chapter10   Subject for 3Z -part.1-

月 消しゴム忘れた


「はーい、じゃあ“糖分”の反対語わかる人いるかー?」

机に左肘を突いてはぼんやりと、黒板を見ていた。いや、正確には黒板の上の壁にかけられている時計を。

ここは のらくら私立銀魂高校 3年Z組。担任は坂田銀八、国語教師である。 銀魂高校が個性的だといわれるのはこのZ組があるからに他ならず、腐ったりんごは一箇所にまとめておかないと他のりんごも悪くなるって言うじゃん? 的な、この教育問題が取り沙汰される現代において逆行しているとしか思えないクラス編成により、生まれたクラスが3Zである。ただ少し変わっているのが、腐ったりんごだとみなされたであろう3Zの生徒は決して他のクラスの生徒と仲が悪かったり、3Zと付き合ったら成績下がるらしいぜ、などという陰険なウワサのひとつにもならないことだ。 むしろ体育祭にしろ文化祭にしろ、合唱コンクールにしろ、遠足にしろ、体育にしろ家庭科(調理実習オンリー)にしろ、全身全霊をかけて楽しむ3年Z組は、全校生徒の憧れのクラスだったりする。

「んー、じゃあずっと俺に熱ーい視線を送る!」
「先生を見てたんじゃありません。時計を見てたんです」
「なんで堂々と言っちゃうの? 普通それって隠すことなんじゃないの?」
根も葉もない誤解を受けたままでは生きていけません
「生死にかかわるほど重要なこと!?」

立ち上がったは黒板に書かれた“糖分”の二文字をじいっと見つめて、

「・・・・んぶうと?
「それ逆さから読んだだけだろーがァアア! 反対語答えろっつったんだよ!」

じゃーもう次! 土方!、と銀八の矛先が自分から外れたことを確認し、は席に座る。 隣の席の沖田が小さな声で「、あんたバカでさァ」と呟くのが聞こえた。

「違うし! ちゃんと分かってるよーだ」
「わざとボケたんですかィ?」
「うん。たまにはボケてみるのも悪くないかなぁって」


マヨネーズ


はっきりと、大きな、明らかに確信に満ちた声で、土方が答えた。

「は? え、ちょ、先生よく聞こえなかったみたい。もっかい「マヨネーズです」っかしーな。誰か耳かきもってない?」

と沖田は顔を見合わし、同時にブハッと吹き出す。怒りに声を震わせる銀八の額に青筋が浮かぶ。

「なんで糖分の反対語がマヨネーズ!? どっちかっつーと、マヨネーズの反対語はケチャップだ!」
「違います先生。マヨネーズはどんなものの反対語にもなりうるスペシャルなおかずです」
「ツッコミどころが多すぎて、どこからしていいかわかんなくなっちまうだろーがコラァアア!」

あーもー、当てる奴間違えちまったよ先生、と銀八が零す。 次に指名されたのは新八だった。クラスの全員が“守りに入りやがったアノ野郎”と呟いた。

「あ」
「? どーかしやしたかィ」
「計算ミスった」

の机の上に広げられているのは現国の教科書ではなく、数学の教科書である。 次は数学Vの授業で、数問が宿題として出されていた。 は銀八にまったく隠そうとせず、堂々と数学の宿題に取り組んでいる。

「ヤベ、積分じゃなくて微分してた。どうりで分母が289とかいう数字になるわけだよ」
「バーカ」

くつくつと笑う沖田を、は睨む。

ちゃん! 内職するならせめて先生、もーちょっと隠してほしい!」
「先生に隠し事するなんてできません」
「もっと違う状況でその台詞聞きたかったなァ、先生は!!」

間違いを訂正すべく筆箱をあさる。

「・・・?」

いつもならひょっこり顔を覗かせる使い慣れた消しゴムはなぜかいつまでも姿を現さず、はひくっと顔を引きつらせた。

「ぁ、あのー・・総悟、ちょっといい?」
「どうかしたんですかィ?」

沖田に頼みごとをするのは気が進まない。 お返しは3倍返しが基本中の基本であるし、頼みごとなんかしようものなら、この先1週間は彼の使いっぱしりとして跪くことになるだろう。

「・・・消しゴム忘れた。貸してくんね?」
「いいでさァ。ほら、コレ」

あれ。
普通に、極めて普通に貸してくれた。 憎たらしい厭味の一つも抜かすことなく、さも“席が隣り合うもの同士、困ったときはお互い様サ”、とでも言い出しかねない普通さで。 それはにとって正直気持ち悪いものだったりするが、これ幸いとばかりに沖田から消しゴムを受け取り、数学の解答としてありえない分母の分数式を消す。

と、突然隣の雰囲気がどす黒い色に染まった。

「・・・あ、あの・・総悟?」
「使いやしたね?」
「は?」
「消しゴム。使いやしたね?」

使った。確かに使った。―――・・使ってしまった。

「・・・そ、総悟サマ・・・・わたくしめは何をすればよろしいでしょうか・・・」

ここで反抗するのは得策ではない。土方あたりなど、ここでサド色の魔の手から逃れようとやたらめったら対抗しようとする。 が、それは根っこからSな彼にとって火に油を注ぐ以外の何物でもない。 は瞬時にそれを悟り、隣に座る王子に忠誠を誓った。

「そーだなァ・・・・今日から一週間、ご主人様って呼べィ」

メ イ ド プ レ イ で す か 、 ご 主 人 様 ・・・!

「・・・・えぇと、その代わりといっちゃあ何ですが、ご主人様・・」
「なんでィ (もっと抵抗するかと思った)」
「この消しゴム、今日だけでいいんで・・俺に貸してもらえませんか? ご主人様・・」
「ぁあ? (・・・ヤベ、これ想像以上に俺のほうがダメージ受けらぁ)」
「今日だけ、今日だけだから! ・・・・ご主人様ぁ、ダメ・・?」
「チッ、仕方ねェな。 (上目遣いヤメろ。語尾のばすな。子犬みたいな顔すんなコノヤロー)」
「ホント!? ご主人様、ありがと」

がワザと“ご主人様”を乱発しているのに気付かないまま、沖田は結局自分ひとりだけが悩ましい一週間を送った。


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正解は「塩分」です。