Sakata-ke
:3-1
▼ 今作をご覧になる上での注意
いい天気だなぁ。通いなれたいつもの道を歩きながら、新八は両腕をぐぐっと空に伸ばす。頭上に広がる薄く透明な青、南の空へむかってゆっくり昇りつつある太陽は、真っ昼間のそれよりどこかやさしい。他の町と比べて夜が長いかぶき町の朝はゆるゆるとした怠惰に包まれながら、けれど他の町と同じように目を覚まし始めていた。かぶき町がもっともそれらしくなるのはもちろん、太陽が地面に沈みきった夜。夕方、燃えるような夕日の影でだんだんと灯り始めるネオンの光、それらが静かに息を潜める朝。新八は、時に応じて様々な表情を見せるこの町を決して嫌ってなどいない。わずかに湿り気を含んだ朝特有の爽やかな風が、彼の着物をはためかせていく。
「
――おはようございまーす」
銀さーん、神楽ちゃーん? しん、と静まり返った万事屋はただいたずらに新八の声を吸い込んでいく。起きはじめた町とは裏腹に、万事屋にはいまだ濃い夜のにおいが立ち込めていた。 まったくもう、しょうがないなぁ。 わずかに淀んだ空気を入れ替えるために窓を開け放ち、流れ込んでくる新鮮な空気を前に小さなため息をひとつ。
「・・・・新八ィ、もう朝アルかぁ・・?」
「残念ながらね。ほら、顔洗っておいでよ」
「んー・・」
ふすまの隙間からのっそりと顔を出した神楽は、それでもなおこくりこくりと舟をこいでいる。あちらこちら、好き放題にはねている鮮やかな色の髪に新八は苦笑を浮かべながら、くあぁ、と大きなあくびを漏らした定春の頭を撫でた。未だにぐーすか寝たままでいる和室の誰かさんなんかより、定春のほうがずっと聞き分けがいいしずっと利口だ。次の日や下手をするとその次の日まで、頭がいたいだの気持ち悪いなどと顔を青白くしているくせにどうしてまたお酒をたらふく呑んでくるのか、新八にはさっぱり理解できない。
「銀さーん、開けますよー?」
返事がない、ただのしかばねのようだ。ふすまの前でがっくり肩を落とした新八はそれでも、気合を入れなおすように二、三度頭を振る。ここで勝手に絶望して、勝手に諦めるわけにはいかない。ここで自分が放り投げたものを、自分以外の一体誰が回収してくれるというのだろう・・・・否、誰も拾ってなどくれるわけがない。背後の神楽ちゃんはソファでうとうとしているし、もしここで自分が起こさなかったら話はずるずるとして進行しないこと請け合いだ。シリーズ三本目の冒頭からこんなぐだぐだじゃ、マイスターズの武力介入に耐えられない。負けてたまるか、挫けてたまるか。新八はスパンと勢いよくふすまを開け放つ。
「もー、起きてくださいよ銀さん。今日いい天気なんで、布団干しちゃいたいんです」
「んぁー・・、」
「“んぁー” じゃなくて! 起きてください!」
「・・・・・んむぅ、」
「いやアンタ、もうそれ起きてんだろ」
「・・うるっせぇなァ、俺のこたァ放っといてくれよ。放っておいて欲しい年頃なんだよ、微妙な年頃なんだよ、わかんだろ?」
「いやわかんねーよ、わかりたくもねーよそんなの。・・いいから、さっさと起きてください!」
がばぁっ。掛け布団の端をしっかり掴んで呼気をため、一気にそれを引き剥がす。格子の間から差し込んでくる太陽のひかりが幾本もの軌跡を描いて、駄々を捏ねる子供のように丸くなった銀時を照らした。舞い上がったチリやホコリが光の渦の中でキラキラ踊っている、これが冬の朝、朝日に輝く粉雪だったりすれば息を呑むほど綺麗な光景だろうに。ひくりと表情を引きつらせた新八は、違う意味で呼吸を止める。そして頑なに起きようとしない “間違いなく誰かのおかげで生き長らえているオッサン” 略して マダオ を見下ろし、
―――そして見慣れない 何か に目を丸くした。
「え、ちょ・・銀さん。それ何ですか?」
「・・ぁあ? んだようっせーな、朝元気なのは仕方ねェんだよ、男として生まれたもんの宿命なんだよ。新八ィ、いつかお前にもこんな日が来るとは思うけどな、そーゆー時は慌てず騒がず、でも早急に処理しろよ。あーあとそれから、汚ェ手で触らねェよーに」
「いやアンタ何の話してんですかっ、こんな朝っぱらから!」
「朝っぱらだから言ってんだろー、時間ないとか言って油断すると大変なことに 「いや、もういいから、その話もういいから!」
どことなく上ずった調子の新八の声に、だから思春期ってのはよォ、とブツブツこぼした銀時は差し込んでくる光に半ば無理やりこじ開けられるような形でまぶたを開けた。ゆるゆると開けたまぶたの隙間から白い光が飛び込んできて思わず顔をしかめる、眉間の辺りに鈍い痛みがはしって、眠気に溶けた意識が一瞬揺らいだ。あくびをした拍子に目尻に浮かんだ涙を拭おうと自分の腕を動かしてみて・・・ようやく、彼はその異物に気付く。
「
―――・・あ? なんだコレ」
それはどこからどう見ても たまご だった。完全な球形ではなく、ゆるやかに細くなっているのとでっぷりと丸くなっている部分とが、美しいまでの比率で共存している見事なたまご型。ただ明らかにおかしいのはその大きさで、ちょうど新八のてのひらよりも一回りほど大きいそれ。とてもじゃないが冷蔵庫の扉のところにあるたまごをセットする穴にははまりそうにない。ミルクをたっぷり注いだ紅茶のような淡いクリーム色に陶器のようなすべやかさを持ち合わせたたまご。ジャンプ換算二冊以上三冊未満ほどの重量があるそれが、布団に丸くなった銀時の腕の中に抱きかかえられている。
「・・・・新八ィ、銀ちゃんはいつの間に雌鳥になったアルか?」
「・・・・僕、たまごを生む男の人ってはじめて見ました」
「オイィイイイ、なんで俺が生んだことになってんの、そんなことあるわけないでしょーが!」
咄嗟に布団の上に跳ね起きた銀時、その膝の上にあるたまごを覗き込むように神楽がしゃがみこむ。
「わぁ、なんかあったかいアル」
「・・・本当だ。銀さんこれ、もしかして生きてるんじゃないですか?」
銀時の膝の上からひょいっと抱き上げた神楽が、耳をそっとたまごに寄せる。そうしてフッとまぶたを閉じた彼女はやがて、「・・・・音が聞こえるネ」 と小さく呟いた。“もしかして、生きているかもしれない” 新八の言葉を立証するかのような神楽の言葉に眉根を寄せたのは銀時だが、手元に戻ってきたたまごの温かさがその重みと共にてのひらにあまりに馴染むものだから否定の言葉を紡げなくなる。そんなバカな、だがしかし
――、
「・・・・・・・・・あ。」
「銀ちゃん?」
「あー・・ちょっと待って、なんか今思い出せそうな感じが・・・・・・、」
novel / next
まさかのたまご編開幕。・・誰かフォロ方呼んでこい。