水 昼寝の時間


ふ、とカラスの鳴き声に目を覚ましたのは高杉晋助。 視界いっぱいにひろがった紅色の空にクッと笑みを零した。校舎の裏に位置していて、芝生の地面に木々が植えられているこの場所は全校生徒の憩いの場。 高杉がここに来たのが昼休みで昼飯を平らげて、それでも次の授業まであと30分ほど時間があったから少し横になったのだが、いつの間にやら、午後の授業をすっ飛ばして爆睡していたらしい。まぁ別に関係ねェけど、と高杉が思ったその時。

「あ・・ゴメンね、さん。待たせちゃったかな?」
「・・・・まァ、ちょっと」

ピタッ、と高杉の動きが止まる。 声のしたほうに地面を這うようにすすみ、植木の陰からこっそり様子を窺う。正門やその校庭には桜が沢山植えられているが、校舎裏には一本しかない。 その桜の木の下にいるのは、なぜか学ラン着用のと見たこともない男子学生。

「突然ゴメン。こんな所に呼び出したりして」
「いや、別にヒマだったからいいけど。・・・・えーと、アレ・・ホラ・・・・・ッ、鈴木くん!」
山田です。手紙の裏に書いてないかな、俺の名前」
「えーっとそれで、話ってなに?」

分かりやすすぎる急激な話題転換にも、鈴木だか山本だかしらない男子A(山田)は違和感を覚えた様子はなく、むしろ顔を赤く染めて己の足元などを見ている。 急に黙りこくった男子Aには訝しそうに首をひねるが、草むらの高杉はにやりと笑みを濃くした。

「(コイツ・・・に惚れてやがんのか)」

男子Aは決してブサイクではない、がだからといってカッコイイと女子の間で話題になるような容姿でもない。 ただ誰か1人が口にすれば、“まァ確かに分かるけど・・・・やっぱり3Zの高杉くんとか沖田くんとか、土方くんでしょー。”とすぐさま話題を持っていかれてしまいそうな、だからとどのつまり何が言いたいのかというと、可もなく不可もないごく普通の男子学生である。
一方は学ランを着ているものの、学校内はもちろん学外にもその名を轟かせる有名人。 パッと見では華奢な男の子だが、やっぱり美少女である。 銀魂高校女子生徒だけが入会を許されるのファンクラブが本人だけが知らないところで存在し、厳しい統制が取られているのもその名を知らしめる一つの要因だ。

「ぁ・・あのさっ、さん!」
「ん、なに?」
「お・・、俺・・っ前からさんのこと・・「オイ、ー」

はその声に振り返り、同時に小さく「ゲッ」と声を漏らした。 口元に笑みを浮かべたまま、高杉が歩み寄ってくる。

「げ、とは何だ。文句あんのか、ぁあ?」
「そ、ゆーわけじゃないけど・・・・なんかこう、苦手意識が・・」

じりじり、と後ろに下がるの腕を捕まえた高杉は、強く腕をひいてを引き寄せ、右の手での頬に触れた。 そうして逃げ腰のの顔を無理やりあげさせる。

「三千世界の鴉を殺し・・・か?」

吐息がかかるほど耳元に口を寄せ、高杉はそう囁く。

「そ・・・っ、それを言うなぁああ!」

絵の具を塗ったように顔を赤くし、腕を振り回して暴れるを抱き寄せるようにして抑えた高杉は、呆然と立ちすくんだ男子Aに鋭い視線を飛ばして。

「テメェなんかじゃ釣り合わねぇよ。・・・・・失せな」
「は、な、せ、よォオオ! ちょ、おま・・えっと、鈴村くん! 見てないで助けろーッ」

高杉の腕のなかでどうにか体の向きだけは変えたが、鈴木でも鈴村でもなく山田に手を伸ばす。 反射的にに手を差し出そうとした山田だが、高杉はそれも許さなかった。 背後からまわした腕を伸ばし、の手を捕まえた高杉はそれを自分のほうに寄せて。 痺れるほど甘く、深い声音で。高杉はに直接声を吹き込む。

「・・お前は俺だけ見てりゃいいんだよ」
「ふっざけんな・・・・・・・・・・・・って、ちょ、おまっ今何し・・ッ!?」
「うるせぇ。痕つけンぞ」

罠にかかった仔鹿のように暴れまくって、どうにか高杉の腕の中から逃れただが、耳の後ろのあたりを右手で押さえ、わなわなと声を震わせる。

「た、た・・高杉お前、今何したんだよ・・・っ!?」
「あ? ・・・言わなきゃわかんねぇのかよ」
「言うなァアア!」

その一部始終を見てしまった男子Aはそれからしばらく、の“あの事は誰にも言うなよ・・!”という視線と、高杉の“言いふらさねぇと殺すぞ”という視線に挟まれ、体重が落ちたとか落ちないとか。


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