Sakata-ke

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それから少しの間かぶき町をぶらぶらしてまわり、やってきた行きつけのファミレス。休み時間のサラリーマンやOLで溢れるお昼時を外さないと席が空くまで待たされることになるし、座れたとしてもオーダーしたものが運ばれてくるまでに妙な時間がかかる。客が多いのも面倒なら、空腹を抱えた状態でうまそうに飯を食う連中を眺めていなければならないのはもっと煩わしい。

「お、おふたり・・?様です、ね。ただいまご案内いたします」
「あ、スンマセン、禁煙席でお願いしまァす」

自分たちよりもダイレクトに煙草のけむりの弊害を受けるのため、せめて禁煙席を自由に選べる程度には空いていてくれなければ困る。

「ご注文がお決まりになりましたら、「あーもーいいっていいって、決まってるから。パフェ頂戴、イチゴパフェ」
「は、はぁ・・・では少々、お待ちくださいませ」

ファミレスの窓から見える通りでは、人々がせわしそうに行き交っている。日の光はいまだ明るく、まるで本能に活動しろと訴えるかのようだ――・・まァ、俺には関係ないけど。パフェが到着するまでの至福のとき、テーブルに肘を付いてぼんやり外を眺めていた銀時の視界の隅で、またもや小さな影が不穏な動きを見せた。テーブルの隅に立てておいた自分の何倍の大きさもあるメニューを引っ張り出そうとしているこの妖精、角をぎゅっと掴んで自分の体を宙に浮かせながら引き抜こうと頑張っているが、飛びながらの状態では思ったように力が入らないらしい。顔を真っ赤にしながら踏ん張るの手がずるっとすべり、反動で後ろのほうへと勢いよく飛び出していく小さな体。それを他のテーブルの空間に入り込むまえにキャッチした銀時は、はァ、と安堵のため息をついた。・・まったく、少し目を離していればすぐこれだ。

「・・何、お前もなんか頼むの? 言っとくけどね、銀さん今日そんな手持ちないから、てゆーかさっきのパフェでぎりぎりだから」

言外に諦めろと告げれば、きゅっとくちびるを引き結んだチビがぷるぷると首を振る。え、ちょ、いつの間にこの子こんなワガママになったの?やっぱあのクソガキ共の影響ですかコノヤロー、銀時の眉間にスゥと刻まれた皺を見て取ったのだろう、は慌てたように体全体を使ってひたすら何かを訴える。

「・・・・・・あー、もしかしてお前、メニュー見たいだけ?」
「!」

そんなブンブンうなずいてっと、ぽろっと首落ちんぞ。銀時の低い呟きにぴたりと動きを止める姿に笑みがこぼれる、あんな環境に生まれておいて、よくここまでまっすぐに育ったものだ。あれ、案外俺って子育ての才能あるんじゃね? ―――ひどく楽しそうに、周囲に華やぐような笑顔をばら撒きながらメニューを眺める、目頭が熱くなる理由になど思い当たりはない。さっぱりない。これっぽっちもない。

「お待たせいたしました、イチゴパフェです」
「おー、来た来た! おい、食うぞ」

メニューからパッと顔を上げたチビは、運ばれてきたイチゴパフェを前に口をあんぐりと開け、ただでさえ顔の面積の割に比率の大きな目をまん丸にしてそれを見上げた。ポケットサイズの妖精の目にイチゴパフェはどんな風に映るのだろう、自分の背丈の二倍以上の高さはある糖分のかたまりに胸が高鳴らないのはウソだ。初めて見たときはただ驚くばかりだった夜色の瞳が期待と歓喜にキラキラ輝く、今このときばかりは自分よりもはるかに大きなパフェを目の前にすることのできるのサイズが羨ましい。

容器のふちに飾り付けられたシロップ漬けのさくらんぼ、ふたつあったうちのひとつの実を口の中に放り込んだ銀時は、もうひとつを小さな両手の上にのせてやった。一口では食べられないだろうさくらんぼを手に、はまばたきを繰り返しながら銀時を見上げる。生まれてそう日が経っていないとはいえ、あの万事屋で生活している妖精のことだ、彼の糖分にかける執念は十分理解しているのだろう。チラとこちらを見上げてくる視線が意味するのは 「・・食べてもいいの?」 という疑問、銀時は思わず苦い顔をする。

「・・・・・おー、食え食え。神楽と新八にはナイショだからな、」

このチビは、笑顔を浮かべるときにいちいち効果音をだす。“にぱっ” とか “ぱぁっ” とか “ふわっ” とか、花が咲き綻ぶように純真無垢な、心の底からわきあがってくるかのようなそれ。人工的な赤色にそまった甘ったるいさくらんぼにかぷりと噛み付き、しあわせそうな笑顔をこぼす妖精につられる形で、銀時もふっと口元に笑みを乗せた。なるほど確かに、朝食のとき新八がやたらとチビの世話を焼きたがるのもうなずける。

ポキ、ポキ、ポキ。パフェに刺さっていたポッキーを口にしていた銀時の視界の端に、そんな彼をキラキラ見上げる小さな存在が見え隠れする。というか、一度気付いてしまったらどうにも無視しがたいほどの ガン見 である、口にくわえているポッキーをじいっと見上げるチビは銀時の視線にようやく気付いたのか、ハッとしたように小さな手で口元を拭った。・・そうか、よだれが出るほど食べたいか。

「ったく、しょーがねぇ・・・ほれ、一本しかねェから食べかけでもいいなら・・・・・って食いつくの早ェなオイ!」

このチビ、口で迎えにいくためにジャンプまでしやがった。この食い意地の張りようはさて神楽の影響なのかそれとも自身が原因なのか、とにかくこれがこのサイズでよかった。いやホンットよかった。チョコレートがかかっていない端っこの部分を自分の口の中に放り込んで、銀時はシロップやチョコレートで口の周りやてのひらをべたべたにしたを見遣る。 ま、汚れたところは後でおしぼりかなんかで拭けばどうにかなるだろ。 ふんわりと甘いホイップクリームや冷たいアイス、ストロベリーソースの染み込んだスポンジやシリアルをスプーンですくっては口へはこび、すくっては運びを繰り返すなかで、ぱかっと口を開けてそこがもう空っぽであることを主張するヒナ鳥に時折寄り道しながら昼飯代わりのパフェを平らげていく。その頭と一回り程度しか変わらない大きさのスプーンにがっつく様子は妖精というより、厳しい生存競争を生き抜くための餌(エ)を欲している動物のようだが、一口食べるごとになんともしあわせそうな表情を浮かべる程度に、は妖精だった。

最後に残しておいたまるまる一個のいちごを、食い入るように見つめるチビの形相たるや凄まじかった、いちごに穴が開くんじゃないかと思ったほどである。 「や、これ銀さんのだから」 そう告げたときの表情と言ったらない、あんなにわかりやすい がっかり を見たのは生まれて初めてだ。なけなしの良心がチクチク痛む。「・・や、これ銀さんのだから」 しゅん・・、とうなだれた小さな背中は、傷心旅行に発とうとする二十代後半から三十代の独身OLが纏うような悲哀に満ちていた。なけなしの良心がキリキリ軋む。「・・・・・や、だからこれ、」 ・・し、視線が痛い。からのそれではなく、それぞれのテーブルを仕切っている低い壁の向こうや、通路から注がれるまったく関係ない第三者的な視点が痛い。店内に流れるやわらかなBGMの隙間をぬって、大人げない とか かわいそう とか 目が死んでる とか 白髪 とか 天パ とか、そういうヒソヒソ声(てゆーかただの悪口)が聞こえてくる気がするんだけど、え、何これ気のせいだよね? ガラスのハートが悲鳴をあげる。

「あーもう、食いたきゃ食えばいーじゃねェか! ・・・・・・・・・・・一口、だけだからな」

―――・・尖端がちょこっとだけ欠けたいちごは、なぜか涙の味がした。



「・・じゃーそろそろ帰るとすっかァ、」

ファミレスを出てしばらく、ぶらぶらとさしたる目的もなくかぶき町界隈を歩いていた銀時は、自身の影がぐんと長くなったのを認めてそう言った。西の空に傾いた太陽はじわじわと赤みを帯びつつある、この調子でぐだぐだ万事屋に戻る頃にはちょうどいい時間になるだろう。頭の上に持ち上げた右手で、様子を窺うようにチビを探す。のばした指にきゅうっとしがみ付いてくる小さなあたたかさ、どうやら伺いを立てるまでもなく機嫌は上々らしい。

「ん、ほら、ちゃんとつかまっとけ」

小さな手がしっかり髪をつかんだことを確認して、銀時はぐぐっと両腕を空に突き上げた。がいなければ原チャリでさくっと移動する距離を半日かけてのっそり歩き回ったわけだが、体の芯に積もる静かな疲労感の割に気分はそう悪くない。心地よい空腹を抱えていればなんでもとりあえず美味く感じるだろうし、何より今日はストンと眠れるような気がする。・・というか、ぶっちゃけ今かなり眠い。

「・・っふわァアア・・・って痛い、痛いよちゃん!? 髪の毛ぎゅってやったらメッて言ったでしょ、ちゃん、メッ!」

ぶちぶちっというどう考えても不吉な音が聞こえた気がしたがそこは精神安定上あえて聞かなかったことにして、銀時は容赦なく髪を引っ張られた方向へ涙の滲んだ目をやる。視線の先、開くスーパーの自動ドア――見慣れた二人の子どもたちに、銀時は知らず笑みを深める。


地球の片隅で
呼吸する


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地球の片隅で呼吸する ... ジャベリン
writing date  09.02.12    up date  09.02.21
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