Coupling Parody

:fairy story (3)



刹那と、パートナーを異にするこの二人の妖精はなぜか昔から仲がよかった。無口で表情の変化に乏しい刹那と、反射神経で言葉を口にする。見かけ上は年上に見えるが、刹那で砂糖菓子でもこしらえようとしているように見えるほど甘やかすのはおかしなことではないが、実際はロックオンのパートナーである刹那のほうが年上だし、居住用ハロのなかに閉じこもることはあっても飛べなくなるようなことはこれまでにほとんどなかった刹那と、何かにつけてしょっちゅう飛べなくなるとでは共通項はほとんど見られない。にもかかわらず、彼らは妙に気があった。・・刹那がいろいろなものを諦めてしまった結果と言い換えることもできる。

「いーなぁ刹那、移動用ハロ買ってもらったんだぁ・・・いいなぁ、うらやましいなぁ」

チラチラと向けられている漆黒のそれに気付きながら、あえてティエリアは無視を決め込む。移動用ハロというのは最近発売された、妖精用の移動ツールだ。多くの妖精はパートナーの近くにいれば有効範囲内を自由に飛ぶことができるが、中にはもちろん頭の上にいても飛べない妖精もいるし、そうじゃないとしても有効範囲は簡単に広げられるものではない。そんな妖精のために開発されたのがこの “移動用ハロ” で、それに乗ることで妖精は範囲外でもふわふわふよふよ移動することができるのだ。バッテリーやエネルギー変換率の向上により持続稼働時間がぐんぐん伸びている移動用ハロ、これを買う買わないについてティエリアとは、ふとしたときに互いに軽いプレッシャーを与え合うプチ冷戦状態に陥っていた。

「・・買ってもらったんじゃない、自分で買ったんだ」
「うんうん、ロックオンはやさしいもんなー」

お小遣いのほとんどすべてを菓子購入に費やすは、自身にとって都合の悪い刹那のセリフを見事なまでにスルーした。そういう風に言葉を捉えられることに慣れている刹那は諦めたようにため息をひとつつくと、菓子受けのなかからカントリーマアムを一枚引き抜き、両手で抱えながらかぷりと噛み付く。自分のこぶしと同じか、それよりも大きなチョコのかたまりに歯を立てた。妖精用の移動ツールが出回る世の中だ、もちろん彼らに適したサイズで作られている菓子は存在する。けれど彼女はそれに乗り換えようとしない。我関せずの態度でパソコンに向かっているティエリアの手が、当たり前のように菓子受けに伸びる・・・・当たり前だが、妖精用のお菓子は人間にとって小さすぎるのだ。

「なぁせっちゃん、やっぱりハロってあると便利?」
「・・・・・・・まぁ、それなりに」

・・あと、その呼び方をするな。刹那の言葉は、ぐりんと頭を動かしてティエリアを仰ぎ見たには届かなかった。その不自然な姿勢のままふよふよと浮かび上がったは、くるりと体を動かしてティエリアの手にしがみつく。ついでとばかりにその手にあった食べかけのクッキーを一口かじり、彼を見上げた。

「ほりゃ、いまのきいた? へんりなんらって!」
「・・・ものを食べながら喋るな、見苦しい」

まったくの正論だが、はそんなティエリアのセリフに表情を思い切り歪め、今度はへろへろと彼のティーカップに近寄った。口をもごもごさせながらティースプーンで慣れたように紅茶をすくい、そおっとくちびるを寄せ――・・、

「・・っ、あっづい!」

それが余程熱かったのか、悲鳴にも似た雄叫びをあげたは反射的にスプーンを投げ捨て、口を両手で押さえるとひくひくとその小さな体を震わせた。夜の底のような瞳の輪郭が、見る見るうちに涙で歪む。「・・てぃ、てぃえ り・・っ」 口の中にできたであろう火傷の痛みというよりは、予想もしていなかった衝撃のほうがまさって、もはや言葉にもならないらしいは目を白黒させてそれを更に滲ませながらティエリアを見上げる。――・・はぁああ、と重々しいため息をついたティエリアは、クッキーをかじりながら成り行きを静観していた刹那に視線をやった。

「・・・刹那・F・セイエイ、力を使わせてすまないが・・・・・」
「了解した」

ふうわりと浮かび上がった刹那はぶるぶる震えているの目前に降り立った。目だけで火傷した口を押さえている手をどけるように指示し、自身の手をかざす。は目の端に涙を浮かべながらも、ぱかっと口を開けた。―――刹那がス、と目を閉じる。かざしたてのひらからエメラルドグリーンの光があふれ出し、あたりをやわらかな色で包んだ。刹那の輪郭が淡い緑色に縁取られ、光の粒子が夜空におどる蛍のように宙を舞う。・・・・・しばらくの後、ゆっくりと刹那が目を開けるのと同調して、光の粒子が空気に溶けた。最後のひとつが音もなく消える頃には刹那を縁取っていた光も空気に溶け出し、残されたのは火傷のあとなど見られないの大口。

ロックオンの妖精である刹那の能力は、治癒能力だ。切り傷や擦り傷、火傷などの一般的な外傷にのみ有効な傷を癒す力。能力の如何がロックオンとの信頼関係に左右されるのはもちろん、ロックオンと刹那の間にある実際の距離にも反比例し、ロックオンの近くにいることで刹那は最大の治癒能力を発揮することができる。ただ、刹那の能力はひどく燃費が悪い。以前、偶然交通事故に出くわしたとき初めて刹那の治癒能力をフルに発揮することになったのだが、それから三日間は起きることすらままならなかったのだと、ロックオンはため息混じりに語った。

「刹那 ごめん、ありがとう。・・・・・疲れた?」
「いや、この程度なら問題ない」

確かに燃費はよくないが、口の中にできたちょっとした火傷を癒すくらいならどうということはない。表情を変えることなくこっくりとうなずいた刹那にはふわっと口元をほころばせる。「最近あたりだった新商品のお菓子、持ってくる」 とん、と軽く机を蹴って宙に飛び上がったがふよふよとキッチンに消えたのを見送って、刹那は静かに口を開いた。

「なぜ、買ってやらないんだ?」
「・・・・君も知っているだろう、あれの放浪癖を」

ティエリアが危惧しているのはそこだ、彼の妖精の妖精にあるまじき放浪癖。能力の有効範囲内であれば、なんとなくどのあたりにいるのかを掴むことができるし何より、あれが自由に飛びまわれる範囲などたかが知れている。問題は移動用ハロを買い与えていない現状で、すでにあれの行動の多くが範囲外にあることであり、一週間くらいなら平気で姿をくらますことだ。・・・・・・これであの移動ツールなど与えてみろ、もはや帰ってくる気がしない。

「・・あれがいなくても課題はこなせるが、いたほうが便利だからな」
「・・・・そうか」

「なになに、何の話してんのォオオッ、うわセーフ!」

―――・・何をしているんだ、こいつは。
そのときのティエリアと刹那の思考は一言一句、タイミングすら違わなかった。積み重ねた三個のチロルチョコ、ぐらぐらと揺れるそれを頭の上に重ねてバランスを取りながら、あっちへふらふらこっちへふらふら移動してくるティエリアの妖精。幼少の頃は、こんなのに面倒を見られていたのかと思うと情けなくて涙が出てくる。大体そんなものどうやって積み重ねたんだと聞いてやりたい、どうしてそういうわけの分からない方向にばかりやる気を見せるのだろう。眼鏡を押さえたてのひらの下で深いため息をついたティエリアはしかし、「うぉおおおう!?」 という耳をつんざく奇妙な声にハッと視線を上げた。ついにバランスを崩したらしいチロルチョコがの頭の上からバラバラとこぼれる、そちらにすべての意識を持っていかれたらしい妖精の体が重力に引っ張られて落下を始め、

「・・・・・さすがだな、ティエリア・アーデ」

ティエリアは咄嗟に腕を伸ばし、妖精の襟首をネズミでもつかむように捕らえていた。床に散らばったチロルチョコを拾い集めて戻ってきた刹那の、ごく純粋な気持ちで呟かれたセリフに青筋を浮かび上がらせる。すぅ、と息を吸い込む形のいい唇、反射的に両腕で頭を抱えて小さくなったはしかし、救世主の登場にぱぁっと表情をほころばせた。

「ロックオン!」
「おー・・・・・・・どした、お前またなんかやらかしたのか?」
「“また” ってなんだよ、失礼な!」

大学内でも見目麗しいと評判の美少年がその手にぶら下げている彼の妖精、自由奔放すぎるその妖精が “また” 何かしでかしたのだろうかと、ロックオンが疑う理由は十分すぎるほど揃っている。ぷう、とはわざとらしく頬を膨らませたが、彼女のパートナーは自身の人差し指と親指でそれをつぶした、タコのようにとがらせた口からぷしゅっと小さな音を立てて空気が逃げる。「なにすんだよっ、」 と吼えるや否や、指に噛み付こうとする妖精に食べかけのクッキーを突き出して行動を封じ、ティエリアは小さくため息をついた。――・・結局こいつらは、心配するだけ損をするのだ。

「・・・ロックオン、」
「おー刹那。それ、にもらったのか?」

まだ包みを開けていないチロルチョコ(きな粉餅)を両手で抱えた刹那は、ロックオンの肩の上に降り立つと、ゆるゆると波打つ栗毛色の髪をひと房にぎってこてんと座った。そこが刹那の定位置で、お気に入りだ。ロックオンの言葉にこっくりと大きくうなずいた刹那のほっぺたにチョコレートがついている、が決して欠かさないチョコチップクッキーでも頬張ったのだろう。フッと苦笑したロックオンは黒い手袋の尖端をわずかに噛んでそれを外し、指先でチョコを拭ってやった。

「ありがとな、。お礼に、そのハロしばらく貸してやろうか?」
「! ほんと!?」
「ロックオン・ストラトス!」
「前から乗ってみたいって言ってたからなぁ。いいだろ、刹那?」

刹那は、ぎろりと睨みつけてくる紫苑を視界に入れないようにしながら、こっくりとうなずく。――・・はしゃぎすぎたが、壁におもいきり衝突してたんこぶを作ったという話を聞くまであと三時間。


Oneiric


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060:Oneiric (夢見るような) ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(外国語編)
writing date  08.10.30    up date  08.10.30
調子に乗ってせっちゃん編、ホイミの使い手です。(一緒に考えてくれたみなさん、ありがとうございました!)