土 餌付け
「(さんは・・・・犬タイプだろーなぁ)」
志村新八は机の上に肘をつき、そのうえに更に頭をのせてぼんやり考える。
昼休みの喧騒の中心にいるのは大概同じメンバーで、はその常連。沖田や神楽と共に、わいわいやっているのがいつもだ。
今日は土方を3人で寄ってたかっていじり倒しているらしい。
ツッコミの大声と阿鼻叫喚がクラス中に響き渡っていた。
まぁだがしかし、土方がどれだけ遊ばれていようと新八が彼に救いの手を差し伸べることはない。
土方の次にターゲット・・いや、生贄となるのは大抵の場合新八だからである。
「(となると・・・沖田さんは猫かなぁ)」
あの人ほど好き嫌いがはっきり見て取れる人も珍しいと新八は思う。神楽ちゃんと顔を合わせ、言葉を交わそうものなら次の瞬間には手が出ていたり、時間さえあれば土方さんの抹殺を目論み、実際に行動に出る毎日のことではない。
―――例えば・・・・
「あ、あの・・っ、総悟くん!」
例えば、今教室に現れた女の子。
確かA組の人で、この学年においてもカワイイと評判の子である(・・・まぁ勿論、お通ちゃんには敵わないけれど)。最近、ちょくちょく3Zにやってきて、沖田さんと喋っている。
どんな理由で沖田さんがそんなカワイイ子と知り合ったのかわかるはずもないけれど、でも彼女はいつもパンやお菓子、ジュースなどを持参している。推測するに、脅されているか貢いでいるか・・・前者が個人的な感想としては有力だが、沖田さんの表情から察するに後者なのだろう。沖田さんは彼女がやってくるたび、思い切り不機嫌そうに眉間に皺を刻む。
「・・・なんか用ですかィ?」
「用ってほどじゃないんだけど、買いすぎちゃって・・・もらってくれないかな?」
「(必殺 上目遣い・・っ!)」
アイドルに傾倒している自覚はあれど、彼女がカワイイことは疑わない。3Zのメンバーも、さり気なく様子を窺っている。認めたくない、というかえこ贔屓だと神様に文句の一つでも言いたくなるが、沖田さんとカワイイと評判の女の子はとても絵になる。腹黒さは表面には出てこないからだ。
「総悟ー、一緒に購買にパン買い行こー・・・ってやっぱゴメン、なんでもね」
今まで己の財布と綿密な相談を繰り広げていたさんは、女の子の登場に気付いていなかったらしい。
財布から顔を上げながら言った台詞を、ものすごい速さで撤回した。
「なんでですかィ? 行きやすぜ」
「え、いいよ。だってあの子からパンもらったんだろ?」
“いいよいいよ、俺ちゃんとわかってるから♪”、とでも言いたいのだろうか。大きな目をばちっと瞬かせてさんが笑う。
沖田さんが思い切り不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「おい、」
「ん? ・・ってうわ!」
教室のドアからひょいと顔だけ覗かせたのは高杉さん。
片目を包帯で覆い隠し、制服をものすごく着崩している彼は、自他共に認める学校一番の不良だ。
授業にも顔を見せないことが多いばかりでなく、いかにも悪いうわさが高杉さんの周りには溢れていて、恐れられている・・・のだけれど、さんと一緒に居る機会が多いと、どうしてだか忘れがちになる。
「いきなり投げるなよー。食べ物だぞ!」
唇をへの字にまげて、さんが高杉さんのところへ歩み寄っていく。
さんの腕の中には、今しがた投げられたパンの袋が2つ収まっていた。
「やる」
「へ?」
目をまん丸にしてさんが高杉さんを見上げる。こういうとき、ほんの少しだけ高杉さんは表情を緩める。時折見せる高杉さんの穏やかな目はいつだって、その先にさんがいるときだ。
「高杉が食べるんじゃないの?」
「俺ァもう帰るからな」
「・・・・それってどーなんよ、お前」
「うるせぇ」
やたら軽そうなカバンを抱えて、高杉さんが教室を後にする。
そのとき、さんの手首を掴んで自分のほうに引き寄せた高杉さんが、なにやら耳打ちした。
と、弾かれるように高杉さんから距離をとったさんは両の拳を振り上げる(あ、パン落ちた)。
何を言われたのか流石に聞こえないけれど、さんの顔がトマトみたいに真っ赤になっているから、まぁ・・そういうことなのだろう。
あの二人の間に何があったのか知るわけがないけれど、何かあったことは間違いない。
そしてそれに気付いて苦い顔を隠さないのが土方さんだ。
「何言われたんだよ、今」
「・・高杉に?」
「他に誰がいんだよ」
「・・・・・・なんでもねっ」
土方さんの前の席に腰を下ろしたさんが、パンにかぶりついた。相変わらず、隠し事をするのが下手な人だと思う。
けれど、だからといって土方さんが突っ込んで聞きだせるか、と言われればそれはまた別の話で。
鬼の風紀委員として名を轟かせる土方さんも、さんには甘甘なのだ。
「・・、これ食うか?」
「! プリン食べるっ!」
きっと土方さんは“コレが食いたかったら、さっきなんて言われたか言え”、とでも言うつもりだったに違いない。
けれど、さんのプリンに対する反応が予想以上に早かったせいで、プッツンプリンは土方さんの手の中からすぐさま奪われてしまった。
神楽ちゃんにも劣らない食欲である。
「んーっ、うまぁ! ありがとな、土方さん!」
明らかに“しまった”という顔をした土方さんだったが、プリンに顔をほころばせるさんに彼の機嫌はすぐまた上昇線を描く。単純で、あまりに現金なその態度に苦笑を抑えるのに苦労するほどだ。でもまぁ、土方さんの気持ちもわからなくはないのだけれど。
「な、土方さんも食べる?」
タダでプリンが食べられてよほど機嫌がいいらしい。
プラスチックのスプーンに一口プリンをすくって、さんが土方さんにそれを差し出す。
が・・・―――
「(え・・・それってつまり・・)」
間 接 キ ス ・・・!?
「ソレいっただきー」
パクン、とスプーンの先のプリンが口の中に消える。ただ、それは土方さんのではなく・・・・
「な、なんで先生がここにいるんだよ! つーかソレ俺のプリン・・ッ」
「別にいーじゃねぇか。どーせ土方くんにやろうとしてたやつなんだろーがよォ」
「そりゃそーだけど、土方さんにもらったプリンだから、先生にくれてやる気なんかサラサラなかったのに!」
一口のプッツンプリンは、銀八先生の口の中に消えた。
いきなり、しかもこのタイミングにどうやって現れたのかとか、なんで誰も気付いていなかったかとか、ツッコみたいところは多々あれど、言わなければならないのは。
「ぎ・・っ、銀八・・テメェエエ!」
「ん、なぁにー多串くん、プリン食べられなかったのそんなに悔しかったー? それともぉ・・・」
「そんなにと、間接チューしたかった?」
ぼそりと銀八先生が呟いた言葉が、土方さんの顔を真っ赤にさせる。
図星か。
さんといえば、むっすーと不機嫌な顔で残りのプッツンプリンをつついている。・・聞いていなかったらしい。
「・・・ヤバイ」
「ん、どーしたァ?」
「先生が食べたスプーンでプリン食べちまった」
「いーじゃねぇか。むしろプリンの美味さが増すぞ? 当社比2.5倍だぞ?」
「・・・・うつる・・、天パがうつる・・っ!」
「俺の天パは病原性か? コレ伝染すんの!?」
「(・・もう、帰ろうかな・・・・)」
授業崩壊のチャイムは今、鳴り響いたばかりだ。
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