chapter11   Raindrop The Preludes Op.28 No.15  Chopin

第1話


心地よいまどろみを堪能していたは、ふと感じた違和感に目を覚ました。うっすら開けた目で時計を探す。針はまだ新八が出勤してくるのにも、神楽が起きるのにも早い時間を指している。

「・・・・?」

無視してまた寝てしまうことの出来る時間。そうしてしまうのも一つの選択肢だが、この変な感じ・・・日常とのズレをそのままにしておくのも、なんだか気持ち悪い。眠い目を擦りつつ、は布団の上に上半身を起こして違和感の正体を探った。

「(・・銀さんの、部屋?)」

“変な感じ”の出処はどうやら、銀時の部屋であるらしい。見知った銀時の気配ともうひとつ、の知らない気配があるようで。これは一体なんだろう。

「銀さーん・・まだ寝てるよ・・・・・な・・・・・・・」

そろそろとは和室の襖を開け、そして中の光景を見―――ひと時フリーズした後、右の手を固く握って、

「こンの・・・変態がァアアア!!

怒鳴り声にハッと目を覚ました銀時の顔面に、その拳を埋めた。


+ + + + +    + + + + +


「だァから、誤解なんだって!」

己の言葉に耳を貸す素振りを見せないばかりか、目すら合わせようとしないに、銀時はほとほと困り果てていた。不機嫌そうに眉間に刻まれた皺は数を数えられそうなほど深く、「変態がァアアア!」と叫んでそれを最後に言葉を発していないの口は見るからに固そうで。机を挟んで向かい合っているのに、ヒシヒシと伝わってくる怒気が銀時の体感温度を1,2℃下げている。

「なにも誤解なんかないじゃない! 昨日の夜はあんなコトやこんなコトまでしたんだから・・!」
「あんなコトもこんなコトもしてねェエエ! つか第一それ、銀さんじゃなくてテレビだからな、この納豆女」

納豆女――猿飛あやめは、持参した納豆を練りながら銀時にピタリと寄り添う。

「照れなくたっていいじゃない・・もうとっくに一戦交えちゃったんだから」
「止めてくれる!? 具体的には言ってないけど、なんかすごくヒワイなこと言うの止めてくれる!?」
「ああ・・! 思い出しただけでもカラダが熱く「オーイ、だれか水張ったバケツ持って来ーい」

さっちゃんが万事屋に訪れたのは、銀時のストーキングの他にもわけがあった。仕事の依頼である。新八が出勤してきてと新八の二人で朝食の準備を終え、匂いにつられて起きだしてきた神楽も揃って朝ごはんを食べながら、万事屋の面々はさっちゃんの話を聞いていた。

「追われてる? 仕事しくじったんですか?」

新八は仕方なく、大いにズレまくるさっちゃんの話を前進させようと尽力していた。こういう場合(例えばさっちゃんが絡んでくる場合)、銀時が口を出すのは得策ではない。普段ならばが進んでこういう進行役を務めてくれるのだが、今朝のは見てハッキリ分かるほど機嫌が悪かった。思わず「おはようございます」というごく普通の挨拶でさえも、新八が迫力に圧倒されて飲み込んでしまうほどに。

「そうなの。それで敵に追われてて・・・だから、しばらくの間ここにいさせてもらえないかしら?」
「はぁ!?」

間髪いれず声を上げたのは銀時。口の中にまだものがあるのにも関わらず、彼は大声を上げる。

「ムリムリ。うちはそういう厄介ごとに首突っ込むのゴメンだから」
「そう、残念ね・・・お金ならいくらでも出すのに」

ぴくっと万事屋の面々の耳が反応したのを、さっちゃんが見逃すはずはない。

「私をここにおいてくれたら、1日につき1万円支払うわ。上に私が掛け合うから」

銀時の頭のなかは、二つの意見が行ったり来たりして大変に忙しい状態である。ハッキリ言って、この依頼は蹴ってしまいたい。これまで、さっちゃんが絡んだ事件に関わってロクなことになったことがないからだ。しかも、誤解とはいえにだけは見られたくなかった醜態さえ晒してしまった。もしこれからさっちゃんを万事屋においておくとしたら、非常に気まずい。ただでさえの機嫌は若者のモラル並に低下の一途を辿っているのだ。このさきどのくらいの期間になるかわからない日々を、針の山に居座るようなまねをして過ごすのは避けたい。―――が、家計はそれを許してくれない。1日につき1万円の報酬はあまりに魅力的であると同時に、喉から手が出るほど必要なものだった。その報酬が手に入れば、しばらくの間は食費に悩まなくても済む・・いや、家賃ですらに縋らなくても済むかもしれない。あわよくば、久しぶりに特大パフェを食べる余裕すら生まれるかも・・・・いやだがしかし、その幸福は剣山を素足で踏みしめ、さらにはそこで縄跳びをするような辛苦を耐えねばならぬ。


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