第5話


西の空が、まるでオレンジジュースのように紅く染め上げられている。はそれを沖田の部屋からチラリと見上げ、思い切りため息をついた。嫌々ながらに東の方角に目をやれば、目を奪われるほどの見事なグラデーション。見つけようとしたわけでもないのに目に入ってきた一番星をは睨みつける。

「で、どーすんですかィ? 。そろそろ帰らねェと、チャイナとか眼鏡とかが心配するんじゃねェのかィ?」
「・・神楽は妙ねぇと一緒だからきっと妙ねぇの家に泊まるだろーし・・新八も直接家に帰るって言ってたし・・それは、大丈夫」
「ふーん・・・(一番心配してるのは旦那だと思うけどねィ)」

帰りたくない、と顔に書いてることを彼女に伝えるべきか。

「じゃああれかィ? 今夜はと旦那と、そのさっちゃんってのと3人なんですかィ?」
「・・そー、なるね」
「そりゃあ大変だ。夜に変な物音やら声がしても、見に行っちゃダメですぜ?」

キッと眼差しを強くする。しかし次の瞬間にはぐしゃりと表情をゆがめて、マジで泣き出す5秒前みたいな顔をする。心臓を握りつぶされたような痛みがはしって、沖田は知らず奥歯を噛み締める。

「・・・だ」
「あ? 、今なんて言ったんですかィ?」
「・・・・やだ・・、帰りたくない」

思わぬ台詞に目を僅かばかし見張る沖田に向けられる黒曜石。まるで欲しいおもちゃを母親にねだるような瞳で。

「・・今日、泊めてくんない・・・?」



、それマジで言ってんのかィ?」
「冗談でこんなこと言うかよ! な、頼むよ総悟! 俺、ほんとに帰るの嫌なんだって」

にやり、と沖田が口元に浮かんだ笑みを密かに深くする。

「・・・・・」
「・・すげぇ自分勝手なこと言ってるってわかってるけど・・、頼れるの総悟しかいなくて・・だから頼むよ」
「しょーがねェなァ・・・今日だけですぜ?」
「!」

まじで!? やった、言ってみるもんだな! と、ぱぁっと表情を明るくする。そんな彼女に自身も頬を緩めながら、けれど沖田はどこか皮肉気味に笑う。


――――さぁ、旦那はどうでる?


「屯所に泊まるとして、その連絡ぐれぇはしたほうがいいんじゃないんですかィ?」
「あー・・うん、そうだよなー・・・」
「したくないなら、そう言やぁいいだろィ? 俺が旦那に電話してやりまさァ」
「マジで!?」

あまりにも、あまりにも沖田らしくない言動には二の句が次げない。サディスティック星から来た王子はいつの間に改心したのだろう? 普通であれば、この後割に合わない法外な見返りを要求されるはずだが、どうしてだかそんな感じもない。万事屋に連絡を入れるぐらい、自分ですればいいということはも重々承知している。なにせ今夜は泊めてもらうのだ、そこまで総悟の手を煩わせるのは良くない・・・とは思うのだけれど、やっぱり今は、気が進まなかった。

――もしもし、あ、旦那ですかィ? 俺です、真撰組の沖田総悟でさァ」
「あれ、総一郎くん? また随分と珍しい人から電話かかってきたなァオイ。なに、仕事の依頼?」
「いや、今回は違いまさァ。ちょっと旦那に連絡したいことが「つーか、ちょっと聞きたいことあんだけどイイ?」
「なんですかィ?」
「ウチの知らねーか?」

受話器から聞こえてきた唐突な台詞に、沖田が息を呑む。

「あー、なに。なんか知ってるっぽい感じじゃねーの、沖田くん。アイツ今どこいんだよ?」

ぴり、と聞こえてくる声に剣呑な色が混じった。

「今隣にいまさァ」
「・・ちょーっとウチの不良娘に電話代わってもらえる? とっとと帰ってこねーと、お父さん許しませんよって言ってやらねーと」
「出たくないそうでさァ、お父さん」
「・・・ぁ?」
「電話に出たくねェと、お宅の不良娘さんは言ってやすぜ」
「・・・ちょっとマジで代わってもらえる? そこにいんだろ」
「帰りたくないそうでさァ。だから今夜は、屯所に泊めてやることにしやした」
「は? ちょ、何勝手なこと言ってんの? 泊まるってどーゆーことだよ」
「言葉通りでさァ。旦那はさっちゃんとやらと仲良くやってくだせェ」
「いやいやいや、違うから。そーゆーんじゃないから、ホントに!」
「ま、とにかくそういうことなんで。お宅の娘さんは俺が預からせていただきまさァ」
「え、なにその誘拐犯みたいな台詞!? ちょ、ホントに? マジでそっちに泊まんの?」
「旦那、世間じゃよく言うじゃねェですかィ。“欲しいモノは奪い取れ”って」

今度は向こうが息を呑む番だ。

「いつまでも手の中にあると思ってたら大間違いですぜ?」
「・・んなこと端から思っちゃいねーよ」
「そーですかィ。じゃあ連絡もしたし、この辺で・・・これから夕飯なんでさァ」
「あー、そーかい。・・・・に、」
「何ですかィ?」
に、待ってるから明日はちゃんと帰って来いって伝えとけコノヤロー」

ブツッ・・と音がして、続くのは機械的な音。受話器を放した手が汗ばんでいることに沖田は気付き、そこでようやく緊張を自覚する。

「銀さん、なんか言ってた?」

恐る恐る見上げてくるに、沖田はふいと視線を逸らして「別に、特に何も」とだけ答えた。最後の一言だけは、絶対伝えてやるものか。


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図らずも会話だらけになってしまった・・・・!