Coupling Parody

:fairy story (2)



アレルヤが言うところによると、どうやら自分は言葉が足りなすぎるらしい。片方だけがふくらんだ自身のカーディガンを見下ろし、ティエリアは大きなため息をつき―――つこうとして、それを寸前で飲み込んだ。普段ならポケットの口の部分からひょっこり顔をのぞかせてきょときょとと周囲を見回し、いくらやめろと言っても聞きやしないくせに。どうやら小さな膝をその小さな腕でぎゅうと抱え込んでいるらしい彼の妖精は、双子の家から出て10分が経っても顔を見せようとしない。このまま家に戻ったら、帰り着いた途端、転がるように抜け出して最近ようやく買い与えた居住用ハロのなかに閉じこもるのだろう。

この居住用ハロ、通常はぱたぱた開け閉めしている耳?のような出入り口を、中に入った妖精が自分の意思で閉めてしまうと外からはほとんど絶対開けられなくなる。妖精のプライバシーを守るだかなんだか知らないが、まったく面倒な機能をつけてくれたものだ。もともとティエリアが妖精の間でとても流行っている居住用ハロをに買い与えなかったのはその機能があるからなのだが(居住用ハロの中に閉じこもった刹那を相手に、数時間におよぶ説得の末ようやく開いたと思ったら、したたかに額を打ち付けたと語ったロックオンの姿はあまりに印象的過ぎた)、その時まだ未修得だったフーリエ変換をマスターしたら買ってくれ、という妖精の懇願にはさすがのティエリアもうなずかないわけにはいかず、けれどやはりハロの機能は忌々しいことこの上ない。ティエリアはロックオンとは違って、ハロの中に閉じこもったに対して出てくるように説得することを知らない。前は一晩だった、その前は三日間だった――今回は一週間かもしれない。ティエリアは時間が経つのを待つことしかできない、けれど “待つ” という行為は大嫌いだ。

「・・・・・いいなぁ、ハレルヤ」

まるで、水面に波紋を広げるひとしずくの雨のような声音を、ティエリアは一週間がたった今でもはっきりと覚えている。月を欠いた夜の帳が、ビロードのように世界をやさしく包み込んでいた。ベッドサイドの明かりで小説の文字を追っていたティエリアの耳に滑り込む声は、すでに眠気に溶けはじめている。アレルヤにもらった(正確には 「きっとかわいいと思って」 という言葉とともに押し付けられた)パジャマを着たはいつものように、買い与えた妖精用のタオルケットでぐるぐる巻きになりながら、こてりこてりと舟を漕ぎはじめていた。結局ハロのなかで休まないのなら買ってやった意味がないと思うのだが、「だってティエリア、ほっといたらいつまでだって本読んでんじゃん」 とただでさえふっくりした頬を殊更に膨らませ、は昂然と言い放った。反駁できないのはひとえに自身の行動が原因だが、ティエリアには直す気などさらさらない。朝目覚めたとき、まるでコケシのような姿でぶっさいくな寝顔を晒す妖精を、頭上に広がる天井よりも先に視界に入れるのはティエリアにとって当たり前のことだ。

「・・なに?」
「はれるやがうらやましい、っていったんですー」

ふにゃふにゃと舌が回らなくなってきた、限界はもうすぐそこにあるらしい。睡眠時間など3時間あれば十分だと思っているティエリアと違い、は異常なまでに寝汚い。夜はティエリアよりも数時間早く就寝し、朝はほとんど眠ったまま食べる必要のない朝食を食べ、大学までの移動中もポケットのなかで爆睡している。調子さえ良ければ、寝ぼけたままでも習得した定理を用いてひとつの間違いもなく解を導くあたりが憎たらしい。パートナーの足りない睡眠時間を補うために、とは妖精本人の言葉だ。珍しく6時間以上の睡眠をとったときだってその寝汚さは普段と変わりないのだから、おそらくほとんど関係ないのだと思う。

「・・・・・・・・・・・」
「おんなじおおきさになれるんだもんなぁ」

す、と視線をくれてやった先で、彼の妖精はへにゃりと口元をだらしなく緩めた。迫りくる睡魔にいまにも意識を投げ出そうとする漆黒は、カーテンの隙間からのぞく夜空よりも深い闇の色をしている。ティエリアは、自分の妖精が何を考えているのかよくわからない。あれが、自分の真意をにやりと笑んだ表情の裏側に隠すのは、朝起きた時に 「おはよう」 を言うのと同じくらい普通で、あまりに普通すぎて、ティエリアはそれをしばしば忘れる。

―――・・邪魔だな、」

だからいつだって、が空を飛べなくなるのはティエリアにとって突然のことだ。知らないうちに飛べなくなり、能力を発揮できなくなる。の言葉を裏打ちする真意をティエリアは見抜けない、けれどそれはにだって言えることだ。ひとのことを素直じゃないだの天の邪鬼だのと散々言うくせに、いざそれを突きつけられるとあれは言葉の意味を途端に忘れる――今がいちばんベストなのだと告げる口など、ティエリアは持ち合わせていない。

「・・・・・・・・・・おやすみ、」

普段なら、眠気にまみれた舌足らずな口調で名前を呼ぶが、しかしこのときティエリアの名を呼ばなかった。そのことに気づいたときには妖精はもうすぴすぴと健やかすぎる寝息を立てていて、そして次の日、あれは唐突に飛べなくなった。



「着いたぞ」
「・・・・・・ん、」

もぞもぞとカーディガンのポケットから顔をのぞかせたはティエリアの手を借りることなく、けれどスルスルとカーディガンをよじのぼって机の上へと降り立った。さすがに力を失うことに慣れている、彼の妖精は代替手段を他とは比べ物にならないくらいたくさん知っていた。そのまま逃げるように立ち去ろうとする小さな存在の名前を呼ぶと、ぴしりと動きを止めたあれは首だけでこちらを振り返って胡乱な視線をくれる。

「な、なんだよ・・」
「どこへ行くつもりだ」
「・・・・・・・・・・・」
「昼間だれかがいないおかげで、終わらなかった課題が山積みだ」

性別を間違えられることが少なくない妖精は、切れ長の目をすぅと細めて眉間に薄いしわを刻む。一見すると至極不機嫌そうに見えるその表情は、こちらの意図を訝ってのことだ。

「・・・いたってどーせ意味ないもん。電卓使えばいいじゃん」
「どこの世界にアッカーマン関数を処理できる電卓がある」
「・・・・・・・・・・・」
「早くしろ、提出期限は明日だ」

妖精の表情が奇妙にゆがむ。眉根を寄せ、くちびるを歪に引き結んでぎゅっと拳を握る姿は、今にも泣き出す子どものように見えた。ティエリアが物心ついたころ、平均よりもずっとはやく能力を手にしたあれはもうすでに今とほとんど変わらない姿まで成長していたから、子どもの頃の姿など知らないはずなのに。しばらくするうち、あれの成長は極めてゆるやかになり、そしていつのまにかティエリアはの成長度を超えた。・・あれがそんな表情を零すことに気がついたのは、ちょうどその頃だったと思う。

「・・・・・知らないからな。自分で全然計算しないうちに、九九忘れても」
「フン、お前こそラムダ計算をかじってプログラミングに領域を広げるのは勝手だが、日常会話を忘れるなよ」

アレルヤが言うところによると、どうやら自分は言葉が足りなすぎるらしい。しかしだからといって 「はい、そうですか」 と改めることができるほどティエリアは素直な人間ではなかったが、周囲が思っている以上に彼は自身の妖精のことをわかっていた。天の邪鬼と呼ばれるのは何も、自分ひとりに限った話ではない。

この減らず口、と忌々しそうに呟いた妖精は菓子受けのなかからチョコチップクッキーを選び出すとふわりと空中に舞い上がり、己の定位置にすべりこんだ。サク、という不吉な音にティエリアは聞こえないふりをする。


死が二人を別つまで


novel / next

120:死が二人を別つまで ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  08.09.05    up date  08.09.07
前回があんまりにもあんまりだったのでティエリアフォロー編・・・・・なにこのつんでれ。