Vitamin X :03

We are Super Supriment Boys



スゥ、と息を吸い込んだそのタイミングで投げかけられた、というか投げつけられた言葉に瑞希はひくりと喉を引きつらせ、呼吸を飲み込んでしまう。予想外の事態にかたまってしまった瑞希はしかし、その動揺をほとんどの人間に悟られなかった。今の今まで彼に集中していたクラス中の好奇の視線はいまやが一手に担っている、反射的に椅子から立ち上がったは満面の笑みで、数十メートル離れたところにいる友人にするように大きく手を振り回していた。

「あら? ちゃん、瑞希くんのこと知ってるの?」
「うん、だって家となりだもん。最近ひっこしてきて、いっしょにあそんだ! な、みずき!」
「・・・・・・・・・・・・・」

津波のように一気に押し寄せる視線の中で、瑞希はこくりとうなずく。

「えーと・・出鼻思いっきり挫かれちゃったけど、自己紹介してくれる? 瑞希くん」
「・・・・・・斑目、瑞希・・です。・・よろしく・・・・」
「よろしくなっ、みずき!」

にこにこ心底うれしそうに笑うが瑞希には理解できない、なにがそんなに嬉しいのだろう。同じ時間を近くの場所で過ごした、ということを “一緒に遊んだ” とするのなら確かにこの週末は 一緒に遊んだ ことになるのだろうが、別に一緒に鬼ごっこをしたわけでもゲームをしたわけでもない。六年男子の集団に食って掛かっていくの後姿をぼんやり眺め、二人ぶっ飛ばしたところで勝機なしと判断したのかスタコラ逃げ出すのを黙って追いかけ、ほっぺたにできたケガの手当てをしてやり、どうしてだかの保護者の説教を一緒に聞かされる羽目になったというのが事の真相だ。あれの一体どこがそんなに楽しかったのだろう。

「えーっ、なになに? それじゃ、ゴロちゃんが電話してもポペラ出てくれなかったのって、みずきとあそんでたからぁ?」
「あれ、ゴローうちに電話したの?」
「どーせまた六年生あいてにケンカしてたんでしょー? みずきはケガしなかったぁ?」
「・・・・・・え・・あ、うん・・だいじょう ぶ」
「まったく・・いつまでたっても子どもだな、は」
「シュンうるさい。大体、がっこにマント着てくるヤツに言われたくないし」
「だからこれはマントではないと何度言ったら・・!」
「あーもーお前らその辺にしとけよ。ツバサがまーたプルプルしはじめた」

「永田、永田ぁああああっ!」

雷が落ちたような翼の一喝、語尾の 「ああああ」 が消えるよりはやく翼の二歩下がったところに、どこからともなく現れたのは秘書の永田である。「ここに控えております、翼さま」 と囁くように言葉を唱える忍者・・もとい永田は、あっけらかんと笑うをチラリと一瞥すると胸の中で小さくため息をついた。まったく、我が主もとんだ相手にどうにも叶いそうにない恋心を抱いたものである。フォローするのはこちらなのですが、と既にアフターケアする気でいるあたり永田も大概酷い。

「あ、あのみずきとかいうヤツが、のとなりにひっこしてきたというのは本当か!?」
「残念ながら本当のことでございます、翼さま」
「なんだと・・っ? ということは、ショミンの残念な住宅事情により二階の向かい合った互いの部屋は entrance を介さずとも窓からそのまま行き来できたり、朝寝坊したりするとがそこから入ってきて Good morning!のあいさつや目覚めの Kiss をしてくれたりするということか・・!?」
「翼さま、それはジャパニーズアニメやテレビゲームのやり過ぎによる妄想にございます」

第一、と瑞希の自宅はマンションである。

「えーと、それじゃあ瑞希くんの席だけど・・」
「はいはいはーい! せんせ、みずきはオレのとなりで決まり!」

にぱっと夏の太陽の下で咲くひまわりのような笑顔をみせるに、南は少し困った顔をする。は確かに上級生にケンカの叩き売りに行くほど溌剌でやんちゃで無鉄砲な子だが、面倒見もよくクラスの中心的な役割の担い手である。そのに少し風変わりな転校生を任せるのは早くクラスに馴染んでもらうといった意味でも最適なのだが、如何せん彼女の両隣はすでに埋まっている。

「うーん、折角だから私もちゃんにお世話をお願いしたいところだけど、お隣は翼くんと一くんがもういるし・・」
「だいじょぶ! ツバサがあっち行くから!」
「What!? 、いまお前何といった!?」
「“だいじょぶ! ツバサがあっち行くから!”」
「そういう意味で言ったんじゃない、このバカ!」

一は知っている、ツバサが今の席・・の隣を射止めるために、クラスの人間を担任と以外すべて買収した事実を。高性能巨大ウォーターガンで買収された清春は知っている、にケガをさせた上級生が今後どのような末路を辿るのかを。この先一か月分の給食デザート権で買収された瞬は知っている、最近度が過ぎてきたせいか翼がの保護者に 「ウロチョロと鬱陶しい子ネズミ」 呼ばわりされていることを。悟郎は知っている、翼のそんな想いは今も昔も現在進行形でずっとスルーされ続けていることを。

当の真壁・空回り・翼は必死だった、高々となりの席になるためにこれだけやっているのだから必死にもなる。家がとなり、というだけでも十分うらやましいというのに、席順までとなり! 加えてのこの 猫かわいがりモード 発動だ、みずきに向けられる笑顔の横顔が眩しすぎる。



「俺の席が見切れているだろうがぁあああ!」

「しょーがないじゃんツバサ、席がポペラッとはなれてるから写真に写りきらなかったんだもん」
「ッ大体どうしてこの俺が動かねばならんのだ、ハジメが動けばいいだろう!」
「にゃにゃーん、にゃにゃにゃーあ?」
「あきらめろ真壁、アニマルマスターモードの草なぎに俺たちの言葉は通じん」

どこからか迷い込んできたノラ猫と親しげに話をするハジメに今、人間の言葉は聞こえていない。ちなみに逆上した翼にもそれは同様で、先ほどから 「・・僕は別に、そっちの席でも・・いい」 と瑞希がぼそぼそ呟いているのに気がつきもしない。瑞希のその言葉を聞いていれば、いろいろ話をうまく転がせていけるだろうに・・・・・まだまだ甘いようですね、翼さま。永田はそっと嘆息する。

「もう、しょうがないなぁ! やり直せばいいんでしょっ、やり直せば!ゴロちゃんが ト・ク・ベ・ツ に、書き直してあげる!」
「たのんだぞ悟郎、この俺の Perfect!な立ち姿をフィルムにしっかりと焼き付けて・・・・・


・・・・・・・・・・・・永田、永田はいるか」
「はい、ここに」
「・・・・・・・・戦闘機と戦車を今すぐ用意させろ」
「はっ、かしこま 「れるわけないでしょう! とりあえず落ち着きなさい、翼くん!永田さんも、そんな簡単に了承しないでくださいっ」

悟郎が 「書き直す」 と言った時点でピンときてもよさそうなものを、ピンとくるどころか机に座ってノリノリでポーズまで取ってしまうあたりが翼の翼たる所以である。

「こ・・こ、ここ・・ッ」
「コケーッ、コッコッコッコッ、コケー!」
「Shit up ハジメ! 俺はいま、ほんとうに、心底腹が立っているんだ・・!」
「だぁってー、しょうがないじゃん本当のことなんだからぁ」

まぁ実際悟郎の言うとおりなのだが、クラスの集合写真を撮るときにちょうど欠席してしまい、丸く抜かれた首から上の写真が宙にポツリと浮いているのとどちらがマシかという扱われ方ではある。しかもクラス全員、買収された自覚があるだけ非常にいたたまれない。

「・・・僕は、あっちの席でもかまわな 「だめ!」

泣く泣く空席になったばかりの机の前に立ち、瑞希はのそりと言葉を紡ぐ。別に強がりでも遠慮でもなんでもない、自分がどこのどんな席になろうとどうでもいいからだ。第一、ここの席になることで係わり合いにならなくていいはずのトラブルにまで巻き込まれそうなこと請け合いだ、見るからにぐったりとうな垂れてしまったメガネの彼を視界の端に瑞希はそう言ったのだが、今度はが許さなかった。だぼっとした瑞希の服の袖をつかみ、強い口調で続ける。

「だめ、みずきはオレのとなり。・・・・・・いいだろ?」

――『あれからしばらく、翼さまを宥めすかして学校にお連れするのは本当に骨が折れました』 と、永田は後に神妙な顔で語った。


scherzando


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scherzando ... スケルツァンド / たわむれるように(曲想)
writing date  090612   up date  090613
瑞希が好きです、おバカな坊ちゃまも好きです。