chapter12  nocturn Lento con gran espressione   Chopin

第1話


「銀時、オイこら銀時ィ! 聞こえてるんだろ、さっさと出てこないかい!」
「・・・あーもーうっせぇな、今朝の何時だと思ってんだクソばばあ! こんな朝っぱらから大声出しやがって、騒音公害で訴えるぞ化け物コノヤロー!」

お登勢の怒鳴り声に安眠を妨げられた銀時は、時計を見て額に青筋を浮かべる。時刻はAM 6:00。歳を取って睡眠時間の短くなったらしいババアの起床時間など知ったことではないが、しかしそれにしたって朝6時に叩き起こされなければならない理由など、銀時は持ち合わせていない。普段であればあと2時間ぐらい惰眠をむさぼった後に、「もう、銀ちゃんったら・・起きないと怒っちゃうゾ☆」というの甘い囁きで目覚めるのに(ただいま大江戸のらくら記は、銀時の妄想130%でお送りしています)。

急かすババアの声を無視するわけにもいかず、むくりと起き上がった銀時は“万事屋銀ちゃん”にある人間の気配の少なさを突然自覚して、皮肉っぽく唇をゆがめた。神楽も、新八もいない。散々纏わりついていたさっちゃんは急な任務が入ったとかなんとかで、結局昨日の夕方ごろには万事屋からいなくなっていた。

そして―――・・・『帰りたくないそうでさァ。だから今夜は、屯所に泊めてやることにしやした』

昔はこれが普通だったのに。いつのまにか、新八がいて神楽がいて、そしてがいる・・・そのことが万事屋の、銀時にとっての普通に成り代わっていたらしい。居心地が悪いまでの静けさが逆に、頭の奥のほうに居座っていた眠気を吹き飛ばす。

「ったく、一体何なんだよクソばばあ。今何時か知ってんのか? 6時だぞ、6時!」
「そりゃあ悪かったね。お前さんあての届け物がどうにも邪魔なのさ」

意味がわからない、と眉間に皺を寄せた銀時だが、万事屋へと続く階段の下・・・前に定春が捨てられていた場所を覗き込んで目を丸くする。

「・・・、だよな・・?」
「他の誰に見えるんだい?」

見慣れない白地の浴衣を着込んでいるが、膝を抱え込み、体を丸めて小さな寝息を立てていた。どういうことなのか、銀時にはさっぱりわからない。到底納得できるものではないが、は屯所に泊まることになっていたはずで、銀時の知る限りはこんな浴衣など持っていなくて、なにかアクシデントが起きて万事屋に帰ってきていたのだとしても、どんな理由でこんなところで眠りこけていて―――なぜ頬に一筋、涙の伝った後が残っているのだろう。

「知らせないほうがよかったかい?」
「いや・・・悪ィなクソばばあ。世話かけた」

抱き上げたの体は夜風に晒されたせいか酷く冷たくて、まるで人形のよう。普段のであれば目を覚ましそうなものだが、その様子もなくひたすら寝入っている。耳に届く小さな寝息がなければ、生きているのかどうかも確かめたくなるくらいだ。

「ん・・・」

腕の中でごそりとが身動きした。起きたか?、と心配げに目をやる銀時だが、当のは膝裏に回された腕や寄りかかっている銀時の体から伝わってくる温もりが気持ちいいのか、眠りこけたままその体を銀時にすり寄せて。

「(うおっ、落ちる落ちる!)」

よっこらせ、と抱えなおせば、は再び小さな寝息を立て始める。まったく、一度なんとか言ってやらなければ、と銀時は小さくため息を漏らした。どんなわけがあったんだか知らないが、年頃の娘が浴衣姿で、抱き上げられても気が付かないほど寝入るとは。一番最初に見つけたのがクソばばあでよかった、と心底思う。

「・・何があったんだよ、お前・・・・」

和室の襖を足の指で器用に開け、今の今まで自分が寝転がっていた布団の上におろしてやる。に布団をかけたときしつこく残っていた自分の熱を感じて、の冷えた体温を憂いる。の左手首が赤く、少し腫れぼったいのが気になった。いったいどういう経緯でそうなったのか―――銀時に、その赤い痕は手形にしか見えなくて。す、と伸ばした右手がの頬に触れる。白い頬に走る涙の跡に指を這わせれば、指先にほんの少しだけ感じるざらりとした感触。新八や神楽が来るまえにその跡を取り去ってしまいたかったが、強くこすればが起きてしまいそうな気がした。涙の筋をそのままに、静かに眠るの顔はどうしてだか酷く大人びて見えた。19そこそこの女の寝顔ではないような気がした。
―――だから。

その頬にそっと唇を押し当てたのを見逃して欲しい。


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