第4話
「今日は仕事でもないのに・・なんか悪いな」
「んな細けェこと誰も気にしやしねぇや。さっさと食わねぇと冷めちまいやすぜ?」
「お、おう」
ほかほかのご飯と大根と油揚げの入ったお味噌汁、じっくりコトコトと煮込まれたハンバーグの上にはチーズがのせられていて、それがいい感じにとろけている。食堂のおばちゃんの厚意で多めにかけられたデミグラスソースだけでご飯2杯はいけそうだ、とは真面目に思う。
「・・本当に腹減ってたんですねィ」
「だって、昼メシ食べてなかったし・・朝ごはんも結構早かったし」
まるで掃除機のように―――お皿の上から綺麗になくなっていく昼ごはんに、沖田は半ば呆れ気味だ。一心不乱、とまでは言わないが、圧倒的にの口数は少ない。この食べっぷりを見ていると、既に昼ごはんを食べたのになんだかお腹がすいたような気がしてくるから不思議だ。
「・・はーっ、食べたぁ。ごちそーさま」
「そんなに食ってばかりだと、太っちまいやすぜ?」
「いいんですー。美味しいもの食べて太るんなら本望ですー」
ずずず、とお茶をすすっては満足げだ。彼女の満ち足りた笑顔に、沖田も口元を緩める。
「で? そろそろ話してもらいやしょーか」
「・・な、なにをだよ」
「どうして万事屋で昼飯を食わなかったのか」
「・・・・」
途端に、の表情が曇る。への字に唇を曲げ、むっつりと黙り込んでしまう。
「、ここまで来てだんまりですかィ?」
「・・・・」
「さっきが2,3人前はぺろりと平らげたあの昼飯は、誰が出してやったんだっけねィ?」
「・・・っ」
「ホラ、さっさと観念して口を割りなせェ」
そう言った沖田の手の中にはコーヒーゼリー。ちら、とわざとに見せるようにして再び、手の中に隠す。つまりその意味は―――・・・。
「・・モノで釣ろうとすんなよっ、卑怯だ!」
「釣られるほうが悪いんでさァ。で、どうするんですかィ? 俺ァ気が短くてねィ・・・さっさとしねぇとコレ、食っちまいやすぜ」
「! ・・・話すよ、話せばいいんだろーっ!」
はぁ、とそれは大きなため息を吐き出した。ぼそぼそと、なんとも聞き取りづらい声で話し始める。
「・・依頼人来て・・それで、その依頼人―――さっちゃん、って言うんだけど、その人をしばらく万事屋でかくまうことになってさ」
「かくまうって・・穏やかじゃねェなァ」
「詳しいことは俺も聞いてないけど、まぁ今日からしばらく一緒に暮らすことになったんだ」
「それで、どーしたらが万事屋に帰りにくくなるんですかィ?」
「・・・・」
「おいおい、途中まで話しておいてそりゃあねェや。こんなところで終わられたら、気になって眠れなくなっちまう」
覗き込んだの表情は今までのように言い渋っているのではなく、考え込んでいるようで。ずっぽりと思考の中に潜り込んでしまったに沖田はひとつため息を吐くが、無理に意識を浮上させようとはしない。こんな風に会話の途中でが考え込んでしまうことは少ないことで、だからきっと今の時間は彼女にとって必要なのだろうと思うから。
「・・あのな、総悟。正直、俺もよくわかんないんだけど・・・・とりあえず聞いてくれるか?」
「勿論でさァ」
「その、さっちゃんってのはどうも銀さんとか、俺は初めて会ったんだけど、みんなと顔なじみならしくて・・それで、銀さんのこと―――好き、なみたいで」
「・・・・ヘェ?」
「それで、ずっとべたべたしてんの。いちゃいちゃ、っていうかさ」
「ふーん・・旦那もそっちのほうはサッパリみたいな顔して、なかなかやりますねィ」
「・・・・・なんでかわかんないけど、なんか、それ見てたらすっげー・・・・・イライラしてきて」
「・・・・」
「わかんないけど、なんかすげぇムカついて・・・で、なんでイライラしてんのかわかんなくて、それでもっとムカついて・・万事屋にいたら俺、どんどん嫌な奴になってくから・・・出てきた」
沈黙が、二人の間に横たわる。
「・・・・どうしよ・・・俺いま、すっげー嫌な奴だ・・」
俯いて唇を噛み締め、くしゃりと顔をゆがめてそう吐き捨てたはきっと、訳もなく――というか訳もわからず人を嫌おうとしている自分が心底許せないのだろう。そんな自分を許せないと思っていながら、それでも正体不明の苛立ちを自分の中に抑えることができず、周囲の人間を困らせていることに気付いているから尚のこと。
「、そいつァ“嫉妬”ってやつですぜィ」
――――・・その一言を沖田は飲み込む。
「・・ま、しばらくここでゆっくりしていきなせぇ。無理してまで帰るこたァねーや」
「・・・いい、のか?」
「副長の俺が言うんですぜィ?」
「・・・誰が副長なんだっつーの」
見慣れたの笑顔・・・とは程遠いが、ようやくが笑った。沖田はそのことにひっそりと安堵し、けれどキリキリと締め付けられるような痛みに拳を握る。
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結局はその日、午後をずっと真撰組屯所で過ごした。見回りがあるから、と沖田が屯所を出て行ってしまったときは山崎とミントンして遊んだり、隊士らの相手をしたりして時間を送り、沖田が戻ってくるとは彼のそばにひっついて離れなかった。イメージとしては、刷り込みによって親を認識した生まれたばかりのカルガモとその親である。いつものようにやたらめったら喋ったり、ちょっかいを出して遊んでいるのではない。ただ、同じ空間のなかに沖田との二人が、そのことが当たり前のようにいるだけ。今の二人の距離感といったら、仲睦まじい老夫婦も真っ青だ。
近藤の部屋から発掘してきた、一昔前に流行った小説をは静かに読んでいる。沖田はアイマスクをずり上げた間からその様子をチラリと見て、気付かれぬよう胸のうちにため息を吐いた。多分、は不安なのだろうと思う。異なる世界からやってきたらしいに“帰る場所”は万事屋だけで、その万事屋に身の置き場がないと彼女が考えているのなら―――。集中して本を読んでいる間も、チラチラと窓の外の空を見上げるのはきっと、あの太陽が沈むのが怖いからだ。
アイマスクをかけなおし、常闇のなかで沖田はふと考える。そういえば、の口からあんなふうにネガティブな感情の吐露を聞いたのは初めてだ。知り合ってもう結構な日が経ったけれど、から弱音を聞くことすらなくて・・・一体どれだけ強い女なんだ、と呆れ気味に笑う。気が滅入るようなことだって、弱音を吐きたくなることだってあっただろうに。
―――いや、もしかしたら弱気になったに出会うのが、ただ俺にとって初めてなだけなのかもしれない。普段は自堕落でぐうたらなくせに、あの旦那は近藤さんとはまた違った形で人を惹きつけるから。旦那は知っていて、俺が知らないがいてもおかしくはないのかもしれない。
「(・・・けどまァ、それも今までの話でさァ)」
油断大敵、という言葉を。年齢不詳の天パ侍に教えてやろう。
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