第3話


が目を覚ましたとき、その視界に広がっていたものはあらかじめ予想していたものとは異なっていた。ふ、と人の声に目を覚まし、視界に飛び込んできたのは見慣れた天井。ああ、もう朝か・・と思いながら感じた違和感は、ここが外ではないことから生じている。だって昨夜は屯所を飛び出し、塀を飛び越え、とりあえず走って走って・・・・。気が付いたらは、『万事屋銀ちゃん』と書かれた看板を見上げていた。万事屋の電気は既にどれも落ちている。階下から部屋を見上げるを見た人間がいたら、その人はきっとの視線を“縋るような”と形容しただろう。幸か不幸か、そんなを見たのは夜だけで、一度は万事屋に続く階段を登りかけた足も止まり・・・はこれからどうするのかを考えながら眠ってしまった。だからきっと聞こえた人の声はかぶき町を行き交う人々の声だと思ったし、どうも温かいようだから今日は晴れているんだなどと考えたのだ。なのに、

―――・・ここ、銀さんの・・・・」

人の声は襖越しに聞こえてくる聞きなれた3人の声で、温かいのはが布団の中で眠っていたからだ。どうして、とは口の中で呟く。

「あ、起きたアルか? 朝ごはん出来てるネ!」
「おはようございます、さん。早くしないとなくなっちゃいますよ?」

そろそろとあけた襖の先で、いつもと同じ朝食の風景が広がっている。一心不乱に炊飯ジャーごと炊き立てのご飯をかきこむ神楽。それを引きつった笑顔で見守る新八。テレビを見ながらのそのそとご飯を食べる、

「さっさとしねぇと冷めちまうぞ。ホラ、そこでボーっと突っ立ってないでコッチきて座んなさい」

ちょいちょい、と手招きする銀時。いつもの風景がそこにはあって、そこにの居る場所もあって。

「うん・・・ありがとう」

左手に持ったご飯茶碗が温かくて、注がれていたお茶がもう冷めかけていて・・・・涙が出そうになった。


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―――・・そこにいんだろうが、出てきやがれ」
「なァんだ、バレてたんですかィ」

が屯所を飛び出していってしばし、土方は苦々しく襖の外の影に声をかけた。肩をすくめ、つまらねぇのと呟く沖田はどこまでも白々しい。

「なにがバレるだ。頭っからそこにいただろーがテメェ」
「ヘェ・・・土方のクセによく分かりやしたねィ」

普段が普段なだけにわかりにくいが・・・沖田の口調は2割増しで剣呑さを増している。コイツも人並みに嫉妬するのか、と土方は密かに笑った。

「ハッ、あれだけ殺気立ってりゃ誰だって気付くだろーよ」
「土方さんがあれ以上、に無理やりなんかしようとしてりゃ、俺ァ躊躇いなくアンタを斬るところでさァ・・・ま、俺がどうこうする前に、土方さんはフラれちまいやしたけどねィ」
「・・・オイ総悟、てめぇ・・」
「だって本当のことだろィ? ざまぁみやがれ土方死ねコノヤロー」

ほんの少しでも・・・アリの眉間ほどでも沖田にフォローの言葉を期待した自分が馬鹿だった。新しく出来た土方の傷に、ご丁寧にも沖田は塩とからしと味噌をミックスした特製品を塗りこんでいく。

「・・・にしても、“知らないくせに”ってのはどーゆーことですかねィ」

が土方の部屋へ入っていったのを見つけたとき、普段とは違うに土方がどんな反応を示すのか・・あわよくば土方の弱みを握れるやも、と沖田は襖の影に隠れて耳をそばだてた。

「てめぇ・・俺をナメてんのか」
「な・・っ、なにす「ナメてんのか、って聞いてんだよ」

どくん、とひときわ大きな心音が沖田の中で響く。この場にいてはならない、と理性が叫ぶが足が動かない。床に縫い付けられたように沖田の足は動かず、けれど手は刀の柄に触れた。胸のうちで龍が暴れまわっている。熱い。ひとつ呼吸をするのも苦しくて、沖田は奥歯を噛み締める。これが嫉妬なのかとぼんやり思った。

―――・・好きだ、

けれど、土方のその言葉を聞いたとき、どうしてだか沖田は冷静さを取り戻していた。土方に対して嫉妬していることを自覚したからなのか、それとも彼の想いはきっとに受け入れられないだろうと、頭のどこか隅っこのほうで考えたからなのかはわからない。いや―――が“そんなこと”と叫んだとき、酷く心臓が締め付けられるように痛んだから・・もしかしたら少しだけ、絶対に認めたくはないが少しだけ、土方に共感していたのかもしれない。

「どうして・・・なんで俺なんだよ・・・・」

は一体何が言いたかったのだろう。が知っていて、自分たちの知らない・・彼女をあそこまで激昂させることの出来る理由とは一体何なのだろう。

「・・俺が知るかよ、クソ・・ッ」
「旦那は何か聞いてんですかねィ?」

推測ではあるが、おそらく知らないだろう。を想っているという事実において3人は対等で、もしかしたら銀時が一歩リードしているとしても。あれほど完璧に土方の想いを拒絶したを知っていたらきっと、電話のやり取りであんなふうにはならないはずだ。

「で、どうすんですかィ? 土方さん。わけも分からずフラれたまんまにするんですかィ?」
「てめぇに言われなくてもわかってるよ。・・・明日、“俺の知らないこと”とやらを聞きに行く」
「ふーん・・俺もついていきやすぜ」

が土方を完全に拒絶した理由はもはや、沖田にも無関係ではない。きっと今ここで彼女に想いを告げたのが土方でなく沖田でも、は同じように沖田を拒絶しただろうから。自分たちの知らない、が抱えた理由を知らなければ、進むことも戻ることも出来ないから。


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