Vitamin X :01

We are Super Supriment Boys



▼ 本作品をご覧になる上での注意


―――ピンポーン
玄関のインターホンが鳴り響いたのは、昼食を終えたが使い終わったグラスと食器を流し台に運んでいる最中だった。平均よりもいくらか背丈が伸びているとはいえ、小学三年生のの身に流し台はまだ高すぎる、保護者の友人が作ってくれた台に乗って手にしていた食器を無事片付けたは、「オレ出てくる!」 という言葉を残すや否や玄関に向かって駆け出した。「新聞屋さんだったら適当に追い返してくださいねー」 という保護者の声を背中に聞きながら、はそろそろと玄関の戸を開ける。

「はじめまして、こんにちは」

頭の上からやわらかく降ってくる声を、はきもちいいと思った。子どもながらに、このおねえさんは “あなたのしあわせを祈らせてください” とか突然言い出す人じゃないだろうと理解する。膝に手を当ててこちらをそっとのぞきこむ優しい瞳を見上げ、やがてはにぱっと笑顔を返した。保護者であるジェイドのものより明るみを帯びた色の髪が肩からスルリと流れ、はその様子にキラキラと目を輝かせる。

「えっと、お母さんかお父さんは 「おねえさん、きれいですね!」
―――・・え?」
「あの、オレ、っていいます。おねえさん、名前なんていうんですか?」
「は、葉月・・です」
「はづきさん! ・・あの、もしよかったら、はづきおねえちゃんって呼んでも 「あなたは少し黙っていなさい、

襟首をつかまれ、それこそ猫の子のように片腕にぶら下げられたは ぐえっ と小さく呻いた、手足をばたつかせて抵抗するも地面が一向に近くならないことを悟って動きを止める。むっすぅ、と唇をへの字に曲げてみても、にこやかに会話を続けているジェイドの目には映らない、はづきさんの目にも映らない。・・つまらなすぎる、ぜったいジェイドにおいしーとこ持ってかれた。眉間に皺を寄せぶすっと頬を膨らませるはそのときようやく、自分とジェイドと葉月以外の人間の存在に気付く。

彼は、葉月の足にくっつくようにしてスカートの影に身を縮こまらせていた。おねえさんと同じはちみつ色の髪、透き通った瞳をいかにも眠たそうにとろけさせながらも、こちらをおどおどビクビク見上げている。と目が合ったことに気付くや否やスカートの影に隠れてしまう様子は、まるでハムスターやリスの類のようだった。の興味がそちらへ矛先を向けるのにそう時間はかからない、新しいおもちゃを見つけた、と言わんばかりの満面の笑みを披露して食い入るように彼を見つめる。

、いい加減になさい。怖がらせてどうするんです」
「え、オレ怖がられてんの!?」

片手にぶら下がったまま、首だけを動かしたは目を丸くしてジェイドを見上げた。怖がらせるつもりなんかこれっぽっちだってない、キレーな髪だなとか色白いなーとかなんでそんな眠そうなんだろーとか、聞きたいことなら山ほどあるのだ。怖がらせている暇なんかない。

「なぁ、名前は? なんていうの?」
「・・・・・・・・っ」

おねえさんの影にまた隠れてしまった彼を不思議そうに見つめ、はきゅっと眉根を寄せる。名前を聞いただけだ、別になにも怖がらせるようなことなどしていない。・・ようやく地面に降ろしてもらったは、上に引っ張り上げられたせいで変になった服を適当極まりなく直した、さっきからずっと背中がべろんと外気に触れていたのだが、それはさすがに心許ない。そうして服を直したはもう一度、隠れてしまった彼に向かって同じセリフを繰り返す。

「・・ほら瑞希、あなたもあいさつしなさい?」
「・・・・・・・・・・・・」

唇を引き結び、喉の奥でならす “んー” という掠れた声、というか音だけが聞こえる。は特別表情を変えることもなく葉月を見上げ、

「・・・みずき、ってゆーの?」
「ええ。・・ごめんなさいね、この子ちょっと人見知りが激しくて・・、」
「・・・・・・・・・・・人目突き?」
「何ですかその物騒な単語は。 “人見知り” 恥ずかしがり屋ってことですよ」

ジェイドの説明にふーん、と興味なさそうに呟いたはそのまま彼に向かって顔を寄せた。「・・・・わっ」 という小さな悲鳴に気付いているのかいないのか、はそのままの姿勢でにたりと笑う。

「オレ、。みずきの名前は?」
「・・・・・・・いま、みずきって・・呼んだ」
「みずきの口から聞きたいの。・・名前は?」

きゅうううっと首をすくめて体を小さくした彼は、何度か口をぱくぱくと動かし、スカートの裾を握り締めた手により強く力をこめ、困ったように姉を見上げた。うっすらと涙の膜に覆われた瞳が 「助けて」 と如実に告げている。・・はっきり言って可愛らしすぎる、なんだこのワンコ。問答無用で条件反射でよしよししたい衝動に襲われたのは追い詰めていると実の姉たる葉月の二人だ、の保護者はそれ以外の子どもに関心の “か” の字も抱かない。

「・・・・斑目瑞希・・」
「まだらめ、みずき?」
「・・うん、そう」
「じゃあ、みずきって呼ぶな!」
「・・・・・・・・・・勝手に、決めてる」
「なんだよ、ダメなのかよ」
「・・・別に、いいけど」
「オレはだからな」
「・・・・・さっき、聞いた」
「ちがうよ、オレのことはそう呼べってこと!」
「・・・・・・・・なんで?」
「は? ゆっとくけど、きょひけんねーぞ」
「違う、そうじゃない。・・・・・なんで、“オレ”?」

は、驚いたようにぱくっと目を丸くした。淡々と紡がれる瑞希の言葉を飲み込むように聞いている。

「・・、女の子。・・・・・・個性? それともそっち系の、「ええっ、男の子・・じゃないんですか・・・!?」

いかにも生意気そうな目鼻立ちに薄いくちびる、ひょろりと伸びた背丈も瑞希とほとんど変わらないははっきり言って男の子にしか見えない、髪も瑞希のほうが長いくらいだ。騙そうと思ってしているのとは違うだけに振る舞う態度は悪ガキそのもの、この言動であんな容姿なのだから初対面で女だと見抜かれるほうがよほど珍しい。ちなみにのタイプは年上のおねえさんだ、態度がわかりやすく違う。

「スゲーなお前、一発で女だってわかるのハジメくらいかと思ってた」
「・・・トゲーが、教えてくれた」

きょとりと首を傾げるの前、スルスルと瑞希の肩や腕を伝って姿を現したのは真っ白のトカゲである。クケーッ、と甲高い鳴き声を上げるトゲーを前に、は食い入るようにその小さな生きものを見つめた。彼女はもちろん、瑞希がその様子を何かを見定めるように、推し量るように見つめていたことや、彼の姉が心配そうに見遣っていることにも気付かない。無邪気で貪欲な好奇心は、ただひたすらに見たこともないはじめての生き物に注がれている。

「・・・・・さ、」
「・・・?」
「さわっちゃ、ダメ・・・・・?」

瑞希が自分の咄嗟の行動に気付いたのは、いかにも恨みがましい目と鉢合わせてからだった。

「・・・ダメ。トゲーは、ぼくの」
「えええっ、いいじゃんちょっとくらい!」
「だめ」
「・・・・っけち!」

ぷうっと不満そうに膨らむほっぺたに知らんぷりをして瑞希は視線をトゲーに落とす。なんだか、変な子だね。トゲーは瑞希のその言葉を理解したかのように小さく鳴いた、自分たちに対してこんなに物怖じしないのは初めてだ。――おとなりには同い年の子が住んでいるらしい、という姉からの情報は、瑞希にとって厄介で鬱陶しいもの以外の何物でもなかった、どうせ仲良くなんかなれっこないし、特別なりたいとも思わない。けれど、姉に心配をかけるのも、迷惑をかけるのもいやだったから今日はこうやってついてきた・・・・・・まさかここで、自分よりもずっとずっと変わっている子に出会うことになるとは思いもしなかったが。

「なァ、みずき!」
「・・・・ん、なに?」
「ほら、遊びいこーぜ!」

ずいっと差し出された手のひら――瑞希はその手、の、服の袖をキュッとつかむ。それでも尚、こちらに向けられるにやんとした笑みに釣られるように瑞希は一歩を踏み出し・・・・・・・・五分後に全力で後悔した。公園を占領する六年生男子の集団にケンカの叩き売りを始めたの三歩うしろで、斑目瑞希の受難はまだ始まったばかりである。


allegramente


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allegramente ... アレグラメンテ (伊) / 快活に、活発に(曲想)
writing date  090610   up date  090613
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