第3話
「・・・あー・・・ヒマだぁ」
公園のブランコに腰掛け、はぼんやりと天を仰いだ。今日は真撰組での仕事も入っていない。こんなときには長崎屋の離れに遊びに行くのが常だが、若だんなが器用に捕まえた風邪のせいで追い出されてしまった。
「どーしよっかなぁ・・」
万事屋に戻るつもりはない。さっちゃんの依頼を受けるよう、銀時たちに促したのは自身だが、それが今の首を絞めている。ソファに寝転がってテレビを見ているときも、銀さんが散らかしたジャンプを読んでいるときも、さっちゃんの鋭い視線が追いかけてくる。新八や神楽がいたら、きっとがその視線に晒されるのも幾分か和らいだかもしれないが、今日に限ってお通ちゃん絡みのイベントが開催されるらしく、新八はでれっとした笑顔で江戸の中心街へと向かい、神楽は珍しく仕事が休みだという妙ねぇに誘われて、彼女らの縄張りを荒らした命知らずにお礼参りへと出ていて―――つまり、万事屋にいるのは銀時と、そしてさっちゃんの3人だけなのである。「貴女さえいなければ、銀さんと二人きりなのに・・!」という納豆よりもオクラよりも山芋よりも粘っこい視線に四六時中付きまとわれれば、常人よりも太く出来ているであろうの神経も擦り切れるというもの。しかも、さっちゃんに迫られた銀時がに助けを求めるから、必然的に邪魔をしたのはという図式がさっちゃんの頭のなかには出来上がる。
「さぁ銀さん・・! 昨夜の続きを今ここで!」
「昨夜の続きってなんだよ、なんもしてねぇだろーがっ! ってオイィイイイ! なんで俺押し倒されてんの!?」
「・・この服、一体どうなってるの? 脱がしにくいわ!」
「脱がそうとしてんじゃねーぞコラァアア! つか臭っ! おま、手ェネバネバしてんじゃねーか、気持ち悪っ」
「女にここまでやらせるなんて・・ひどいわ銀さん! ・・ハッ、もしかしてこれは・・・新しい形の羞恥プレイ!?」
「ーッ! お前知らんフリしてねぇで助けろォオオ! 貞操の危機だよ、銀さんの貞操が危機なんだって!」
こうなると、さっちゃんの野望を邪魔したのはということになってしまう。しかもこれとほとんど変わらないやり取りを30分おきに繰り広げるからタチが悪い。30分おきには、蓄積して重みを増したさっちゃんの無言の圧力に晒されなければならないのだ。
「・・・お腹すいた・・」
ぐうぅ・・、と腹の虫がうめき声を上げる。いい加減耐えかねたが万事屋をこっそり抜け出したのは11時前。公園の中央にある大きな時計が指し示す時間はもうすぐ2時に差し掛かってきた。銀時にばれたら引き止められるのは火を見るより明らかだったため、そんな彼の監視の隙をついて抜け出してきたのだが、そのせいでは財布を所持していない。しかしお腹と背中がくっつきそうなほど空腹を覚えても、容赦なくを照らす日差しに喉の渇きを覚えても、万事屋に戻ろうという選択肢はのなかになかった。さっちゃんから向けられる敵意を浴びることも勿論だが、万事屋に帰ろうとしないのはただそれだけが理由ではないことに、自身が気が付いている。
「(あーもー・・なんでこんなイライラしてんだろ、俺。すげームカつく・・今なら総悟に勝てるかもな)」
このイライラがどこに端を発しているのかがわからないから、なおさら。
「(これからどーするよ、マジで・・・。お腹すいてなんも考えまとまらねー・・)」
「何してんですかィ?」
「うわォッ!」
突如、青空で埋め尽くされていたの視界に割り込んできたのは沖田。ブランコに浅く座り、2本の鎖を両手で掴んで体重をそれにかけていたと、その彼女を上から覗き込むようにひょっこりと顔を出した沖田との距離が思いがけず近くて、は鎖を握っていた手を緩めてしまう。
「い・・・ってぇ・・! 頭ガンガンする・・!」
「・・ほんと、何してんですかィ、」
そうするとの身体は重力にしたがって地面に転がる羽目になり、しかも頭から落ちる。ズキズキ痛む後頭部を押さえ、は地面にうずくまった。
「ビックリすんだろ! 先に声かけるとかなんとかしろよな」
「まさか手ェ放すとは思いも寄らなかったもんでねィ」
じんわり涙の浮かんだ目で睨んだその先で、沖田は肩を竦めた。差し出された沖田の手を掴んで立ち上がり、が再びブランコに座りなおすと、沖田は隣のブランコに座ってぶらぶらとそれをこぎ始める。二人の間に会話はなく、金属の軋む音と風を切る音だけが周囲を包む。これ以上こいだら、勢いあまって一周してしまうんじゃないか、と思わせるくらいまでブランコをこぎ続ける沖田の隣で、は先ほどと同じ体勢で空を見ていた。あまりにゆったりまったりとした穏やかな空気に、は無意識にため息を漏らす。
「どうしたんですかィ?」
「・・・え? なにが?」
「ため息」
そう言われてようやく、は自分がため息をついていたことを知る。
「あー・・いや、うん。なんでもないよ」
「(そうは思えないんですけどねィ)」
今度は沖田がため息を漏らす番だ。隠し事のできない不器用なタチなのだと、が自覚するのはいつになるのだろう。
「じゃあ、こんな所で何して ―― ぐうぅ ―― ・・・?」
沖田はその小さな音を聞き逃さなかった。隣を見遣れば、お腹を抱えたがブランコの上で小さくなっている。ややあって顔を上げたは完熟トマトのように顔を真っ赤に染めていた。
「・・・昼飯、まだ食ってなかったんですかィ?」
「・・さ、財布忘れて出てきちゃって・・・」
「メシ食いに戻りゃあ済む話じゃねぇか」
「・・・・帰りたくねぇんだもん」
風に巻かれて消えてしまいそうなの声だが、彼女の腹の虫の鳴き声を聞き逃さなかった沖田に聞こえないはずはなく。しかしその呟きは沖田が僅かばかし目を見張るほど感情を感じさせず、また先日の・・・山崎が斬られたあの時のを思い出させた。だから沖田はあえて、聞こえなかったフリをする。
「・・財布ねぇんなら、屯所にでも行きやすかィ? まだ昼飯残ってるだろうし」
パッと顔を上げたは表情で「いいのか?」と尋ねていて、その分かりやすさに沖田は小さく笑う。
「構やしねぇだろ。ホラ、行きやすぜ?」
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