ジンクス:桜の木の下


「北校舎3階の美術室の前にある女子トイレには出る」とか「第1音楽室のベートーベンは、丑三つ時になると高笑いする」とか「第2生物室の机に現在進行形で付き合っているカップルの名前をセットで書くと別れる」とか・・・・・そういう根も葉もないウワサが伝統的に上級生から下級生へと伝えられ、時を経て伝説と化したものが、学校、という場所には大抵いくつかある。銀魂高校もそれに漏れず、いくつからのジンクスが代々伝えられていたが、その中に一つ、特に重要視された形で伝承されているものがあった。

「校舎裏に一本だけ植えられている桜の木の下で告白すると成功する」というものである。


――――・・ってジンクス、俺らの時代にはあったんだけど、まだ生きてんの?」

授業中、急にそんな“学校の七不思議”的な話を始めた銀八。彼も銀魂高校の卒業生である。

「まだ生きてますよ、それ。いくつか違うのありますけど、桜の木の下に関するジンクスはそのまんまです」
「え、マジで? 新八以外にもみんな知ってんの?」

銀八の質問に、クラスの大半が頷いた。どうやらこのジンクスは、まだまだ現役ならしい。

「お妙さぁああん! 今日の昼休みに俺、桜の木の下で待ってますからァアアア!」
「・・桜の下には死体が埋まってるって、よく言うわよね?」
「え、それってどーゆー・・・」

銀八らの話を聞き、黙りこくってしまったのがである。 ようやく忘れつつあった忌まわしい記憶が、ザオリクの呪文でもかけたかのようによみがえってくる。 ザキが効かない。なんでだ。MPが足りないからか。まだもう少し、レベル上げの必要があると?

「ってワケで! お前今日、桜の木の下で俺と特別授業だから・・・ってオーイ、ちゃーん?」

ヒラヒラ、と目の前で手を振られてようやく、は銀八に焦点を結ぶ。 なに、お前どしたの、と問いかける銀八には首を振ることだけで答えようとしたのだけれど。

「オイー。お前、今の聞いたかぁ?」

―――どうしてこういう、いなくてもいい時に限ってあの不良はいるのだろう。

「ハッ、ジンクスなんてのは当てになんねーなぁ?」
「ソーデスネー」
「え、何今の“笑っていいとも!”みたいな返事!? 、高杉となんかあったのか?」
「ソーデスネー」
「その返事止めて! なんか先生イラッとくる!!」


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「(・・・桜の木の下で・・・ねェ)」

その日の放課後。部活が休みの沖田は、件の桜の木の下でぼんやりとその樹を見上げた。裏庭にたった一本だけがぽつんと植樹されているということを除けば、何の変哲もない桜の木。 ジンクスを叶えさせるような力があるとは到底思えない。けれど誰も彼も根拠などないとわかっていながら、桜の木の下で想いを告げる。 結局この桜は、“告白”という誰も味方のいない状況であと一歩の後押しをしてくれる、自分の心の、そして相手への想いの強さなのだ。

「総悟ーッ! お前、こんな所で何してんの?」

突然投げかけられた声に沖田は振り返る。走り寄ってくるのはだ。

「・・なに、もしかして総悟、誰かに告白すんの?」

がにたり、と笑う。

「バーカ、ンなわけねェだろィ」
「だよなー。あんなジンクス信じる総悟なんて、想像できないし」

はそういいながら手を伸ばしてぴと、と幹に手を触れさせた。そうして木肌をそおっと撫でる。

「この木が春になればあんな花を咲かすんだよなぁ・・・」

こぼれた言葉は風に運ばれて消える。 桜も道端の雑草も、土も石も――息づくものもそうでないものも、すべてのものをまるごとひっくるめて、慈しむような声。 沖田は目を瞑り、のその言葉をその声をその息遣いを焼き付ける。

「俺は、あんなジンクスなんかに頼らなくても、想いを叶える自信はあるんでねィ」

の手に自分のそれを重ねる。風に当てられて少し冷たくなった彼女の手は自分のよりも小さくて。
きょとん、と目を丸くするを覗き込み、言葉をつむぐ。

「ジンクスなんて信じよーが信じまいが、関係ないんでさァ」
「・・・それって、どーゆー・・・」
「こーゆーことでさァ」

の手に重ねた自分の手はそのままに。反対の手で、沖田はの頬を包む。 ぽかん、としたまま身動きをしない彼女にわずかばかり笑みを零し、沖田はゆっくり顔を寄せて―――・・・。

「オイこら。てめぇ銀八に呼ばれてただろーが、さっさと行けや」

「・・・え? あ、ヤバッ! 完全に忘れてた・・・っ、サンキュ高杉!」
「おー。借りは明日返してもらうからなァ」
「はいはい、気が向いたらな! ゴメン総悟、俺ちょっと行くわ!」

はそれだけ言い残し、つむじ風のように消えた。黙って突っ立っている沖田を残して。

「・・・・高杉、テメェわざとだろィ?」
「さァなァ・・・俺ぁなんも知らねぇよ。ただ、そう易々と渡すつもりはねェ」
「チッ・・・あークソっ。もーちょっとだったのになァ」

そんな会話が沖田と高杉の間でされていることを、は知らない。


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