Special story

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―――・・はい、いいですよ。服着てください」

サラサラとカルテに文字を書きつける、今しがた上がってきたレントゲン写真と数値化された検査データを前にはふむと口元に手をやった。の目におもちゃのような丸椅子には、黒い隊服のボタンをちまちまとめる担当の患者・・山崎退が所在なさげに座っている。彼の担当になってからそこそこの月日が経過したというのに、こうして医者と患者という立場で相対したときの彼の緊張はなかなかほぐれにくいものであるらしい。ボタンをひとつ掛け間違えていることを教えてあげるべきだろうか。

「今日、土方さんは?」
「あ、診察が終わるころ顔出すって・・・」

「よォ、どんな具合だ?」

うわさをすればなんとやら、ノックされることなく開いた診察室の扉から顔を出したのは土方十四郎その人である。副長!、と声を上げた山崎はふよふよと椅子から浮かび上がり、土方の目線で敬礼する。その山崎に声をかけることなく、あごをしゃくって座るよう指示する程度に土方はここが診察室であるということを理解していたが、燻らせている紫煙をそのままにしているあたりまったく横柄極まりない。

「・・禁煙の立て札、見えませんでした?」
「・・・・さっき火ィつけたばっかなんだよ」

それが一体どれほどの理由になるというのか。はぁ、とため息をついたはしかし、それ以上注意の言葉を重ねなかった。やらなければならないことは他にもあるし何より、申し訳なさそうに首をすくめる山崎の手前、小言にも似た注意を続けるのは心苦しい。

「山崎さんですが、特に大きな問題はないと思います。最近できた怪我もしっかり治っていますし」

ですが土方さん、とは続ける。

「確かに妖精の体調は本人如何というより、パートナーである人間の体調の影響を受けやすくできています。それでも妖精だけがかかる病気もありますし、ちゃんと労わってあげてください」

相手が泣く子も黙る真撰組鬼の副長、土方十四郎であろうとドのつくSだろうと、妖精を専門に診察する医者という職に就いている限り、彼らにどんな嫌な顔をされようと告げなければならないことがある。彼らだって決して自分のパートナーである妖精をないがしろにしているわけではないし、辛く当たっているわけでもないが、如何せん彼らの職務はただでさえパートナーの力をあてにしなければ生きていけない妖精の身に楽々とこなせるものではない。

「・・耳タコだな、アンタのそのセリフは」
「そうですか? 改善なされれば、私も言わなくなると思いますよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」

苦虫を噛み潰したような渋面を広げる鬼の副長に、は山崎と視線を交わしてこっそり笑んだ。あのセリフは私が診た患者とそのパートナー全員に告げる言葉だと知ったら、彼はどんな顔をするだろう。

妖精、という存在がある。この地球に生を受けたその瞬間を共有する、たったひとりのパートナー。ちょうどワイシャツの胸ポケットに収まるようなサイズの彼らは、羽もないのに限定された範囲内をふわふわと宙に舞うことができ、成長するとパートナーの才覚に応じた特殊な力を発揮するようになる。生まれてこの方、傍らに妖精がいるのが当たり前の生活を送ってきたにとって妖精はそこにあるのが当然という存在だ、天人がこの地球に入り込むようになって初めて、彼らのいない生活を知った。そんな彼女が医学を志し、やがては妖精を専門とする医者になったのは世間的にも決して珍しい光景ではない。人間には医者がいて、動物には獣医がいて、妖精には妖精のための医者がいる、そんなのは至極当たり前のことだ。

「妖精は、妖精本人の体調よりも人間の影響を受けやすくできているんですよ、土方さん」
「・・それはさっき聞いた、」
「・・山崎さんを労わるということはつまり、土方さんがご自身を労わるという意味です」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ご自愛ください、土方さん」

人間とそのパートナーの妖精は、どんな状況下にあろうと必ず同時刻に逝去する。人間と妖精ではパートナーに与える影響力に差があるから、ほとんどの場合において人間が三途の川を渡らなければ妖精は花畑から還ってこられる。けれどそれは絶対ではない、例えばもし妖精の首と胴が離れるようなことがあれば、人間が軽快なタップを踏めるほどピンピンしていてもひとっ飛び三途の川を渡りきる。彼らのつながりは、決して仮初のものではない。

――・・帰るぞ、山崎」
「あ、はい! 先生、ありがとうございました」
「じゃあ次はまた三ヶ月後ですね・・・・・あ、土方さん!」

診察室の扉から出て行こうとする大きな背中に、は彼の名前を呼ぶ。

「沖田さんとその妖精ちゃんに、そろそろ定期健診だから・・って伝えていただけませんか?」

指に挟んだ煙草からくゆる紫煙、部屋に残るを振り返ることなく、けれど土方はその手を軽くあげて見せた。お願いします、と重ねた言葉が聞こえているかどうかなど、この際どうだっていいことだ。

土方に山崎という妖精がいるように、にも妖精がいる。肩甲骨のあたりまで伸びるサラサラストレートの黒髪をもつとは正反対の容姿をした彼女の妖精、彼らは初対面の人間にほとんどパートナーだと思われない。その外見もさることながら中身もまた似ても似つかず、“・・可哀想に” という同情の視線をもらうことに対して、はとうに慣れきっている。病院嫌いを公言して憚らない彼女の妖精は、よほどのことがないとが詰めているこの診察室に顔を出さない、消毒液のにおいにアレルギーがあるのだそうだ。・・診察室に顔を出さずとも、ナースステーションで看護師相手にへらへら相好を崩す妖精に、そんな過剰反応を示すほどの免疫機能が備わっているとは到底思えないのだが。

カルテに続きを書きこみながらぬるくなったコーヒーに口をつけたとき。コンコン、と窓をたたく軽い音がしては顔を上げた、机の前にある窓には差し込む陽光を遮るためのブラインドが下げられているがどうも、この向こうから聞こえてきたらしい。本来なら受付へどうぞと笑顔で追い返すところだが、そこにいるのが誰だか分かっているだけはため息をつく。まったく、人間と妖精という関係性はこれだから嫌なのだ。

「・・・・・何か用ですか? 銀さん、」
「ンだよつれねェなァ、女の子の日ですかコノヤロー」

羽虫のように宙を横切ってきたの妖精、銀時はニヤニヤと意地汚く口元をゆがめていたが、突然ガクンと力が抜けたかと思えば、あれよあれよという間に重力に捕まって机の上に顔面から墜落した。あべし、という奇妙な呻き声と共に、名古屋城天守閣から世俗を見下ろす金のしゃちほこと同じような姿勢で机の上にへばりついた彼は、陸に上げられてしばらく時間が経った魚のようにピクピク痙攣している。はカルテの続きに取り掛かった。

「ちょ、おま、何してんの!?」
「お仕事。見れば分かるでしょう、」
「いや、違くね? もっと他にすることあんじゃん、なんか大事なこと忘れてない?」
「・・・・・・ああ、そうね。データ入力頼んでおかなくちゃ」
「俺のこと心配しろっつってんのォオオオオ!」

当人の自由な性格をあらわすような、くるくると好き放題はねている銀髪の天パに死んだ魚のような目、感情を読ませない飄々とした態度を取りながら、けれどギムやセキニン?何それ食えんの、と本気でそう言い出しかねないの妖精、坂田銀時。生まれてから彼是二十数年、この世に産み落とされて初めて息を吸ったその時から、手を伸ばしたすぐ傍らにある彼女のパートナーである。

妖精は空を飛べるし、それぞれがもつ特殊な力を発揮することができる――たとえば傷を癒すことができるとか、未来を少しだけ予測することができるとか、そういう妖精だけが持ちえた多少変わった力のことだ。けれどそれは、人間と妖精とのあいだにある友愛や尊敬といった信頼の度合いに強く支配されており、実際の距離として反映されるその有効範囲内でのみ、妖精は空を飛ぶことができ、また力を発揮することができた。それはあくまでも “信頼関係” である、つまり片方が片方を全身全霊で信頼していても、反対からの矢印がそっぽを向いていればそれは距離としてほとんど反映されない。その場合、さじ加減はすべて矢印を向けられている片方に委ねられることになる。

「ったく、飛んでる最中に飛べなくさせる奴があるかよ。いったい何様のつもりですかァー?」
「はいはい」
「ねぇ、ちょ・・聞いてる? 俺の話聞いてますか、さん」
「はいはい」
「・・聞いてないよね、お前それ絶対聞いてねェだろ」
「はいはい」
「・・・・・・仕事終わりの迎えに来て何この仕打ち、泣いていい? 俺泣いていい?」

患者をただ診察するだけが仕事ではないのだと、この妖精はいつになったら理解してくれるのだろう。の口から思わず漏れた小さなため息を見咎めて、銀時はきゅっと眉根を寄せた。面白くなさそうにひん曲げられたくちびるはしかし黙ることを知らず、ぶうぶうと不平不満の類を垂れ流し続けている。口先から生まれてきたに違いない彼女の妖精は、誰かに咎められなければ一日中だって喋り続けられた。

「・・ほんとさ、昔は俺のこと “銀ちゃん大好きー!” とか言って後ろ引っ付いて回ってたのに、何コレおかしくね? 昔のだったら絶対こんなことしねェもんな、あーもーほんと、やんなっちゃうなーコレ、誰か慰めてくんねーかなコレ・・・・・・・・・だ、誰か慰めてくんねーかなコ 「銀さん、」

パッと弾かれたように顔を上げた銀時の口に、は包み紙をはがしたチョコレートを押し込んだ。コーヒーと一緒に差し入れとしてもらった一口チョコレートはもちろん、妖精用のミニマムサイズに最適化されたものではない。妖精である銀時の口には大きすぎるが、極度・・というか重症の甘味中毒者である彼がそれを嫌がらないことをは熟知している。突然口の中に放り込まれたチョコレートのかたまりに目を白黒させる銀時に(糖分制限のため、はほとんど自分の手から彼に甘味を与えない)、はゆるく微笑んだ。

「もう少しで終わりますから、それでも食べて静かにしていてください」
「・・・・・・・・・・・、おォ」

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ジミーが土方さんの妖精という夏人の姉御のアイディアをパクりました。