Sakata-ke
:2-2
「いらっしゃいませー」
煌々と明かりのともった深夜のコンビニ、たいした気概もなくマニュアル通りに紡がれた言葉は店内のBGMにかき消されていく。レジの前に立った店員をチラリと一瞥し、それが冴えない男の店員であることに内心舌打ちをかました銀時は(冴えていようがいまいが、男である時点でどうでもいい)(・・・なにせこのコンビニチェーンの制服は、思ったよりスカートが短いことで有名なのだ)、ぽかんと口を開けて店内を見回しているのひたいを指で軽く突っついた。ぱちぱちとまばたきを繰り返しながらも開けっぱなしになっている口に自身の小指を突っ込んで、常々繰り返している注意を促す。
「だからいつも言ってんだろー? そんな大口開けてっと、いつか虫食うはめになんぞ」
「!」
は虫が大の苦手だ、それほど深く考えずとも彼女のサイズを考えればすぐわかる。銀時らにしてみれば片手でひょいと追い払えばいいだけの小蠅でも、妖精にしてみれば自身の手のひらと同じかそれより大きい なんかものっそいグロい生きもの になるわけで
――・・なるほどそれは、想像するだに恐ろしい。自分の口を両手で押さえて襟巻きのなかに頭まで隠れてしまったに銀時はやわらかく苦笑する、言いすぎたかと思わないこともないが困るのは間違いなくこのチビなのだ、心を鬼にする必要だってあるだろう。
「・・そーか。お前、コンビニ来んの初めてだっけ?」
ぴょこりと顔をのぞかせたはびくびくしながら辺りを見回し、銀時の言葉に小さくうなずく。
「まぁ、この広さならはぐれることもねーだろ。好きに見てきていいぞ、」
「
――・・ンな心配すんなっつの。勝手に帰ったりしねーよ、銀さんはこれでも面倒見いい方なんですぅ」
ふわり。銀時の肩から浮かび上がったはしかし、不安そうに眉根を寄せている。よほど自分が信用できないか、それとも最近日増しに生意気になっているガキ共二人になにか言い含められたか
――おそらくは後者だと結論付けた銀時は、彼の目線の高さをふよふよホバリングしている妖精に手を伸ばす。小さなひたいをピン、と軽く指ではじいて。
「・・・・おら、行ってこい」
少し進んでは振り返って銀時がそこにいることを確認し、また少し進んでは振り返ってを何度か繰り返し、小さな姿が商品棚のかげに消えた頃。へらへらとした笑みを浮かべていた銀時はサッとその表情を打ち消すと、足早に角を曲がった。別にトイレに行きたいのを我慢していたわけでも、いなくなった自分を必死に探すチビの姿をニヤニヤしながら眺めていたいわけでもない(・・・・・あ、ちょっとそれはそれでアリかも)
――ただ、自分だって二十代も後半にさしかかったひとりのオスに過ぎなかったたという、ただそれだけの理由である。
新八が万事屋に出入りするようになり、神楽が住み込むようになった時点でそういう・・だ、だから、夕方六時のアニメで堂々と口にするのは 普通 憚られるはずの “そーゆー” 類の雑誌とかDVDとかの扱いにはそこそこ気をつけていたのだ。新八はまだいいとしても神楽はまずい、もしそれらが神楽の目に触れ、廻りまわって親父殿の耳に入ってみろ、下手すると地球ごと滅ぼされかねない。自分のエロ本やエロDVDが原因で地球滅亡など笑えない、何が笑えないって冗談じゃないことが笑えない。そういうわけで隠し場所にはこれまでも気を使ってきたわけだが、が生まれてからというものその苦労は数倍にも増したのである。これまでは神楽や新八の手が届かない、物理的にやつらの背丈よりも高い所に隠しておけばそれ相応の効果があったものを、どうして空を飛べるんだコノヤロー。朝起きたとき、床に散乱していた それら をかき集めて片付けたあの絶望感といったらない、あれほど心臓がすくみあがったのも久しぶりだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
くる、とわずかに後ろを振り返った銀時は雑誌コーナーの隅の方にさりげなく陣取る。店内で不必要にきょろきょろするのは店員の無駄な注意をひくだけだが、チラと視線を流した先でレジに立っていた店員は別のものに気を取られている。・・当の本人はまったくの無自覚だろうが、は注意をひきやすいのだ。
あのとき、やましい雑誌やDVDなどのすべては処分してしまった。二日続けて朝一番にエロ本やらを片付けさせられれば、どれだけピンポイントにツボを突かれた お気に入りの一品 だろうと処分する意を固められる。けれど、それらを処分したからといって自身の中で持て余しているモノまで一緒に処分されるなんて都合のいい話にはならず、だからといって真っ昼間から近くのコンビニでエロ本立ち読みしているのが新八や神楽にバレたら害虫呼ばわりされることは疑いようがなく、さすがに自分でもの情操教育にいい影響を与えるはずがないことだって理解している・・・・・・ざっと周囲を見回した銀時は、素早く一冊の雑誌を抜き取った。買って帰るわけにはいかないにしてもこのタイミングは貴重なのだ、万事屋銀ちゃんの名に懸けて逃がすまい。
「・・・・・・・・!」
己の網膜に印刷しようかという集中力でページをめくっていた彼は、不意に感じたなんらかの視線に動きを止めた。レジの向こうにちらちら見えている店員などではない、自身の肩口からじっと注がれる視線に銀時は背筋を凍らせる。今でこそ死んだ魚のような目だとかマダオだとか散々なことを言われているが、これでも若い頃は血気盛んにやんちゃしていたわけで、完全にくつろいでいるときならまだしもある程度周囲に対して警戒しなければならない現在、これほどまでの接近をこの俺が許すとは・・
――できるな、コイツ・・! 錆びついたカラクリを無理やり動かしたかのように、ギギギ・・と軋んだ音を立てながら首をめぐらせた彼の視線の先、自身の肩口にいたのは、
「子どもは見ちゃいけまっせぇええええん!」
だった。さも不思議そうに銀時の手元をのぞきこむ彼女は、深い湖のような漆黒をぱちぱちとまたたかせながら見開き一ページのグラビアを瞳に映している。バシンッ!と手を打つようにエロ本を閉じると、高らかに鳴り響く衝撃音に妖精はびくりと肩をすくめた、驚きで真ん丸に見開かれた夜色の瞳に口元をひきつらせた顔色の悪い男が立っている。
「・・今の、見た・・・・・?」
「・・・・・?」
斜めに首をかしげながら、こくりと小さくうなずく。 何ソレどっち!?見たの、それとも見てないの!? 心の叫びを根性と理性を総動員して飲み込んだ銀時は妖精を連れてするするとその場を離れる、がまだ文字を覚えていないのは飛んで火に入る夏の虫・・・・・・・・・・違う違う違う違う! 九死に一生を得たようなものだが安心はできない、少し道を踏み外せばきっとこの先、から半径1メートルの範囲内に存在することを許されなくなるだろう。
「あーその、なんだ・・さっきのはあれ、ああいうファッション?みたいな? あんな感じのが流行ってるとこもあんだよ、一部」
「・・でもあれだ、ほんの一部だから、ほんとにほんの一部のとこだけだから全然気にしなくていいんだぞ」
「・・・・・・・・つーかうん、忘れていいから。今見たすべてを忘れていいから、むしろ忘れてくださいお願いします」
斜めに首をかしげながら、こくりと小さくうなずく。 ・・・・・だから、ねェそれどっち?わかったの、それともわかってないの!? きっとわかっていないのだろう、銀時の懸念に対する興味をとっくに失ったらしい妖精は彼のどてらの袖をつかんでぐいぐいと引っ張っていこうとする。こんな小さなナリをしているくせに一日中何かを頬張っているような妖精だ、きっとその小さな胃袋を刺激するものを見つけたのだろう。本当はとろとろ桃のフルーニュと新発売のデザートだけを買ってこそこそ食べるつもりだったのだが、そうも言っていられない。ここは “なにかおいしいものを買ってもらった” という記憶の上書きをしなければ、の健全な情操教育とそして、銀時自身の未来(あす)のために。
「
―――おい、? ケーキならあっちの・・・・・、」
ティラミスやら季節のゼリーやらが並んだ商品棚を通り過ぎようとする妖精を振り返った銀時は、透明なプラスチック板にべたりと張り付いたそれにすべての言葉を飲み込んだ。レジの前、容器の内側にふつふつと浮かんだ水滴は内部が蒸し器のように温められていることを示している。雪国の女のそれのように白くふっくらとした肌、今にもとろりと溶けだしそうな豚の角煮をこれでもかと包み込み、ほかほかとあたたかな湯気を上げる・・・・・肉まん。
「・・・・・・・・・・・・いや、うん、別にいいけどね? 別にいいけど・・肉まんって、肉まんってお前、」
銀時の声にはっと振り向いた妖精は、色鮮やかな内掛けの袖でじゅるりと口元をぬぐった。できることならケーキとかプリンとか、そういう甘いものがよかったのだけれど、思い切りわかりやすく肉まんを食べたそうなを見てしまった手前それも言いづらい。この真夜中、つい30分前まですやすや眠りこけていたというのに、よくもまぁ自分の体積の10倍以上はある肉まんに食指が動くものだ、しかも豚の角煮って・・重っ。
「・・プリンとかあるけど、肉まんにすんの? あっちにプリンとかあるけど」
できればプリンにしてください、という銀時の言葉はに通じなかった、ケースに並べられた肉まんを指差した妖精は彼をじぃっと見上げて重々しくうなずく。故意にか無意識にか、指をさすことで三種類ある肉まんのうち一番値段の張る豚角煮まんを明確に指定していることが恨めしい、わざと “肉まん” という総称を用いて対象をぼやかしたというのに。無欲の勝利だとでも言うのだろうか、「・・・・・・・・じゃあ、この豚角煮まんひとつ」 という銀時の言葉でようやく動き出した店員の、肉まんを取り出すその手元を凝視するは間違いなく今、食欲の権化である。
はむ、と肉まんに噛みついた妖精に続いて、銀時も湯気を上げるそれに歯を立てる。漆黒に塗りつぶされた夜空に、二人してはふはふ白い息を吐き出しながらの帰路。行きと同じく、彼の襟巻きに埋もれるように座ったはくりんとうねった銀時の銀髪を一束握り、口の中が空っぽになると同時にそれをくいくい引っ張って次の一口を催促している。妖精にしてみたところの巨大な肉の塊にかぷりと食いつき、「・・いや、それムリじゃね?」 という銀時の言葉通り、にっちもさっちもいかなくなって目を白黒させるに彼は笑みをしのばせた。口のまわりはすでに甘辛いタレでべとべとになっているが、こればっかりはどうしようもない。家に帰ったらちゃんと顔を拭いてやって、できればパジャマも着替えさせよう。寝る前にもう一度髪を梳いてやって・・・口をもごもごさせながら、こてんと首をかしげて不思議そうにこちらを見上げるそれ。 嫁さんもらうより先に父性に目覚めるって・・・・あれ、もしかして俺いま精神的コブ付き? 彼の懸念は夜道に溶ける。
翌朝、大量に用意されたミニチュアの衣服の中から ナース服 をチョイスしたの無邪気に、銀時は年甲斐もなくぼろぼろ泣いた。
ワンダフル
ピースフル
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ワンダフル・ピースフル ... ジャベリン
writing date 09.03.01 up date 09.03.04
2/28開催の妖精チャット会より。姉御、柚子ぼん、あざーっした!