
「どしたの、何か用?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、なんでもない」
たっぷり十秒も間を挟んでおいて、何が “なんでもない” だ。むずがる子どもみたいな顔しといてよく言うよ、と思うが口にはしない。こういう顔をしたときのティエリアを変にいじると、怒りの深度がいつもの二倍、三倍にもなることがあるのだ。だからは、ひとつ呼吸をおいた後、ティエリアの頭にぽんぽんと手を置きながら笑う。小さな子どもをあやそうとする時、頭をなでるのが効果的なスキンシップのひとつであることを、は知っていた。
「わかった。・・じゃあ、決心がついたらいつでもおいで? 待ってる」
かばんに手を突っ込んでキーを探す。いつも無意識にしまうから、取り出そうとするとき時間がかかるのだ。あれ、もしかして上着のポケットにでもいれたっけな、という危惧が生まれだした頃、指先の感覚だけでどうにかキーを探し当て、引きずり出す。背後のティエリアが、低く唸るような声での名前を呼んだのは、ちょうどキーを鍵穴に差し込んだタイミングだった。
「うん?」
肩越しに振り返る。間髪いれず、掠めるようなキス。・・・・・・・・・・・・キス?
まさしく、こんな→( ゚д゚) 顔で固まったの視界を今度ふさいだのはティエリアの左手であり、その手に握られていた紙切れだった。ぺちんっ、という乾いた音とともに、顔面に何かが押しつけられる。ガサガサして地味に痛・・・ちょ、痛いって言ってんでしょーが!
休日は明けておけ、と言い捨てて自宅の玄関に逃げ込んだティエリアの、髪の隙間から見えた真っ赤な耳と首筋。は呟く。
「・・・・・あいつ、しょうしんしょうめいの、ばかだ・・!」
不可逆変化
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不可逆変化 ... 7-1
writing date 100924 up date 100925
夏人の姐御、柚子ぼんの大阪遠征時ネタ。ティエリアのヘタレるタイミングが違う気がする。