Vitamin X :02
We are Super Supriment Boys
「はじめまして、瑞希くん」
新しい小学校、新しい先生、新しい友達
――まったく新しい環境に飛び込もうとする最中にあっても、瑞希の世界は揺らがない。これまでに何度も転校を繰り返してきたせいで、転入生という立場に慣れてしまったこともある。けれど一番大きな要因は、瑞希がそれらすべてを諦めてしまっているせいだった。どこに行こうと大して変わらない、どんな場所でもおんなじ・・・・・今は遠くはなれてしまっているとしても、聡明な両親がいて、近くに優しい姉がいて、トゲーがいる。僕には、これだけあればいい。
――昏々と眠り続ける瑞希に、外界に対する興味は薄い。
「私は三年E組の担任で、南悠里といいます! 瑞希くんの担任の先生っていうことになるから、よろしくね!」
「・・・・・・・・・・・」
「ClassX・・あ、いや、3−Eは少し、・・かなり、いやものすっごく個性的なクラスだから、きっと瑞希くんもすぐ馴染めると思うわ!」
「・・・・・・・・・・・・・」
どちらかというと、馴染みにくいんじゃないだろうかと思った。
「わからないことがあったり、困ったことがあったら先生に何でも言ってね? 瑞希くんの力になれるように、先生も一生懸命がんばるから」
「・・・・・・うん、」
本当は、返事をするつもりはなかった。これまで転校する先々で出会った “先生” という生きものは、口先でばかりいいことを言って、結局なんにもしてくれない人たちばかりだったから。「なんでも言ってね」 とか 「頼りにしてね」 とかいう言葉の裏にある大人の本音を、瑞希は幼いながらに理解してしまう。年齢に不相応な理解力は彼を苦しめ、・・けれどそれは、次の一歩を踏み出す原動力になりうることも確かだった。この 南先生 からはどうしてだか、声に聞こえたとおりの言葉しか聞こえてこない。
――・・どうして、だろう。瑞希は左胸のポケットに丸くなっている彼の親友を服の上からそっと撫でる、その聞きなれた鳴き声にホッとした。
「・・あら? いま瑞希くん、何か言った?」
「・・・・・・なんにも」
「そう? 何か聞こえたような気がしたんだけど・・・・あ、瑞希くん、ここがこれから一緒に勉強することになる3−Eよ!」
・・・・・・・・・怒鳴り声と笑い声と叫び声と机のひっくり返るようなけたたましい音と教科書が宙を飛んでいるような音と・・、とにかくありとあらゆる騒音が教室の窓やドアをビリビリ震わせている。・・なるほど、がっきゅうほうかいってこういうことか。一人静かに納得した瑞希の隣で、その小さな肩を震わせるのは担任の南である。ブチンッ、という何かがちぎれたような音に瑞希は顔を上げる、視界にはドアの前に仁王立ちしてくちびるをわななかせている南先生。・・瑞希はそっと、自信の両耳を両手で押さえた。
「こらぁ
――ッ! あなたたち朝から何やってるの! ああもうっ、みんな珍しくそろってるかと思ったら、どうしてこんなことになってるのよっ」
「あ、せんせーおはよー!」
「おはよう・・じゃ、な
――い! ちゃんその服瞬くんのでしょ、はやく返してあげなさい!」
「えー、でもマントみたいでかっこいくね?」
「瞬くんが教室の隅で震えてるわよ! 清春くんは水鉄砲を置く、これ以上やったら瞬くん本当に風邪引いちゃうから!」
「キシシシッ、べっつにだいじょぶじゃね? なんとかはカゼ引かねェって言うんダロ?」
「仙道、きさまぁあああッ」
「ほら瞬くん、先に服着て! それから翼くん、学校の備品を勝手に変えるのはやめなさいって何度言ったらわかるの!」
「ハーッハッハッハッ! 担任、このカーテンに気がつくとは・・さすがだな」
「どこの世界にシルクのカーテンをぶら下げた小学校がありますか! 一くんもベランダでスズメさんとお話するのはそのくらいにして、いい加減教室に戻りなさぁーい!」
「なんだよ先生、せっかく今いいとこだったのにー」
「うわーん、今日はセンセ、朝からポペラこわいよぉおおお!」
「悟郎くんに言ったわけじゃないから、ね、お願い、泣き止んで?」
「むぅ、ゴロちゃんって呼んでくれないと返事しないもんねっ!」
「・・っもう、なんでもいいから、はやく席に着きなさーい!」
――・・帰りたい。瑞希は一も二もなくそう思った、これまでにも何度か “個性的” と呼ぶにふさわしいクラスや生徒に出会ってきたつもりだったが、今やそれらすべてをひっくるめて 没個性的 といわざるを得ない。瑞希は新しいクラスでうまくやっていきたいとはサラサラ思っていなかったが、平和に過ごしたいとは思っていた。既に出来上がっているであろうクラスの輪を壊すつもりはない、それに入ろうとするつもりもないから、僕のことは放っておいて欲しい・・瑞希の切なる願いは、教室に一歩を踏み入れるより先に粉々に砕け散る。元々平和ではない場所に入っていって、穏やかに過ごせるわけがない。・・・逃げちゃおうか、瑞希の小さな呟きに、胸ポケットのトゲーが驚いたように鳴く。え、今さら?ここまで来て? トゲーの言葉に瑞希は力強くうなずく、先生に名前を呼ばれるまえにここから逃げてしまえば、とりあえず今日は平和に過ごせるかもしれない、姉に不平を訴えればクラスを変えてもらえるかもしれない。瑞希はいつになく本気で、しかも必死だった。
そろり、と一歩後ろに下がった瑞希が、廊下を駆け出そうとするその一瞬前。
「今日はみんなに新しいお友達を紹介します!
―――入ってきてくれるかな?」
「・・ぁ? あたらしいお友だちィー? ンだそりゃ、オレ様ンな事きいてねーぞっ」
椅子に座って五分もじっとしていられない清春は、軽い身のこなしでぴょんと机の上に座り込んだ。そして彼の前の席にすわるの首にぶらつかせていた足を絡ませ、「うりゃッ」 というかけ声と共に膝裏で挟み込むようにして実に器用なバックドロップを決める。技をかけた清春自身、慣れない足技で力加減が出来ないのだろう、「ギブ!」 ということすらできずに顔をどんどん青くしていくを見るに見かねた一が、そこでようやく声をかけた。
「・・・・・おいキヨハル、それ以上やると死んじまうから」
「ンだァ? ナギ、お前なに言って・・ってうーわ、お前スッゲェ気持ちわりィカオになってンぞ、」
「・・だれのせいだと思ってんだよ、キヨハルこんにゃろ!」
がばっとうしろを振り返ったがこぶしを握る。そこで大抵の場合は一が二人を宥めにかかるか、瞬が宥めにかかろうとして清春の新たな獲物になるかの二者択一なのだが、この日は違った。真壁翼は基本的に目立ちたがりで、新しいものに対する好奇心が人一倍強く、プライドの高さもまったくもって以下同文。新しい classmate、friends、つまりこのクラスの人気者 star でありそしての lover たる自分の立場を揺るがしかねない irregular の登場に彼の気が急くのも致し方あるまい。転校生の存在を歯牙にもかけず、いつもと同じように騒ぎ立てる彼らに、翼の怒りは臨界点を突破した。
「Shit up! いいかげんにしろお前ら、Be quiet! どうしてそうお前らはいつもいつもいつもいつもさわがしいんだ、少しはこの俺をみならって静かにしていろっ!」
いや、お前にだけは言われたくねェよ。翼の我が身を省みぬ暴言に冷静さを取り戻したは、きちんと黒板に向き直り、そして、
「はい、じゃあみんなに自己紹介してもら 「ああっ、みずき、みずきだろっ!? やった、同じクラスじゃん!」
―――瑞希の安寧であるはずだった学校生活を、完膚なきまでに叩きのめしたのだった。
ad lib.
novel / next
ad lib. ... アド・リブ (ラ) / 自由に(曲想)
writing date 090611 up date 090613
ドラマCDを聞いてからこっち、翼に対する印象が360度変わりました<TSUKKOMI!