第4話


――――ピンポーン。

「あれ、お客さんですかね? ちょっと僕、出てみますね」
「おー、頼むわ」

万事屋の今朝は、いつもと同じようでしかし、いつもとは違った。食卓を行き交うのはテレビのお姉さんの声と、それについて思い思いのコメントを述べる銀時、神楽、新八の声だけで、は沈黙を貫いていた。心ここにあらず、といった様子でゆっくりと、緩慢な動作で朝ごはんを最後に食べ終わり、完璧に冷めてしまったお茶をすすっているときの来客である。ぼんやりとお茶の水面みなもを見つめているには気付かれないよう、銀時と新八は目配せをする。もし真撰組の連中だったら・・・正直、その可能性はものすごく高いけれど、もしそうだったらどうにか言いくるめて帰らせるように、と。には会わせないようにしよう、と。

―――ずいぶん早いんですね。土方さん、沖田さん」
「そりゃ悪かったな。・・・いるか?」

土方の声が玄関から漏れ聞こえてきたとき、はピタリと動きを止めた。黒曜石が見る見るうちに見開かれ、纏った雰囲気が凍りつく。それを見て取った神楽がすっくと立ち上がった。

「いないアル。さっさと帰るヨロシ」
「チャイナ、てめェは黙ってろィ。が万事屋に帰ってきてるってこたァとっくに調べがついてんでィ」
「いないって言ったら、いないアル! 早く帰るネ税金泥棒!」
「神楽ちゃんの言うとおりですよ! いまさんはウチにはいません、帰ってください!」

そんな会話が聞こえてきて、はただでさえ大きな目を更に丸くする。そうしてくしゃりと表情を歪めた。不安や緊張や困惑や戸惑い・・・・いろんな感情をごった煮にした、子供みたいな顔。

「・・・心配いらねーよ。お前はここにいな」
「でも、銀さ「いーから。ここは銀さんに任せとけって・・・な?」

ポン、との頭に手のひらを置いて、今度は銀時が立ち上がる。に背を向けて玄関へと歩き出した銀時は、苦しそうに表情を歪めたを知らない。

「言いたくねェなら言わなくていい。聞き出そうなんて、野暮な真似はしねェよ。・・・・少し待ってな、

その優しさが――体全部を包み込んでくれるその優しさが苦しいだなんて、そんなことを思う自分はなんて幸せで、そしてそれの何倍も愚かなんだろう。地面に染み込む水のように、立ち昇る湯気のように。溶けて、散って、消えることができるのなら。

「朝っぱらからうるせェなぁ・・・なんなんですかー、多串くーん」
「だァから土方だっつってんだろーがァアアア! テメェ覚えようとする気ねぇだろ!」
「俺ァ別に土方さんが多串だろーとバカだろーとクソヤローだろーと、どうでもイイんですがねィ」


、出してくだせぇ」


ピリピリと彼らを包む空気に緊張が走る。

「だからァ、何度も言ってんでしょーが。は今ここにはいねェの」
「じゃあどこにいるか教えてくだせぇ」
「なんでお前にそんなこと教えてやらなきゃならないネ! 絶対、嫌アル」
「どーせここにいるんだろーが。おい、上がらせてもらうぞ」
「ちょ、やめてくださいよ! 今向こうの部屋すっごく汚くて、足の踏み場もないんです!」
「オイオイ、ホントにやめてくれる? 今エロ本とかAVとか使用済みティッシュとかいろいろヤバイからほんとに」
「・・銀ちゃん、ワタシもそんな部屋にいるの嫌アル」
「僕も嫌なんですけど」
「うっせーな、今だけ話合わせとけっつーの! そんな部屋にがいるなんて誰も・・・・
「総悟、行くぞ」
「ヘィ」

踏み込んだ部屋の中で、はソファに座ったまま俯いて床を睨んでいる。

「・・・、俺がなんでここに来たか・・・わかってんだろ?」
「・・・・・」
「返事を聞きにきたわけじゃねェ」

重苦しい沈黙に押しつぶされそうだ。土方が部屋に入ってから微動だにせず・・・目もくれようとしないに、土方は切なげに眉を寄せる。もう、顔すら見せてくれないのか。

「・・ちょ、総一郎くん! こっち来て!」
「なんですかィ、旦那。今いい所なんですぜ?」
「あの二人、一体なにがあったネ? なんか空気が変アル」
「・・黙って見てりゃ、そのうち分かりまさァ」


「俺が知らないことってのは一体なんなんだ。それがハッキリしねぇと、諦めるもんも諦めきれねェよ・・!」
「何度だって言うぞ。・・・・俺は、お前が好きだ。

えええええ!? ちょ、ええええ! なに、ちょっとどーゆーことになってんのコレ!? なんで昨日の夜だけで一気に形勢逆転されてんの俺!?」

思わず叫んだ銀時が、土方との間に転がり出る。「マジで? 今のマジで言ったの?」とぎょろついた目で土方を問い詰め、苦々しく表情をゆがめた土方がうなずくと今度はを覗き込み、「嘘だろ!?  嘘だといってくれ・・!」と目で訴えかける。そしてす、とから視線をそらされて銀時は、ムンクの絵の一枚のようになり床に崩れた。おかしい、昨日の昼間までは自分が一歩リードしていたはずだ。はおそらく、自分にべったりのさっちゃんに嫉妬・・していたはずで、だとしたらやっぱり先頭を走っていたはずなのに、どうして。大体、元々「大江戸のらくら記」は逆ハーといえども銀時寄りだったのではないのか。確かに最近では真撰組、特に沖田贔屓が激しいがそれにしたってどうしていきなり土方の名前が出てくる。今までヘタレキャラの座に君臨していたくせに、どうしてこうなる。このままでは空席になったヘタレキャラの座は、自分に回ってきそうな雰囲気すらあるというのに! それだけは、それだけはなんとか回避したい・・・!

「そ、それでさんはなんて返事をしたんですか・・・?」

新八の控えめな言葉に、ハッと銀時は我を取り戻す。そうだ、ここでがYESと答えなければやはりヘタレキャラは土方のまま話は進行するに違いなく、しかも一人が脱落することによって倍率が下がる。敵の敵は味方だなんて、とてもじゃないが言えたもんじゃない三つ巴の争奪戦より、タイマンのほうがまだマシだ。

「“土方さんは知らないから、そんなことが言えるんだ”、だとよ」
「・・どーゆー意味だよ」
「それを聞きに来たんだ。わかってんだろ、

沈黙が重くのしかかる。全員の視線がに注がれる中、彼女は立ち上がり顔を上げた。今にも零れ落ちそうなほど涙に潤んだ黒曜石に、誰もがぎょっとする。

「ちょ、待て待て! と、とりあえず落ち着いて顔洗って来い、な?」
「うるさい! なんだよ、何にも知らないくせに言いたいことばっかり言いやがって・・・俺の身にもなってみろよ!」
「いや、だから今、何を知らないのかを聞きに「大体、なんで俺なんだよ!? 口悪ィし男みたいな格好してるし、女らしさのカケラもないのに、なんで俺なんだよ!?」

ついに大きな涙のしずくが、零れ落ちた。一滴零れたらもう止まらない。次から次に頬を伝って流れ落ちていく雫が、ぼたぼたと床に落ちる。それを拭おうと思わず伸ばした土方の手を、は思い切り振り払った。ぐい、と浴衣の袖で頬を擦り、は土方を睨みつける。

「俺みたいの選ぶってことは・・・・もしかして土方さん、男色なんじゃないだろーな」


は 暴言 を 吐いた! (全体攻撃)
▽ 土方に 359の 精神的大ダメージ!
▽ 銀時に 351の 精神的大ダメージ!
▽ 沖田に 348の 精神的大ダメージ!


予想外の攻撃に床にへたり込む3人のHP表示は赤く点滅している。どうやらの攻撃は3人それぞれに痛恨の一撃を繰り出したらしい。

「俺は異世界の人間なんだぞ・・・・! なのに、なんで・・っ」
「・・・が異世界の人間だろうとなんだろうと関係ねェよ。俺はお前が「だからわかってないって言うんだ!」

ボロボロと涙を零しながら、はもうそれを拭おうとはせず顔をぐしゃぐしゃに歪めた。時折ひくっと喉を鳴らして。


「俺は・・・っ、俺はいつか、元の世界に帰るんだ!」


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