Sakata-ke
:4-3
――・・行き交う人々の好奇の視線がわずらわしい。通り過ぎざまおどろいたような顔をして土方を、正確に言えば土方の頭頂部をチラチラみやり、通り過ぎたあとでもう一度振り返ってこちらを見ているらしい雰囲気がびしびし伝わってくる、腰の刀を抜いて今すぐそれらすべてを叩き斬ってやりたいところだ。
「土方さん、そんな怖い顔しなくてもいいじゃありやせんかィ。見てくだせェ、ガキが土方さん見て逃げ出していきやすぜ」
「・・そうか、俺には爆笑しながら親に報告しにいってるクソガキにしか見えねェがな」
「そらァ自意識過剰ってもんですぜ。奴らは土方さんじゃなくて、土方さんの頭の上にいるチビ見てるんでさァ」
どうやら土方は、その見慣れない生きものに懐かれたらしかった。頬を伝っていたなみだを自身の着物の袖で拭ったチビは指の間から土方を見上げ、にぱっと笑う。その予想外の反応に呆気に取られているあいだにチビはするりと手の中から抜け出し、そして当たり前のように土方の頭の上にこてんと座った。髪の一束をにぎったそのチビはそこから移動する気配がない、先のように服の中をもぞもぞ動き回られるよりはマシだが、鬼の副長と恐れられる土方の頭の上に、ポケットサイズのチビ・・・人目を引かないはずがなかった。
「総悟、お前のペットなんじゃなかったのか」
「・・今でもそのつもりなんですがねィ」
土方の半歩前を歩いていた沖田が首だけで振り返ると、バッという音を立てようかという勢いでそのチビ助は顔を背ける。無理やりにでもそのいかにも狭そうな視界に割り込んでやろうと沖田が動けば、チビ助も動く。そのやり取りを一番近くで、というか目の前で繰り広げられる土方にしてみれば鬱陶しいとため息のひとつでもついてやりたいところだが、当の本人たちは結構マジだった。眉目秀麗な沖田のこめかみにはうっすらと青筋が浮かび上がっている、きゅっとくちびるを結んだチビ助は額に汗をかいていた。
「・・・・・・いい度胸してまさァ。ご主人様の手ェ噛むペットにゃ、お仕置きが必要ってなァ・・」
ゆらり。赤みを帯びた沖田の瞳が剣呑を帯びる、くんっと吊り上げられた口の端からのぞいた舌が下唇を舐めた。まさしく言葉通りの 舌なめずり である、死にかけのネズミをいたぶる猫とはなるほどこんな顔をしているのかもしれないと土方は頬を引きつらせ、彼の頭の上のチビは掴みなおされた虫取り網に顔色を青ざめさせた。今度掴まったらきっと殺される。チビのそんな声にならない悲鳴が聞こえた気がして、土方はザッと一歩ずり下がる、というかこの立ち位置だと間違いなく巻き添えを食う。
「・・なんで逃げるんですかィ、土方さん。じっとしといてくだせェ」
「いや、わかった、待て総悟。コイツは渡すからちょっと待て、」
土方の手がチビを捕まえようとしたときだった。
「大体、をパチンコなんかに連れてこうとする時点で腐ってるアル」
「・・・・・・・だから何度も言ってんだろ、連れてくとなんか勝てんだよ」
「それでも普通そんなことしないネ、股のあいだにある無駄な玉と一緒に腐り落ちてしまうヨロシ」
「・・・言っとくが、お前が今食ってる酢昆布もパチンコの景品だからな」
「酢昆布には何の罪もないアル」
のしのしと地を踏みしめる定春の背にまたがった神楽の小言は、もうそろそろ三時間目に突入する。もともとそれほど充実したボキャブラリーのある神楽ではない、二度目三度目になる言葉も増えてきた。しかしそれでも神楽の口は止まらない、表情に浮かんでいる焦りが怒りに変換されて、もうすぐ手や足が飛んでくることだろう・・・銀時は気付かれないよう細心の注意を払いながらため息をつく。
をパチンコ屋に連れて行くと、なんか勝てる。その嘘のような法則性に気付いたのはつい最近だ、じゃらじゃらとバカみたいにパチンコ玉を吐き出し続けていたそれが、次の日になると前日の不手際を解消するかのように弾けば弾くほどパチンコ玉を飲み込んでいく。台は一緒なのにも関わらずだ、打ち方が変わったわけでもない
―――・・では、どうして? どれだけ捻っても玉をはじき出さなくなった台に舌打ちをくれた銀時は、ケツのポケットに捻じ込んだ財布に手を伸ばしたとき気がついた。そうだ、昨日はをつれてきていた。店内の馬鹿でかいBGMやじゃらじゃらというけたたましい音に目を丸くした妖精を懐にしのばせ、空いている左手でをあやしながらぼんやり玉を打っていたらキタのだ、ここ久しく見なかった 大当たり が。
それからというもの小うるさい新八やなにかにつけてを連れ出そうとする神楽の目をかいくぐり、妖精をつれて銀時はいそいそとパチンコ屋に足を運んでいた、願掛けとしての意味合いもかなり強い。始めのころは店内にこだまする爆音と、知らない人間ばかりの空間にびくびくするばかりで銀時の懐に小さくなっていただったが、最近ではだんだんと慣れはじめたらしく、ケースに積み上げられていくパチンコ玉でひとり遊びをしてみたり、床に転がっていたそれを拾ってきてみたりとそれなりに楽しんでいるようで、銀時としては 高笑いが止まらな・・・いやいや、微笑ましい限りだと、今日も今日とて玉を弾き続けていたのだが。
「はいキタキタキター!今日もリーチきたよこれ、あ、兄ちゃんこの機種のリーチってさ・・・・・・、」
体を半分ひねるようにスタッフの兄ちゃんを振り返った銀時は、信じられないものを見た。人の出入り激しいパチンコ屋の自動ドアは一度タッチしないと開かないやつだ、がひとりでぽてぽてあたりを見て回るようになった時点でそのボタンには触れないようにとよくよく言い聞かせてある。だからこそ、銀時はこれまでほとんど気兼ねなくケースを積み上げていくことができていたのだが、今日は話が違った。コロコロと床を転がっていく銀色の玉、それをとことこ追いかける小さな妖精、出入り口の辺りでわずかに傾斜でもついているのか外へ向かって転がっていくそれを追いかけるは脇目もふらない
――最高に運が悪かったのはそのときちょうど外に出る客がいたことで、さらに言うなら銀時の手元に大当たりのチャンスが到来していたことだった。・・刹那の逡巡、スタッフの兄ちゃんの手を引っ掴んで 「ちょ、すぐ戻ってくるからお前やってろ!」 と言い残した銀時が店の外に駆け出したときには、の姿は忽然と消えていた。
「・・・・おいおい、ヤベーんじゃねェのコレ・・」
パニックになったがどこかへふらふら飛んでいってしまったか。・・それとも道行く変態に取っ捕まって連れて行かれたか、犬猫や鳥の類に運ばれてしまったか・・・・・頭をかけめぐった様々な考えに銀時は舌打ちをくれる、どいつもこいつも血の気の引く音が聞こえてきそうなものばかりだ。がしがしと後ろ頭をかいた銀時は店内へ踵を返す、気分はもはやパチンコなどではな
―――・・「すいません旦那、玉ァ全部すっちまいました」
万事屋に連絡して、駆けつけてきたのは神楽と定春だった。銀ちゃーん!、と大きな声をあげながら駆け寄ってくるのはいいが、明らかに狙いを定めスピードを上げて突っ込んでくるのはいただけない、ただそれを甘んじて受けるあたり銀時も負い目を感じてはいたのだが。もしかして帰ってくるかもしれないから万事屋に残って待っている、という英断を下した新八はほとんど泣きそうだったという、というか泣いていたという。帰ったら血祭りに上げられること間違いなしだ、今後一週間・・いや下手をするとこの先一ヶ月分のお風呂当番をすっ飛ばされる可能性すらある。万事屋において “をお風呂に入れてあげる権利” はかなり重要度の高い権利として売買されていた。
「ー、どーこだぁああ? 出てこーい、銀さんはここだぞー!」
「どこアルかー? 早く一緒にかえろうヨ、新八も待ってるネ!」
ぽすっ。そんな乾いた音と共に、銀時の後ろ頭になにかがぶつかったような・・・、
「「!」」
銀時の後ろ頭にぎゅうぎゅうとしがみついているのはだった、手のひらに掬い上げた小さなぬくもりをこの期に及んで見間違うことなどありえない。両腕をこちらにむかって精一杯伸ばしているの黒々とした瞳がふるりと揺れる、引き結ばれたくちびるが小さく震えた。銀時は奥歯をぐっと噛み締める、こんなチビにそんな顔をさせているのは誰でもない自分なのだという苦い自覚が、圧倒的な力で気道をぎゅうと押しつぶす。
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